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「おはよー、いや、こんにちはかな。もうそろそろ冬休み終わろうとしてるけど、元気してる?」
「おはよう、元気だよ、ちょっと寒いけどねー。瀬奈はどう?」
「うん、いつも通り。でさ、あのさ」
ちょっとだけ息を吸ってから、
「私、夕香がつくる世界をもっと見てみたい」
「ん、わたしが作る世界?」
「そう。だから、あの、最近何か書いてる?」
「…… あー、最近はもう何も書いてないんだ。その、やめたんだ。結局わたしには何も才能がないことがわかってしまったから」
「え…… やめちゃったの? ……あの原稿用紙捨ててはないよね?」
「うん…… 捨ててはないけど、もうなにもしてない」
「そっか…… 」
「そうだよー」
「……あ、そうだ。今日これからちょっとカフェ行かない?」
「おー、いいね。行こう行こう」
電話ではなく、直接会って話したかった。特に何というわけでもないのだけど、何かほんのちょっとだけ胸の辺りがクシャっとしているような気がしたから、会いたかった。
イヤホンをつけながら歩く。吐く息が白い。家にあるお金を沢山かけたオーディオルームで聴くのが音質的には最も適しているのだけれど、雨の音でところどころかき消されるこの聴き方もとても好きなのだ。
「お、季節限定、星屑のゼリー。わたしこれにしよ」
いつもよりちょっとだけ目が大きくなった夕香は、見ているだけでこっちまで楽しくて嬉しくなる。
「私はいつものにしよう」
これまで親に連れられて色々な食事をしてきたけど、やっぱりここのぶどうジュースが一番好きなのだ。マスターにいつもの、あと季節限定のくださーいと言ってから席に座る。ちょっと多い観葉植物は、カラフルな光を点いたり消したりさせながら、穏やかに季節限定のそれを着こなしていた。
「そういえばさ、この前の発表会ほんとすごかったよ、感動して泣いちゃった」
「あはは、ありがと」
「毎回思うことだけど本当にすごいよ。わたしには絶対できないことだから。わたしにはっていうか、他のどんな人でもあんなに綺麗なものは奏でられないと思う」
別に好きってわけでもないけれど、自然にできてしまうそれで誰かに感動してもらえるのは、悪い気はしなかった。
「綺麗なのかなー。ピアノの音は嫌いじゃないし、自分の声は何とも思わないから、なんかよくわからないんだよね。でも、そういってもらえるのは嬉しいよ、ありがと」
「いやいや、もっと自信持った方がいいって。だってコンクール優勝でしょ? それも何回も。まぁわたしにすればコンクールも当然すごいと思うけど、それよりも瀬奈が演じている姿がさ、なんか、こう、とっても吸い込まれるというか、いつまでもそこにそうしてたいというか、その、あの時間が好きなんだよね。ドレスもすごく似合ってるし」
まだ運ばれてきていない星屑のゼリーを見るように、私の目を見て言う。
「でも一番は、無料で最新式の空調と最高の椅子に座れるからでしょ?」
なんて、思ってもいないことを口走ってしまう。あー、またやってしまった。だってさ、そんなこと言われたら恥ずかしいじゃん。
「あ、まぁ、それもそうなんだけどね、あはは」
ちょっと気まずい時間が流れていると、安心感のある紫色のいつものと、そして人が誰もいない海のようにどこまでも見通せる透明に近い水色と、未知の宇宙を想像させるような紺碧色とのグラデーション状になっている星形のそれの中に、いくつもの小さな黄色やゴールドのつぶつぶが入ったものが運ばれてきた。しかもところどころ内側から発光しているようにも見える。
「うわぁ! え、まって、すごい綺麗、これ」
カバンからスマホを取り出している夕香と、同じくゼリーに目を持って行かれた私にマスターが言う。
「季節限定新メニュー、なかなか素敵でしょう?」