2024年時事予想問題 第2位 買い負ける日本
(1)「買い負け」とは
それまで日本が安く輸入していた品物を、他の国がより高い値段で買っていくため、日本がその品物を輸入できなくなることを指します。
「買い負け」は、最初に水産業で使われた言葉でした。それまで日本は海外から安く魚介類を輸入することができました。他の国ではまだ魚食文化が広まっていなかったためと、他の国の経済力がそれほど高くなかったためです。
ですが2000年代に入ると、先進国では健康ブームの中で魚食が注目されました。また中国がめざましく経済成長し、中国でも魚の消費量が急増しました。簡単に言うと、世界中で寿司を食べるようになったのです。それまで敬遠されていた魚介類(特にタコ)も食べられるようになりました。それまで日本しか買い手がなかった魚介類を、他の国が高い値段で買うようになったのです。
政府の文書で「買い負け」という言葉が初登場したのは、2003年の水産白書でした。それ以来、食料関係ではずっと「買い負け」が問題になり続けています。
そして今や、食料以外のものについても「買い負け」るようになってきています。
買い負けの状況に警鐘を鳴らし、改善のための提言をした本が、坂口孝則さんの「買い負ける日本」(幻冬舎新書、2023)です。この本に示された「買い負け」の姿を見ながら、その原因を考えていきましょう。
(2) 買い負けの実例と原因
坂口さんは、1から3に共通する買い負けの理由として、「Japan Quality」(ジャパンクオリティ、日本が要求する品質)と「値上げを抑止する空気」を挙げています。
「Japan Quality」……これまでの日本は、とにかく不良品を絶対許さない姿勢で輸入してきました。木材ならば、ちょっとでも反りがあればダメ。干しぶどうなら、へたが一個でも残っていたらダメだったのです。それだけ高い品質を要求するにもかかわらず、提示する金額はそれほど高くありませんでした(円安のせいもあります)。だったら売る側としては、多少金額が安くても、だいたいの品質で売れる他の国に売ってしまうわけです。日本企業の、そして日本の消費者の「クレーム体質」が、「買い負け」の原因の一つだとしているのです。
「値上げを抑止する空気」……海外では、契約で値段を決めた後でも、部品や原料の値段が上がったら、その分値上げしてもよい契約になっていることが多いです。ですが日本の場合は、「契約で決まった金額だから」と、値上げを許さない傾向が強いそうです。そうなるとけちくさい日本より、他の国に輸出するようになるわけです。また日本の消費者も値上げに敏感です。現在は値段を上げずに量を減らす「ステルス値上げ」が当たり前になっています。ほんのわずかな値上げも許さないという消費者の姿勢が、企業の姿勢にも反映しているのです。
6の「人材」のうち、特に「技能実習生」は問題視されています。「技術を日本で学び、国に戻って広める」という建前でしたが、現実には「アジアからの安い労働力」ととらえる経営者がいました(もちろんきちんと技術を教えている企業もありますが)。そうした経営者は、技術は教えない、最低賃金を守らない、逃げ出さないようにパスポートを預かる、恋愛禁止などの理不尽なルールを作ってきました。実習生も来日する際、現地ブローカーに借金をするので、逃げ出したり不平を訴えることが難しくなっていました。これは重大な人権侵害であり、実質的な人身売買です。筆者はそう遠くない将来、日本は技能実習生を送り出していた国から「復讐」されるだろうと考えています。
(3)国力の低下
坂口さんは、こうした買い負けが起こる根本的な原因は「日本経済の弱体化」にあるとしています。
バブルの頃、日本は技術の面でも、経済の面でも、間違いなく世界トップクラスの国でした。ですがその後は経済が停滞し、「失われた30年」と呼ばれました。そして中国をはじめ、経済成長した国にどんどん抜かれ、世界の中での順位はどんどん下がっています。日本の「国力」が下がっているのです。ではまず具体的にどれぐらい下がっているかを見てみましょう。
1 弱体化の実情
各国GDPの推移(名目GDP)
日本は3位でしたが、2022年にはとうとうドイツと並びました。
ドル円購買力平価の推移
簡単にいうと、ドルに対する円の価値です。どんどん円が弱くなっていることがわかります。
一人当たりGDP
購買力平価で比較すると、日本は2022年に26位まで下がり、韓国よりも下位になっています。
2 JTCの姿勢
坂口さんは、「買い負ける日本」の中で、日本の国力が下がった原因は「日本の大企業の姿勢」にあるとしています。
日本の大企業には、「多層構造(多くの下請企業がある)」「品質追求(他国より高い品質を目指す)」「全員参加主義・全員納得主義(全員が納得してプロジェクトが動くが横並び意識が強くなる)」があったとしています。この方針は、高度成長からバブルの頃までは、日本の成長の原動力となってきました。ですがバブル崩壊後、グローバル化とネットの普及が急速に進み、経営も「世界を見据え」「変化に急いで対応する」ことが重要となったにもかかわらず、大企業はこうした姿勢を改めませんでした。決断は遅く、過剰な品質を求め続けたのです。横並び意識の強さはデジタル化の遅れにつながりました。その結果外国企業に抜かれていきますが、それは非正規雇用を増やしたり、下請にコストを負担させることでごまかしてきました。結果、日本の大企業は、「イノベーション」や「新しい価値」を作り出すことができなくなりました。アメリカではアップル、アルファベット(グーグル)、マイクロソフトなどがどんどん新しい技術や価値を生み出し、ライフスタイルを変え、それが収益を生んできました。ですが日本企業はそうではなかったため、日本の国力は低下していったのです。
坂口さんは、具体的な企業の名前を挙げていません。ですが現在ネットでは、こうした企業を「JTC=Japanese Traditional Company、ジャパニーズトラディショナルカンパニー、日本の伝統的企業」と呼ぶ動きが広まっています。新卒一括採用、終身雇用、年功序列賃金という古い体質を持ちつづけ、世界の動きに対応できるかは疑問ですが、代わりに福利厚生が超しっかりしており、働き方もホワイトという企業です。
坂口さんは、JTCは変わるべきだとし、具体的な提言をしています。一方JTCという言葉にはからかいが強く含まれていますが、就職活動ではいまだに高い人気を持っています。この文章を読んだ受験生の皆さんは、どう考えるでしょうか? 変わらないが安定した会社を選びますか? それとも不安定ですがどんどん新しいものを取り入れる会社を選びますか? そして日本にとっては、どちらが今後必要になると思いますか?
3 その他の要因
日本の国力の低下には、他にも多くの原因があります。ここでは筆者が考える要因を簡単に挙げます。
・長年にわたる円安誘導
2012年12月、民主党政権から自民党政権に変わり、安倍晋三が首相になりました。安倍首相は「アベノミクス」という経済政策を進めました。簡単に言うと、景気をよくするために円を無制限に発行し、ドルに対して円を安くする政策です。これによって失業率が下がるなど、プラスの面もありました。一方円の価値はだんだん下がっていきました。円安は、輸出やインバウンドの増加には有利に働きましたが、日本全体の価値を下げたのは否定できないと思います。
・非正規雇用の増加
バブル崩壊後、日本では非正規雇用が急速に増え、今や全労働者の4割が非正規です。非正規雇用は所得が少なく、社会保障も不十分です。こうした人たちは、お金をたくさん使って経済を活性化させることが難しいです。また結婚できない人、経済的に子どもを育てられない人が増え、少子化の原因にもなっています。
・広いジェンダーギャップ
日本では特に政治、経済面のギャップが広いです。政策や企業の経営方針を決める際に、女性の考えが反映されにくいのです。必然的に女性が働きにくい社会になります。また、特に高齢男性に「女性は家庭にいるべき」という考えが根強く残っているため、女性の労働力や技術が活かされにくい社会になっています。
・ウクライナ、ロシア戦争
これにより世界的にエネルギーと穀物が不足し、価格の高騰を招きました。
(4)完全に買い負けてしまうと?
日本は、食料も、エネルギーも自給できない国です。日本の経済力が低下し、あらゆる点で買い負けるようになると、工業原料やエネルギーが買えなくなり、日本は工業どころではならなくなるでしょう。そして食料自給率の低い日本は飢えることになります。国家の破綻も考えられます。
現在は「海外にある日本資産から入ってくるお金」があるため、すぐに破綻することはありません。農水省は、今食料輸入が止まっても、なんとか生きていけると試算しています。ですがこのまま、他の国に抜かれる状況が続くと、どうなるかはわかりません。
ではどんな対策を取ればよいのでしょうか?
ひとつは「さっさと日本を脱出する」ことです。GDPの推移でも見たとおり、同じ仕事でも、今や欧米諸国の方がずっと稼げる時代です。沈みそうな国からは逃げ出し、イノベーションを起こせる国へ移って稼いだ方がよいかもしれません。
もう一つは「日本で考え、努力する」ことです。経済のランクは下がったとはいえ、日本にはまだまだお金があり、技術があります。
利益が出る「もの」を作って輸出するのも一つの手です。ネット上のサービスやゲーム、アニメなどのコンテンツを作って、世界全体から稼ぐ方法もあります。日本国内で稼ぐ手もあります。日本のGDPに占める輸出の割合は、2018年で18%でしかなく、日本は「内需」「個人消費」の国です。国内で稼げば、その分輸入できる物も増えるわけです(だからこそ個人の実質収入が減っている現在はとてもやばいわけですが)。アメリカのIT企業がやってきたように、イノベーションを起こし、ライフスタイル自体を変えることができれば、最も多く稼ぐことができるでしょう。
確かに「スマホが世界を変えた」ほどのイノベーションは難しいでしょう。ですが日本でもイノベーションが起こってきています。災害の安否確認から始まり、個人間のコミュニケーションツールになったLINEや、個人の「売りたい・買いたい」という欲求を、スマホで結びつけたメルカリなど。これからの日本社会は「新しい価値」を作り出すことが必要ですが、その「価値の源」は、まだ明らかになってはいませんが、世の中にたくさんあると思われるのです。そして「学び」を進めることで、「価値の源」を見つける力がついてくるのです。
高付加価値製品を作り出せる国にさっさと移るか、それとも日本で埋もれている価値を見つけ出すか。さあ、どちらが面白そうでしょうか?
予想問題
近年、日本の「買い負け」が問題となっています。外国が高い値段で買っていくため、日本が買えなくなる(輸入できなくなる)ことです。
「買い負け」はもともと水産物から始まりました。この言葉はすでに2003年の「水産白書」に登場します。現在では、それまで生の魚を食べなかった欧米諸国や中国が食べるようになりました。具体的にいうと、○○①を食べるようになりました。一方日本では、200カイリ②内の漁獲高は年々減少しているのに、「買い負け」が加わっています。日本の漁業の持続可能性③が危ぶまれています。また2023年には、ある出来事④をきっかけに、中国が日本の水産物の輸入を全面禁止し、日本の水産業はさらに危機を迎えました。
「買い負け」は、半導体など、工業に欠かせない部品でも起きました。『買い負ける日本』を著わした坂口孝則さんは、その原因を日本の大企業の姿勢にあるとしています。日本の大企業は、「品質に対する要求が異常に高い⑤」「横並び意識が強く決定が遅い」という特徴があるため、世界的に半導体が不足した際、大胆な判断をして半導体を手に入れることができませんでした。「上下関係を重視する」という特徴もあります。印鑑を押すときには、位が低い人ほど傾けて押し、上司にお辞儀しているように見せる「お辞儀ハンコ⑥」という習慣がある企業もあるそうです。
こうした旧態依然とした企業は、就職活動をしている人たちの間から、半ばからかいを込めて「JTC=Japanese Traditional Company、日本の伝統的企業」と呼ばれています。一方こうした企業は、社会保障⑦や福利厚生がしっかりしているため、現在でも高い人気があります。
坂口さんは、日本が「買い負け」るようになったのは、日本の企業が大きな社会の変化(イノベーション)を生み出せなかったためだとしています。このまま買い負けが続くと、食料も資源もエネルギーもない日本は、立ち行かなくなるおそれがあります。スマートフォン⑧のような、世の中を大きく変えたものを作るのは難しいかもしれませんが、常に「イノベーションを起こすにはどうしたらいいか」を考えていく必要があるでしょう。
記事をご購入いただけると、問題文、解答用紙、解説をダウンロードできます。
ここから先は
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?