【歴史小説】ラブリンマン -真説 坂田金太郎- 12-松明の群れ-
そいつは微睡の中にいました。
夢と現の狭間で、人間の肉の味を反芻していました。
あの、肉のやわらかさ。
はらわたの舌触り。
他のどの獣とも違う、血の甘さ。
あれは美味いのだ。
そしてこれからも、
自分はあの美味い二本足の獣をたらふく喰い続けることができるのだ。
何故なら、
山を下ればあの二本足は群れを成しているからだ。
そういう群れ場を、自分はいくつか見つけている。
でも雄には少し注意が必要だ。
比べるとやはり肉が固いし、
何よりも手に持った道具で強く抵抗してくることがある。
あいつらの力は侮れない。
あいつらは集まると強くなる。
群れで行動する獣は他にも知っているが、
あんなにも群れから出ることを畏れる獣は他にあまりいないように思える。
だから自分は、
群れの中でも特に雌と子を狙う。
当たり前のことだ。
自分は暗くなってから動くので、
明るいうちに動いて暗くなると眠るあいつらは自分にとって狩りやすい獲物だ。
少ししたら、
またあの二本足を狩りにいこう。
雌と子なら簡単だ。
雄でも、一体だけなら何の問題もない。
味わいたい。
あの肉のやわらかさ。
はらわたの舌触り。
他のどの獣とも違う、血の甘さ。
……そういえば。
あの血と同じような色の、
もっと甘い何か。
自分は知っていた気がする。
そうだ。木の実だ。
潰れた時の色が、
あの獣の血とよく似ている。
でも味は、木の実の方がもっと甘い。
……でも今、
どうしてか自分は、
あの獣の血の甘さを求めている。
どうしてか。
あの木の実、
前はたくさん食べていた。
確か……不思議な獣がいつもいて、
そいつがあの木の実をたくさん採ってくれたような。
よく思い出せない。
あの白い毛の、不思議な獣のこと。
あいつと一緒にいる時、
自分は確かに気持ちが浮き立っていた。
それまでに感じたことのない気持ちだった。
それが、
二本足を喰う時に感じる昂りと同じものなのか。
それとも、
似ているがまったく違うものなのか。
よく思い出せない。
あの白い毛の奴は、
あの二本足と同じ仲間なのか。
白い毛の奴は、一体なんだったのか。
よく思い出せない。
あれから。
頭をやられてから。
自分は……もう。
猛烈な勢いで叩きつけられた殺気によって、
そいつは微睡の中から引きずり出されました。
夥しい殺意です。
それはまっすぐに、
そいつに向けられていました。
それが人間のものであることを、
そいつはすぐ理解しました。
寝床である木のうろから這い出すと、
そいつは人間をいざなうように、
嘲笑うように、
また紅蓮のような怒りの塊をぶつけるように一声大きく吠えました。
――さあ食ってやるぞ。二本足。
松明の行進は、
もうすぐそばまで迫っていました。
〈続く〉