第14章:本当の貢献とは
季節はすっかり秋に変わり、学校では恒例の文化祭の準備が本格的に始まっていた。クラス全員が何かしらの役割を担当し、少しずつ忙しさが増していく。大輝も、図書委員としての役割に加えて、クラスの企画運営に携わることになった。
話し合いの結果、クラス全体で何か一つの展示を作り上げることになったが、テーマや内容がなかなかまとまらない。全員がアイデアを持ち寄ったものの、それをどう形にするかが問題だった。
「こっちのアイデアの方が目立つよ。全員参加型のゲームにした方が楽しいって!」と、リーダー気質の男子が主張する。
「でも、そんな派手なものより、もっと落ち着いた展示の方が文化祭らしくない? 私たちは作品を見せるべきだと思うんだけど…」
と、別の女子が反論する。
「どっちも良いけど、予算は? そんなにお金かけられないよ」
と、実行委員の一人が冷静に指摘する。
誰もが自分の意見を主張し始め、話は堂々巡りになってしまった。ゲーム型の案もあれば、展示型の案もあり、さらにその中で音楽を使う案や、ビデオを流す案まで飛び出していた。しかし、どのアイデアも具体的にどう実現するのかまでは進んでいない。予算や時間の制約、参加人数の問題も考慮されず、全員が自分の意見を押し通そうとするばかりで、次第に口論になりつつあった。
「これで本当に間に合うのかな…」
と、誰かが不安げに呟いた。
大輝は少し離れた場所からその様子を見ていた。彼自身、こうした議論に加わるのが苦手だった。自分も意見を言うべきか迷っていたが、何をどうすれば良いのかがわからなかった。しかし、ふとアドラー心理学で学んだ「他者貢献」の考えが頭をよぎった。貢献とは、ただ助けることではなく、自分の力を生かして他者のために役立つこと。それが、結果的に自分自身の成長や自己価値の確認にもつながる。
「整理が必要だ」と大輝は思った。自分の得意分野を思い出す――図書委員として、いつも本を分類し、効率的に並べる作業に慣れていた彼には、人や物事を整理し、整える力があった。それを今こそ生かす時だ、と感じた。
「ちょっと待って。まず、みんなが出したアイデアを整理してみない?」
と、大輝は意を決して声をかけた。
みんなが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「どうやって?」と質問が飛んできた。ここで一歩引いてしまうこともできたが、大輝は続けた。
「それぞれのアイデアを一つずつ確認して、どれがどの部分に使えるかをリスト化してみようよ。予算や時間、参加人数も考慮して、優先順位を決めていこう」
その提案に賛同が集まり、大輝はチームの中心に立ってリーダーシップを発揮することになった。ホワイトボードを使い、みんなのアイデアを書き出していく。それぞれのアイデアをテーマごとに分類し、どの部分が全体にどう影響するかを整理していった。たとえば、ゲーム案は、参加型の展示コーナーを作るという形で採用する、予算の都合で音響機材などは各自で持ち寄るなどの前向きな意見が出始めた。
「これはここの展示に使えるね」「こっちはデザインに組み込もう」と、みんなが次第に自分たちの役割を見つけ出していくのを大輝は感じた。整理が進むにつれて、バラバラだった意見が一つの形にまとまりつつあった。
このとき、大輝はアドラーの「他者貢献」と「自己犠牲」の違いをはっきりと理解した。以前の彼なら、ただ「みんなのために」と自分の意見を抑え、他の人のやり方に合わせていただろう。「自己犠牲」によって、大輝はいつも疲弊してしまっていた。しかし、今回の彼は違った。自分の能力――整理能力――を使って、プロジェクトを前進させることで、他者に貢献していた。
その瞬間、大輝は自分自身の価値を強く実感した。貢献とは、自分を犠牲にすることではない。むしろ、他者の役に立つことで自分の存在意義が確認されるプロセスだということが、実際に起こっているのを感じたのだ。
伊藤さんが笑顔で
「さすが大輝君、これで準備が進むね」
と言った。
「ありがとう。でも、僕一人じゃなくて、みんなのおかげだよ」
と大輝は照れくさそうに答えた。彼は、自分の力を認め、他者の力と合わせて相乗効果を生むことで、プロジェクトが進むのを目の当たりにしていた。これこそが本当の「他者貢献」であり、共同体感覚を育む瞬間だった。