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【歴史小説】ラブリンマン -真説 坂田金太郎- 16-頼光と綱-

綱は、嵯峨源氏さがげんじの源宛の子として生まれました。

ですから正式な名前は源綱みなものとのつな
武州の出身でしたが、
のちに母方の里である摂津国西成郡渡辺に居を移し、
それから渡辺姓を名乗るようになりました。

金太も剛力ですが、
綱のそれも「摂津に並ぶ者無し」と言われるほどでした。


まだ綱が十五歳のころ。
摂津源氏の取り計らいで催された早駆けの競争に、
綱は大人に交じって参加しました。

折り返し地点まで駆けると、
そこには印の付いた米俵が積んであります。
その米俵を担ぎ、
出発点まで戻ってくるというのが決まりで、
一番に戻った者には褒美としてその米俵が貰えることになっていました。
良家の子とはいえ、
まだいちどきに多くの米を食べられるほど国は豊かではありません。
参加者は俄然色めき立ちます。

しかし、米俵までの距離は半里。
行くのは簡単ですが、
大人一人分ほどの重さの米俵をひとつ担いでまた半里を駆けて戻ってくるのは至難の技です。
参加者の多くは途中でへばり、
次々と米俵を地面に降ろしてしまい失格となりました。

果たして、
意気揚々と戻ってきた者があります。
それが綱でした。
一番に戻る者を今か今かと観覧していた人々は、
わずか十五歳の綱が米俵を担いで戻ったことに仰天しました。

そして、
より近くまで駆けてきた綱を見て観覧者はさらに驚き、
感嘆の声があちこちから上がりました。
綱が担いでいたのはなんと、
米俵二つ。
大人二人分の目方を両肩に背負って、
半里を駆けてきたのです。

さすがに息を切らした綱、
二俵の米を降ろすと辛そうに言いました。

「持って来た俵をもらえるという話だ。だから俺はこの二俵をもらいます。……よもや上様の待ったもありますまい」

つまり綱は、
この早駆けの競争が剛の者を選出する為のものであることをわかっていたのです。
強い男を探さんが為の祭なら、
米二俵を担いで半里駆けられる者を捨て置く法はあるまい、
と言っているのです。

皆が呆気にとられる中、
呵々かかと笑う美丈夫が一人。
平民に交じって観覧していた侍がいました。

「気に入ったぞ。その豪胆」
 
綱は息を整え、侍に平伏しました。

おそれ入ります」
「見たところ、ただの平民ではないな。名は何と」
「源綱。故あって、いまは渡辺姓を名乗っております」
「そうか。綱、おぬしはどうなりたい?」

綱はさらに頭を低くしました。

「……畏れながら。私は武で名を上げとうございます」
「そうか。では、私の下で働かぬか」
「……働く、と申されますと……」
「巷では幾度も、我が帝に弓引く異形がいる。
私の務めは少々変わっていてな。もっぱらそういった不逞の輩を見つけ出し、退治するのが仕事なのだ」

綱は黙って話を聞いていました。

おもてを上げよ」

侍に命じられ、綱は顔を上げました。

「返答や如何に」
「……我が命が上様のお役に立つのならば、存分にお使いください」

侍はにっこり笑いました。

「よしわかった。綱、今日からおまえは私のものだ」
「はっ。――畏れながら、お侍様」

早くも踵を返そうとした侍を呼び止めました。
侍は振り返ります。

「何だ」
御名おんなを頂けますか」


 
「――で、私は名も告げず、おまえを部下にしようとしたのだったな。綱よ」
「はい。……畏れながら」
「何だ」
「真に不安でした」

摂津源氏・源頼光みなもとのよりみつは持っていた酒椀を置き、
昔と変わらぬ調子で大笑いしました。
綱も酒椀を置きました。

「頼光様。一向に笑い事ではありませぬ」
「いや、すまぬ。……ふふ。地道に剛の者を探し探して、駕籠女で三人目だ。どうだ、彼奴の働きぶりは」

綱が目礼します。

「弓術の天稟てんぴんもさることながら、何しろ駕籠女は身が軽く、敏捷です。此度の志能備しのびめいた働きも見事にこなしてくれています」
「なるほど。貞光さだみつは少々抜けてはおるが、おぬしを上回るほどの剛力と磨き抜かれた体術と、岩のように頑健な体の持ち主だ。勝負度胸もおぬし以上。道を切り拓くのにあれほどの適役もいまい。
綱、おぬしはそれらをうまく取り纏めてくれる。どうも我らは得手不得手がうまい具合に分散しておるな。……して、四人目の様子は如何に」
「駕籠女にぴたりと張り付かせています。噂に違わぬ勇壮なわらしです。昨年の人喰い熊の騒ぎも、その者の手によって落着しました故」
「ふむ。あれよりもう一年か」

頼光は真顔に戻りました。

「天朝様より、かのめいが下った」

綱の表情に緊張の色が浮かびました。

「……土蜘蛛つちぐもでございますね」
「そうだ。彼奴らが帝のお命を狙いよるはもはや自明。一刻の猶予もない。――その者に意向を問うのだ。蜘蛛退治に参るか、否か」
〈続く〉



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