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第8章:共同体感覚を育てる

図書室の本の紹介コンテストを成功させた大輝は、自分に少しずつ自信を持ち始めていた。今まで周囲に溶け込めない孤独感に悩んでいたが、今回の経験で「自分にもできることがある」と実感できた。だが、次の課題は、他人とどう関わっていくかだった。

そんな時、「共同体感覚」という言葉が頭をよぎる。それはアドラー心理学の本で読んだ言葉だった。自分だけで何かを成し遂げるのではなく、他人と協力し、共通の目標に向かうこと。それは大輝か挑戦すべき次の課題だった。


ある日の放課後、大輝は図書室で次の企画について考えを巡らせていた。もう少し多くの人が参加できて、みんなが楽しめるようなイベントができればと考えていた。だが、どうすればそれを実現できるのか、具体的なアイデアが浮かばない。

「何か考え事?」

大輝が顔を上げると、伊藤さんが立っていた。いつものように優しい笑顔で、大輝に近づいてきた。

「うん、次のイベントについて考えてたんだ。でも、みんなを巻き込むにはどうすればいいか悩んでて…。」

「田中君が考える企画なら、きっと面白いんじゃない?」

伊藤さんはそう言って少し間を置いた。

「具体的には何を考えてるの?」

「例えば、本のリレーみたいなもの。みんなが順番に少しずつ物語をつなげていくとか。想像力を使って楽しんでもらえたらなと思ってるんだけど…」

大輝は不安そうに答えた。

「それ、すごく面白そうじゃない?」

伊藤さんの目が輝いた。

「みんなで物語を作るなんて、絶対楽しいよ!」

「そうかな…。でも、みんなが本当に参加してくれるかどうか…」

大輝はまだ不安を感じていた。

伊藤さんは優しく言った。

「まずはやってみようよ。失敗してもいいじゃん。」

その言葉に大輝は大いに励まされた。

「この前読んだ本で『共同体感覚』っていうのを知ったんだ。他の人と協力して物事を成し遂げるのが大切だって。」

「共同体感覚?」

伊藤さんは首をかしげた。

「それ、どういう意味?」

「自分一人で何かをやるんじゃなくて、みんなで協力して目標に向かうこと。お互いを助け合って、全体の中で自分の役割を見つけていくってことみたい。ぼくにはそういう経験が今までなかったんだ。」

「へぇ、面白い考え方だね。田中君、なんかちょっと変わったね。」

伊藤さんは楽しそうに笑った。

「そうかな。」

大輝は少し恥ずかしそうにこたえた。

「今度の企画でこの考えを試してみたいなって思ってるんだ。みんなと協力して何かを作り上げることって、きっと大事だよね。」

「うん、大輝君ならできると思うよ。」

いつの間にか、伊藤さんは自然に「大輝君」と呼んでいた。その呼び方に、大輝は少し驚いたが、悪い気はしなかった。


「本のリレー物語」が始まってから数週間。大輝が企画したクラスメイトによる物語作りは、予想以上に活気を帯びていた。最初は少し傍観していたクラスメイトたちも、物語が進むにつれてそのユニークな展開に引き込まれ、次の自分の順番が楽しみだという声も増えていた。

ある日、教室の後ろに掲示された大きなホワイトボードに、これまでの物語が記された紙が次々に貼り出された。途中から登場したファンタジーの世界観や、突然のミステリー展開にクラスのみんなが大笑いする中、大輝は少し離れたところからその光景を見守っていた。

「この展開、誰が考えたんだ?」

クラスの男子が笑いながら話し合っているのが聞こえる。

「私が、考えたの…」

少し恥ずかしそうに手を上げたのは、普段あまり目立たない女子だった。彼女の自信のなさが伝わる声だったが、周りの反応は意外だった。

「お前、すごいじゃん!次はどうなるんだ!?」

男子たちが楽しそうに彼女に話しかけている。そのやり取りを見て、大輝は心の中で嬉しさを感じていた。クラスの中で普段あまり目立たない人が、自分のアイデアを発表する場ができている。それはまさに彼が目指していた「みんなが参加できる場」だった。


昼休み、教室では物語の次の展開をどうするか、自然と話題に上がるようになっていた。今まではゲームの話やアイドルの話などで盛り上がっていたグループも、次の物語の展開に熱中している。

「次の章、どうする?」

一人の男子が友達に聞く。

「やっぱり、あのキャラが裏切る展開がいいんじゃない?急に正反対の行動を取るとか!」

もう一人が提案すると、その場にいた数人が

「それ面白い!」

と笑いながらうなずく。

大輝はふと、自分が他人の反応を気にしていた頃を思い出した。今までは「もし僕の企画がつまらないって言われたらどうしよう」「みんなに笑われたら嫌だな」と考え込んでしまうことが多かった。しかし、アドラー心理学の「課題の分離」という考え方を学んでからは、少しずつそれを手放すことができるようになっていた。

「みんなが楽しんでくれるかどうかは僕のコントロール外だ」と、大輝は心の中で再確認した。やるべきことは、自分が良いと思う企画を提案し、準備することだ。それにクラスメイトがどう反応するかは彼ら次第だ。そう思うと、不安が消え、自然と笑顔が浮かんだ。


放課後、図書室で企画について話し合っている時、大輝はふと伊藤さんに言った。

「最近、クラスのみんなが本当に楽しそうで、なんだか少し信じられないんだ。僕が企画したものが、こんなふうにみんなを巻き込むなんて。」

「すごいじゃん、大輝君。」

伊藤さんはにっこりと微笑んだ。

「クラス全体が何かに向かって一緒に進んでる感じがするよね。それが、きっと共同体感覚なんだと思う。」

「うん。前は自分のことで手一杯だったけど、今はみんなの力を感じてる。僕一人じゃできなかったことだよね。」

伊藤さんは少し考えてから言った。

「そういえば、前に大輝君が話してくれたアドラーのこと、すごく興味があって、少し調べてみたんだ。共同体感覚っていう考え方、すごく深いね。自分だけじゃなくて、他の人とつながることが重要なんだって感じたよ。」

「え、本当に?」

大輝は驚いた。

「アドラーに興味を持ってくれたんだ。」

「うん。大輝君が言ってたことが気になってね。今のクラスの雰囲気を見てると、それがどんなに大事か少しわかってきた気がするよ。」

大輝はその言葉に少し感動を覚えた。自分が学んだことが、少しずつ他の人にも伝わり、クラス全体に広がっている気がした。


その日から、物語のリレーはクラス全体の話題の中心となり、誰もが自分の意見を言えるようになっていった。大輝の考えた「本のリレー物語」は、ただの遊びを超えて、クラスの中に新たな絆を生む場となった。

クラスの仲間たちが、互いに協力しながら楽しむその姿は、まさに「共同体感覚」を体現していた。そして大輝は、その中で自分が果たすべき役割に気づき始めていた。自分が他人のために何かをすること、それがどんなに大きな意味を持つのかを理解し始めたのだ。


コラム:共同体感覚を育てるためのポイント

  1. 他人との協力を楽しむ
    自分一人で何かを成し遂げようとするのではなく、他人と協力することを楽しむことが大切です。協力することで、新たなアイデアや発見が生まれ、結果としてより良いものを作り上げることができます。

  2. 他人を信頼する
    他人の力を信じ、彼らに任せることも大事です。自分だけが完璧にやる必要はなく、仲間が支え合うことで成果が上がることを信じましょう。

  3. 失敗を恐れない
    みんなで協力しても、必ずしもうまくいくわけではありません。しかし、失敗は成長のチャンスです。重要なのは、失敗を恐れずに何度も挑戦することです。

  4. 自分の役割を見つける
    共同体の中で自分の役割を見つけることも大事です。全員が同じことをする必要はなく、自分の得意分野や興味に基づいて、貢献できることを見つけていきましょう。

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