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  • 架空鉄道の話

最近の記事

日記#10

毎日2時間かけて50km移動する通勤を繰り返していると、首都圏の都市計画と鉄道の誤謬を心と身体で感じることができる。 東京は、どうしてこんなに通勤圏が拡大してしまったのか。どうして人口に見合わない矮小な鉄道のまま現在まで来てしまったのだろうか。どうして私は朝5時に起きなければならないのか。両親は何を血迷ってこんな場所に家を買ったのか。西武新宿駅のホームは人が列を作ると通路が消えるほど狭いのはなぜか。 踏切だらけ、駅だらけの郊外鉄道網をライトレール、生活空間との一体化などと持

    • 日記#9 ✕_✕

      ✕___✕ 今日の一曲

      • 日記#8

        月ノ美兎は俺が昔恋をしていた人に似ている。 昨日まで気づいていなかったのだが、よく考えると色々な部分が共通している。無意識ってすごいね。ヤバいね。

        • 日記#7 陸前交通を振り返る(中編)

          引き続き陸前交通を振り返る。 昨日は創作の動機から架空仙台誕生までを語った。今日は架空仙台の挫折から現在に至るまでの話をしたい。 仙台産業化という思考実験架空仙台の方針は仙台を重工業化し、人口を300万に増大させることで大手私鉄 陸前交通を現出させることであった。この状況を作り出すために私は二つの問いを立てた。一つ目は「いつの時点から改変すべきか」二つ目は「基幹産業は何が必要か」である。 一つ目の問いは仙台の産業化を阻害した要因を探る作業につながる。この時点の認識では「あ

        日記#10

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          10本

        記事

          日記#6 陸前交通を振り返る(前編)

          陸前交通は私が一番長く作っている架空鉄道だ。今年で7年が経過した。 今日は陸前交通のコンセプトが変わっていく過程を振り返ってみよう。 陸前交通は好きなものを自分の手で再生産し所有することで満足を得たいという、幼い欲求から始まった。当時の私は名鉄に傾倒していて、中でも特に旧性能車と呼ばれる古い電車に強い関心を寄せていた。私は昔から何かに傾倒していることが多かったが、傾倒の先には必ず再生産があった。好きなものを再生産することで手元に引き寄せるのだ。それは私にとって最大の愛情表現

          日記#6 陸前交通を振り返る(前編)

          日記#5 深秦メモ①

          なんか思ったけど、鎖国令のとき最初から深秦を切り離すんじゃなくて、スペインと陸上国境を引いて深秦にも鎖国令を強いるけど、どうしようもない力学によって破壊されて独立するってルートのほうがしっくりくるな。 律令制に取り込まれず蕃太と和人が混じるよくわからないモヤッとした部分を国境の外側にして手打ちにするけど、日本側とスペイン側の交流を全然制限できず、キリシタン弾圧も徹底できない。 いや、今までの話を踏まえると律令制入ったがその後謀反を起こし半独立状態となっていたエリアをスペイ

          日記#5 深秦メモ①

          日記#4

          日記を書きたくない日の日記はどうすればいいだろうか。 身体は複雑系であるから興が乗るときと乗らない時がある。今日は愚痴も出てこなければ主張も出てこない。無理やり書くことは長期的に見て良い効果をもたらさないであろうから、こうして言い訳を書いて文字数を稼いでいる。 今日はこれと言ったことはなかった、むしろ仕事では周到に用意したことが拍子抜けの結果に終わってもやもやしているくらいだ。しかも眠い、この時期はどうも体調がすぐれない。何も言いたいことが無くても言いたいことが無いということ

          日記#3 琉球鉄道ウラ話

          琉球鉄道の電車が着々と仕上がっている。 電車が最新まで追いつき次第、他にも着手したいところだ。今回は1975年にコーポレート・アイデンティティが制定された設定なので、ロゴやサインシステム、停車駅案内のデザインは車両と繋がりのあるものとしたい。 日本の鉄道はコーポレート・アイデンティティ(CI)の導入が西欧、米国、南米に対して遅れていて、各国が1960年代から導入を試みている中、日本が本腰を入れたのは90年代ごろであった。 これは日本のデザインが遅れているとか時流に疎いとい

          日記#3 琉球鉄道ウラ話

          はすま電車論#1 貫通扉とデザイン

          Mr.Densha氏のこのツイートを見て、私の関心とも重なるところがあり色々想起したため書き留める。 私はライフワークとして架空電車を考えており、日本の電車のデザインの変遷や傾向について注目してきた。特に貫通扉はこれから述べるように日本の電車を特徴づけるパーツだと考えていたから、Mr.Densha氏も似たところに着眼していることが嬉しくなり、こうして文を書くに至った。 貫通扉はマイノリティ貫通扉とデザインについての私の見解を述べよう。 まず貫通扉というのは現代のデザインにお

          はすま電車論#1 貫通扉とデザイン

          日記#2 余剰とバブルと展望車

          季節の変わり目で自律神経がおかしくなってきた。どうやらこれは避けられないらしい。眠りの質が目に見えて落ちている。 寝不足は一時の集中力を高める効果があると最近分かった、戦略的に寝不足状態を活用して創作にブーストをかけていることがある。この季節はどうやっても寝不足だから創作が捗るかもしれない。 今日は琉球鉄道の2000形を考えていたがまだ決まらない。大窓の展望車というのにあまり縁がなく、また思い入れもないためイメージがわいてこない。 そもそも私はミニマリズムを是としているから

          日記#2 余剰とバブルと展望車

          日記#1 高速電車

          昨日はTLで高速電車という言葉を見た瞬間色々な思考が走ってしまった。書き出さないと苦しいままので書き出しておく。 高速電車という語彙を私は好んで使っていた時期があった。それは私が勝手に師と仰いでいる日野春木が提示する高速電車の概念に強い共感があったためだ。ちなみに私には彼以外に4人の師がいる。 しかし、思考が深まり冴えてくるに従ってこの言葉の語義や語法が極めてあいまいなことを意識せざるを得なくなった。語義や語法が定まらない言葉を文体で脚色してそれらしく演出するのは、人を欺い

          日記#1 高速電車

          常武鉄道通史

          戦前期常武鉄道は上野、水戸、水戸徳川家墓所を結び、伊勢のような参詣ツーリズムを創造することを目的として1922年に設立された。計画を推進したのは水戸国学に傾倒し、諸生党とも呼ばれた旧水戸藩門閥系士族である。建設は1923年に着工して以降順調に進み、1924年には下尾久から常武鎌ケ谷間が開業、1926年には常武鎌ケ谷-龍ヶ崎間が開業そして1928年には水戸徳川墓所のある瑞龍山までが全通した。1930年には龍ヶ崎-鹿島間が開通し、鹿島神宮との間も結ばれ、戦前期常武の路線網が完成し

          常武鉄道通史

          【書きかけ】常武鉄道の歴史

          通史を書くは長くて大変だが、書きかけのまま漬けておくのも勿体ないということで、書きかけのものを公開してしまうことにした。 常武鉄道の歴史鉄道計画のコンセプト 常武鉄道株式会社は、旧水戸藩門閥の青木恭二を中心に企画され、1922年に設立された。設立の目的は、東京から水戸、瑞龍山、鹿島神宮を結ぶ高速鉄道を建設し、水戸国学を軸にした愛国ツーリズムを打ち立てることである。発想のもとになったのは1911年に開業した大阪電気軌道(大軌)である。大軌は、橋梁、トンネル、盛土を多用して直

          【書きかけ】常武鉄道の歴史

          架空国家 深秦連邦 素案

          日本列島に連なる島と、ミクロネシアのあたりにあった島が衝突、深秦島ができる。チャモロ語系の先住民が南部に定住。7世紀ごろから西日本の和人が入植を始め、北部は律令制に組み込まれた。 16世紀ごろ、アジア宣教を目指してキリスト教の宣教師がやってくる。マニラと同じように代名に攻め込むが、返り討ちに遭いサンコロンバーノ(伴院)に拠点をかまえる。後にサンコロンバーノ司教区がおかれた。 同じ頃、北部では室町幕府から足利嫡流の有力者が派遣されてきて、鎌倉と同じように篠浦を築く。篠浦の足利

          架空国家 深秦連邦 素案

          陸前交通についての基礎情報

          私の中で最も古い架空鉄道である陸前交通と、その舞台装置である架空仙台について基礎情報をまとめる。今までの私といえばサイトを持たない架空鉄道作者であり情報の体系化が全くされていなかった。今からその流れを断ち切り、体系化を進めていきたい 概要陸前交通は宮城県仙台市に本社を置く鉄道会社である。 一般には大手私鉄に分類され、鉄道業以外にもコンビニ、スーパー、ショッピングセンター、賃貸マンション、住宅販売事業なども展開している。 東北全体で5本の指に入る大企業であり、東北出身者の中で

          陸前交通についての基礎情報

          架空鉄道的「無料優等車」の活用

          私は、京阪8000、新快速、名鉄2200といった「無料優等車」を国際的な都市鉄道の文脈でどう位置付けるべきか?という問いについて長らく考えてきたが、RapidTransitの派生形として捉えたところ妙に腑に落ちた。 日本にはRapidTransitの居住性に対し「座り心地の良い転換クロスシートを備えるべき」という経営哲学、あるいは信仰、あるいはフェティシズムがあり、それに基づいて先に挙げたような無料優等車が根付いてきたのではないだろうか。こういった観念の極端な例としては京阪

          架空鉄道的「無料優等車」の活用