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第15章:3つのタスク

文化祭の準備が佳境に入り、クラス全体が忙しさに追われていた。展示のテーマやデザイン、スケジュール管理など、どれも重要な要素だが、利害関係が絡んでくると意見の対立が激しくなる。大輝はその場にいて、ただその様子を見守っていたが、頭の中ではアドラーの言う「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」について思いを巡らせていた。

彼はアドラー心理学を通して、これらのタスクがどれも人生にとって重要であり、いずれかひとつでも目をそらしてしまうと調和のとれた生活ができなくなるということを知った。それぞれのタスクが彼の生活の中でどう作用しているかを、実生活の中で次第に理解しつつあった。

まず文化祭の準備における「仕事のタスク」に取り組まなければならない。展示の配置やデザインに関する意見がばらばらで、皆が自分のアイデアを主張していた。

「もっと目立つデザインにすべきだよ!」と高橋君が言えば、「いや、静かな雰囲気を大事にしないと、文化祭のテーマに合わない」と山下さんが反論する。

大輝は、これが「仕事のタスク」であることに気づいた。つまり、彼らは、文化祭の成功に向けたタスクに向かってそれぞれ努力している。しかし、そこには自分の主張を通したいという利害関係が絡むために、意見の衝突が避けられない状況だった。

ここで彼は自分の整理能力を生かすチャンスがあると感じた。大輝は、みんなの意見を整理し、全員の希望が少しでも反映されるような提案をしてみた。

「高橋君のデザイン案は派手で目立つから、メインの展示に使えるかも。一方、山下さんの静かなデザインもサブ展示に取り入れて、落ち着いたスペースを作ると展示の雰囲気に厚みが出るんじゃないかな?」と大輝は提案した。

その意見にみんなが納得し、少しずつ話し合いが進んでいく中、大輝は「仕事のタスク」を通じて自分の貢献がクラス全体の成果に結びついていることを実感した。これは決して自己犠牲ではない。このような他者貢献によって、自分の居場所が作られている。

一方で、大輝は文化祭の準備を通じて仲良くなった山本君との関係において「交友のタスク」を考え始めた。2人の関係には利害関係はない。企画運営の話し合いの場で、山本君と協力する機会が増え、さらに絆が強くなったことを感じていた。。

しかし、大輝には時折感じる不安があった。それは、山本君との友情が表面的なものではないかという疑念だった。山本君はあまり自分の感情を表に出さず、心を完全には開いていないように見えた。

そんなある日、大輝は勇気を出して山本君に声をかけた。

「最近、文化祭の準備で忙しいけど、たまには休んでリフレッシュしない?週末に映画でも観に行こうよ?」

山本君は一瞬考えたが、

「いいね、行こう」

と答えた。

山本君と週末を過ごし、映画の後に今の悩みや将来の夢などを語り合った。
この経験を通じて大輝は、「交友のタスク」とは、利害関係を超えた友情であることを実感した。

そして最後に、大輝が直面したのは「愛のタスク」だった。これまでに学んだ「仕事」や「交友」とは異なり、愛のタスクはもっと個人的で深い関係である。今の大輝にとっては、親子関係がそれに該当する。

文化祭の準備が終わり、大輝は家に帰ってから母親と夕食をとっていた。ふとした瞬間に、彼は母親の顔が少し疲れていることに気づいた。いつも元気な母親が、最近は少し無理をしているのではないかと思い始めた。

「お母さん、最近仕事忙しいの?」

と大輝が尋ねると、母親は少し驚いた様子で笑った。

「そうね、ちょっと忙しいかも。でも、あなたが気にかけてくれると少し楽になるわ」

と母親は答えた。

その時、大輝は「愛のタスク」の重要性を実感した。親子関係や恋愛は、利害、友情といったものを超えた、もっと深いレベルのなにかが求められる。それは、アドラーが言う「ナルシシズムを排除し、能動的な愛を広げる」という考えにつながっているのではないか。
自分が愛を受けるだけでなく、積極的に愛を与え、周囲の人たちを支えることで、さらに大きな愛を広げていく必要があると気づいたのだ。

こうして、大輝は「仕事」「交友」「愛」の3つのタスクがそれぞれ異なる役割を持ち、どれか一つでも目をそらすと人生の調和が崩れてしまうことを理解し始めた。これらのタスクは相互に関連し、バランスを取ってこそ、本当に充実した人生を送ることができるのだと実感した。

「文化祭の準備や日々の生活の中で、僕は少しずつ成長しているんだな」

大輝はそう思いながら、これからも自分のタスクに向き合い、他者貢献を通じて成長し続ける決意を固めた。

コラム:アドラー心理学における「3つのタスク」とは

アドラー心理学では、人生を豊かにし、他者と健全に関わっていくために重要な3つのタスクが提示されています。これらのタスクは、「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」です。それぞれのタスクが意味するものと、それがどのように人生に影響を与えるのかを理解することで、バランスの取れた生き方が見えてきます。

1. 仕事のタスク(利害関係のある付き合い)

仕事のタスクとは、職場や学校、チームのように利害関係が発生する人間関係を指します。ここで重要なのは、目的を共有しつつ、個々の役割を果たし、協力し合うことです。たとえば、会社でのプロジェクトや学校での共同作業では、それぞれの人が自分の得意分野を活かして他者と協力し、成果を上げることが求められます。

仕事のタスクは、単なる利益追求ではなく、互いに貢献し合うことで達成されます。このタスクにおいては、他者との調整やコミュニケーション能力が不可欠です。人は、自分の力が他者の役に立つことを実感することで、自信を持ち、さらなる成長へとつながるのです。

2. 交友のタスク(利害を超えた付き合い)

交友のタスクは、利害関係を超えた人との付き合いを指します。友人関係や趣味の仲間、ボランティア活動など、直接的な利益を得るわけではなく、純粋に人間同士の交流を楽しみ、支え合う関係がこれに当たります。

交友のタスクは、他者との信頼や尊重が基盤となります。アドラーは、この関係において「対等」を重要視しています。利害関係のない付き合いだからこそ、相手を上下で見ず、対等な立場で交流することが、真の友情や信頼を築くカギです。

3. 愛のタスク(パートナーや親子の付き合い)

愛のタスクは、特に親子関係やパートナーとの深い関係を指します。アドラーは、このタスクにおいて「能動的な愛」を大切にしていました。愛のタスクは、ただ受け取るだけではなく、自ら愛を与え、相手の成長や幸福を願うことが本質です。これは家族や恋人などの関係においても重要で、相互の信頼とサポートが不可欠です。

このタスクが満たされることで、人は自分が「ここにいてもよい」という強い安心感を得ることができます。これが、アドラーの言う「共同体感覚」の基礎にもなります。愛のタスクが健全に機能すると、個人は自分だけでなく、パートナーや家族、さらには社会全体を支える力を持ち、他者貢献に取り組むことができます。逆に、このタスクが疎かになると、ナルシシズムや自己中心的な態度が生じ、調和の取れた人生が失われてしまいます。

3つのタスクのバランス

これら3つのタスクは、それぞれが独立して存在するわけではなく、相互に作用しています。仕事のタスクだけに集中しすぎれば、他者との対等な関係を築く「交友のタスク」や深い愛情を必要とする「愛のタスク」が犠牲になり、バランスの欠いた生活になります。逆に、交友や愛に重きを置きすぎて仕事を疎かにしてしまうと、社会での役割を果たせず、自己実現が遠のいてしまうかもしれません。

これらのタスクをバランスよく取り組むことが、調和の取れた生き方を実現するカギとなります。そして、それぞれのタスクで「他者貢献」を意識することで、自己犠牲ではなく、真の意味で他者を支え、同時に自分の価値を再確認できるようになるのです。

アドラー心理学では、「共同体感覚」が重要なテーマとして扱われています。この共同体感覚は、3つのタスクを通じて他者と繋がり、社会において自分の存在が必要であると感じることで育まれます。これにより、自分だけでなく、他者の幸福や成長を願いながら生きるという充実した人生を築くことができるのです。

最後に

3つのタスクは、日々の生活の中で自然に向き合うものです。これらのタスクを通じて、自己成長と他者貢献が融合し、調和の取れた生き方が実現されます。アドラーの教えを通じて、自分の周りの人々との関わり方を再考し、それぞれのタスクをバランスよくこなすことで、他者との良好な関係を築き、より充実した人生を目指すことができるでしょう。

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