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『ゲンロン戦記』に見る実践哲学:現代における哲学の実践
10年の軌跡:華やかな戦績の裏側
『ゲンロン戦記』を読んで感じたのは、著者・東浩紀氏が歩んできた10年の重みです。言論人として「ネット社会の未来を夢見た時代の寵児」として、彼が2010年に立ち上げた「ゲンロン」は、知的空間の新しい創設を目指すものでした。ゲンロンカフェの開店や思想誌『ゲンロン』の刊行、動画配信プラットフォームの設立など、華々しい戦績に見えます。しかし、その裏には、仲間の離反や資金不足、計画の頓挫など、次々と予期しなかった失敗が待ち受けていたようです。その中で著者がどのように哲学を紡いでいったのか、その歩みが非常に生々しく描かれています。
私自身もネットやテクノロジーに対する期待を抱き、プログラマーとしてキャリアをスタートさせた経歴があります。彼が語る「失望」という感覚には共感できます。テクノロジーは万能であるという幻想を抱きがちですが、実際にはその限界を目の当たりにすることが多いです。
知識と経験の儚さ
東浩紀氏は、早熟で成功したために過信を生み、失敗を繰り返してしまったと述べています。知識というものは、蓄積されるものだと思いがちですが、同時にそれはこぼれ落ちていくものでもあります。私たちは、何かを学んだつもりでも、すぐに忘れてしまい、また同じ過ちを繰り返すことが多い。著者が語る通り、宙に浮いた情熱だけでは続かず、地に足をつけていなければ、いずれ空中分解してしまいます。この部分に関しても、私は強く共感しました。人間は決して高尚な存在ではなく、失敗を通して少しずつ前進していくしかないという現実を、痛感させられるのです。
炎上時代における実践哲学
現代では、自分の意見を語ることが炎上のリスクを伴う時代になりました。SNS上では、他者の意見をすぐにキャンセルする風潮が広がり、少しのミスや発言が社会的抹殺に繋がることがあります。炎上自体も学びの機会にはなり得ますが、その範囲は狭く、深い反省や思索には繋がりにくい。現代において著者が本書で赤裸々に失敗を語ることの勇気に、私は大きな意義を感じます。
私個人としては、多くの人は、まず自分の生活を見直し、個人の幸せを追求したほうが良いのではないかと考えています。正義を振りかざして他者を批判する前に、自らの足元を固め、余裕を持って他者と向き合うことが必要です。この本を通じて、そうした自己反省の姿勢が重要であることを改めて認識しました。
経営と哲学の交わる場所
経営が哲学を実践する場であるという著者の主張にも、大いに共感しました。社会を通じて生き残る思想と、無菌室で温存される思想では、その重みがまったく違います。私たちは現実社会で生き抜くために、より実践的で生きた哲学が必要です。ゲンロンという会社を経営し続けること自体が、彼にとっての哲学の表現であり、実践なのです。
私自身、プログラマーとしてプロジェクト管理に携わり、その中で哲学的な思考を学んできました。よりよく管理し、プロジェクトを進めることは、単なる技術的な作業にとどまらず、哲学的な意味を持ちます。混沌の中で秩序を生み出すという行為は、哲学そのものであり、それが人間の知識や経験を深化させていくのです。
誤配が生む新たな価値
東浩紀氏が語る「誤配(意図せぬ結果やズレが新たな価値や発見を生み出す現象)」というデリダに起因する概念も、本書を通じて特に印象に残りました。彼が元々描いていたものとは異なる結果が、「誤配」によって生まれ、最終的にはゲンロンが成功を支えたというのです。その象徴が今なお続くゲンロンカフェです。
予期しなかった「誤配」こそが、新たな価値を生むきっかけとなることが多いです。この書籍自体も、一つの「贈り物」として、私や他の読者に新たな気づきや価値を届けてくれます。そして、多くの「誤配」が生まれて、新しい価値が新たに創られていると感じました。
実践する哲学の重要性
本書の最後に著者が述べる『哲学は生きられねばならない。そして、哲学がいきられるためには、だれかが哲学を生きているすがたをみせなければならない。それはけっして格好いいことではない。もしかしたら恥と後悔だらけのすがたかもしれない。それでもやはり見せなければならない』という言葉には、心を打たれました。
現代において、哲学を実際に生きることがますます難しくなっていく中で、彼はその実践を貫いています。彼は今回の失敗談を決して格好いいものではなく、むしろ恥や後悔に満ちたものになるかもしれないと語っています。それでも、彼はその姿をさらけ出し、私たちに「生きた哲学」を見せてくれます。この勇気は、現代において非常に貴重なものであり、繰り返し読むに値する教訓を提供してくれます。
『ゲンロン戦記』は、単なる自伝やビジネス書ではなく、真の哲学の実践です。人生の中で失敗を重ねながらも、哲学を生きることの意味を問い続ける姿勢に、私は深い感動を覚えました。未読の方はぜひ読んでみてください。既読の方も改めて繰り返し読むことをおすすめします。私も折に触れて、読み返したいと思える作品でした。
このような状況を経て、『訂正可能性の哲学』に繋がっていったのだから、感動を禁じ得ないです。哲学ってのは、本当に人の歩んだ道なんだなと思い知らされました。