10
その日の放課後。
「『それって結局ただの口実でしょ? あんたが決めることじゃない!』って言ってきてやった」
「おー、言うねぇ、わたしそんなに強く言い返せないや」
「ははは、……って、ごめんごめん、こんなこと言いたいわけじゃないんだ……。何か別の楽しい話しよ」
そう言って話を切り替えようとする瀬奈は、時々悲しい横顔を見せる。いつも明るくて元気なのだけれど、ふとした時にその端正な顔を覗くと、ここではない遠いどこかを見つめているような目をしていることがある。
「あのさ、この本知ってる?」
「なになに、『星の創造と管理方法』? うーん、知らないなぁ。あとなんかすごく難しそう」
「とっても面白いんだ、これ。自分だけの宇宙、夢を作ってそこで暮らす話」
「なるほどなるほど、夢ねぇ。……あれ、そういや私の夢ってなんだろう、最近考えたこともないな。夕香は何かあるの?」
「わたしはね、あるよ。でも今はまだ言えないかな、なんて」
「えー、そうなのか。じゃあ、いつか聞かせてね」
「うん」
「それじゃーまた明日」
「はーい」
わたしの夢。本当は瀬奈にもっと色々聞かれたったのだけど、そこまで聞いてこないその優しさが心地よい。
——わたしの夢は……
結局一週間で3,000字ほどしか書けていない紙が頭をよぎる。
「お、また読んでいるね、実は私も昨日、あの後それ買ってきたんだ」
次の日、瀬奈が声をかけてきた。
「あ、買ったんだ! 嬉しい」
「なかなか見つけるの大変だったよ。だってどこの書店にも置いてなくて、夜まで色々探し回って、結局怪しげな古本屋で見つけた」
「そんなに! お疲れ様。でも、だよね。どこにも全然置いてないよねこれ」
「うん。夕香のそれ、綺麗な状態だからてっきり最近出たものかと思ってた」
「たしかに。これは傷みもないから、見つけた時にちょっと不思議だなとは感じたかも」
「でもね…… ちょっと読んだだけで難しすぎてやめちゃった、ごめん〜」
「全然いいよ、気にしないで」
瀬奈がわたしと同じものを買ってくれただけでちょっと嬉しかったから、そんなことは特に気にならなかった。
土曜日。特に変わりはない。でも、この変わりのない日常がわたしはとても愛おしく感じる。お手洗いに行くか行かないかのせめぎ合い。もう少しだけでも目が覚めると、この気持ちの良いまどろみが終わってしまうかもしれない。
どこまで抗えるだろうか。鳥の鳴き声が聞こえる。薄暗い明るみ。カーテン。日の出が近いのかな。
「うーん……」
諦めて起きることにした。
冷たい水で顔を洗って、陽の光を全身に浴びると、意識がはっきりしてくる。でも、特に予定はない日に限ってこうもお天気だと、何もせず家にいることにどこか罪悪感を覚えてしまう。だけど予定がないものはない。
悩んでいると、ふと思い出してペンを取ることにした。最近はどこかこの時間を待ち侘びている自分がいる。よくわからないけど何だか特別な存在になれた気がして、ワクワクするのだ——
「朝なのになんで夜について書いてるんだろ、わたし」
考えるのも飽きてしまったので、スマホを手に取り、ポイントアプリのログインボーナスのようなくじ引きをやる。
「あ、1ポイント当たった」
部屋の片隅に追いやられたゴミ箱には、過去に好きだった作家のサイン会を宣伝するポスターが雑に詰め込まれている。
「フリマアプリにコメントが来てる」
「昨年買ったものですよ、っと」
「おっと、瀬奈からLINEが来た」