「いやどうだろ、特に何も考えてないかも。あ、でも、制服をあえて着ないっていうのは、今しかできないことでもあるかもね」
「おー、なんかいいねそういうの」
「ありがと。やっぱりわかってくれるのは夕香だけだな」
「いやいや、わたしもちょっとそういうのあるからさ、わかるよ」
行ったことはないけど、話を聞いている感じだと瀬奈の家はかなりお金持ちで、何かと親が厳しいらしい。本人はそれほど好きでもないのに音楽を二つもずっとやっていたり、優秀な家庭教師をつけてもらっていたり、なんだかちょっとよくわからないけどすごそうな食事がたくさんSNSに上がっていたり。あと、スマホケースを結構頻繁に付け替えていたり。これは値段がまちまちだと思うから、ちょっと微妙だけれども。
「夕香はどうなの? 今しかできないことみたいなの、何かある?」
「そうだなー、こっちから聞いておいてなんだけど、わたしも特に何も考えてないかも。なんだかんだ毎日楽しいし、あと本読んでるだけで結構満たされるっていうか。あーでもやっぱ、先生のことが好きだから、それだけで十分なのかもって思ってる」
「あの作家先生の推しグッズ、すっごい持ってるよねほんと」
わたしはこれまで何回か男子に告白されたことがあるし、本当に僅かだけど女子からもあった。でも、結局どれも興味が持てなくて断ってきた。瀬奈は音楽活動でかなり有名だから、周りからは高嶺の花のお嬢様だと思われているみたいだ。コンクールのWebページにはいつもお高そうなドレスを着て写っているからかもしれない。なので気安く声をかけてくる人はいない。話してみたら気さくで楽しいのになぁ。
「いやぁほんと、美しいんだよー、あの人。どんな角度からでも絵になるし、所作も綺麗でさ。あと、声も素敵なんだよね。低音ですごく落ち着いていて、聞いてるだけで安心するっていうか。とにかく推しまくるしかないでしょ」
「文章について一つも触れてないですけども」
「あ、ああ、それね、それはさ、先生の本がすごいのはあまりにも当たり前のことだからさ、わざわざ言う必要ないかなーって」
真っ黒な画面を手に持って、それを見ながら特に乱れてもいない髪を整える。今日のヘアアレンジは先生と同じ、少しねじってまとめたロングポニーだ。ちょうど昨日SNSに、おしゃれなカフェで仕事をしている先生の写真が新しく公開されていた。
「あれ、その服よく見たら胸ポケットに『RURIKA』って書いてある」
「そうだよー! いまさら気がついたの! 先生監修の超限定激レアシャツだよ」
「私その色好きだな。落ち着いていて、海みたい」
「でしょ? 先生の横顔みたいに神秘的な色だよね」
「やっぱり顔じゃねーか」
髪型には触れてこない瀬奈は、やはり先生には興味がないようだ。それはそうなんだけど、そのことになぜかいつも安心感を覚えてしまう自分がいる。
ガラガラと扉が閉まる音がして、『はい、じゃあ今日は読書感想文の時間にします。書いてきた人は提出して自習、やってない人は今すぐに書いてね』という先生の言葉が聞こえた。もちろん瑠璃香先生ではない。
「うわー、書いたけどさ、俺読書感想文無理なんだよなー……」
「何も書いてない、終わった……」
「はいはい一生作者の気持ち考えてればいいんでしょ」
「いやお前それは感想文じゃないだろ」
「読書感想文しか勝たん」
「読感とかめっちゃ簡単でしょ、読んで書くだけじゃん」
「いや、書くのはいいんだけど、書けって言われてやるのは嫌なんだ」
色々な声が聞こえてきた。最後のはちょっとわかるかもしれない。だけど、なんだかんだ読書感想文の時間が好きだ。教室は静かになるし、本と向き合うことができるから。決められたものであっても、受け入れるべきものなら、まぁ仕方ないかと思うことができる。いつものように先生の本について思いを綴ったものをささっと提出し、さっきまで読んでいたものをまた開いた。