【歴史小説】ラブリンマン -真説 坂田金太郎- 33-時をへて-
面を上げるよう命じられ、
それに従うと、
綱の前には頼光が坐していました。
頼光と綱の前にはそれぞれ徳利と酒椀、
そして野趣あふれる岩魚の燻製が膳に乗って置かれていました。
「旅の道行きでは、そういった肴で飲んでいたと聞いた」
「お耳が早うございますね。荷を減らすため、酒の肴はその場で調達しておりました」
「堅い話はやめだ。まずは飲もう。務め、ご苦労であった」
「は……」
各々が徳利から注いだ酒を、
まずは二人ともぐっと空けました。
「大変に美味い酒でございますね」
「保昌殿も大層気に入っていた。――そういえばあれはずいぶん前、この屋敷で保昌殿と酒を飲んだ時だ。たしか、おぬしの働きを褒めていたな」
「その話は以前も伺いました。もったいなき話でございます。私が茨の片腕を刎ねた時ですから……もう十五年ほども前になりますか」
頼光は感嘆の声を上げました。
「そうか。その頃よりずっと土蜘蛛一派を追い続けておるのだな。早いものだ」
「は、まことに。――此度は土蜘蛛一派の、主たる二名を斬り伏せることに成功致しましてございます」
「ふ。十五年もかかって茨の片腕と、主たる二名か。何せ彼奴等は神出鬼没。多勢で押しても雲隠れするばかりで意味を成さぬ。おぬしらのような少数精鋭を以て、地道に追い詰めてゆくしかあるまい」
「まことに情けなき所存。言葉もありません」
「して、その者らの名は」
「は。異形の、肌の黒き兄弟の土蜘蛛で、兄の名は熊。弟の名は金乃と申すようです。そして熊が申しておりました。首魁の名は、どうやら酒呑と申す模様」
「しゅてん、か。彼奴らがそう申しておったのか?」
「異人の名はどうにも発しづらく。私にはそのように聞こえました」
なるほど、
と呟くと頼光は肴を箸で少しつまみ、
また酒を口に含みました。
「十五年間で増えては減り、減っては増えを繰り返していた土蜘蛛一派も、つまり今では首魁である酒呑と、その側近である片腕の茨。二名が残るのみか」
「左様でございます。討つべきは、まさに今かと」
「そうであるな……しかし、まずは一服だ。疲れていては良き侍働きもできぬ」
そういってまた二人は酒椀を掲げ持ち、
ともに一息に空けました。
頼光と綱はともに、
深くため息をつきました。
「感慨深いか。綱よ」
「いえ。務めであります故」
「そうだな。……昨夜の酒宴はどうだった。楽しんだか?」
「もったいなき場を頂戴致しました。新参も含め、大いに飲み、寛がせて頂きました」
「それは良かった。新参は金太郎、と申したな」
「土蜘蛛の兄に止めを刺した者です。心臓を一突きでした」
「……そうか。十五の童にはさぞ大義であったろうな」
「何をおっしゃいますやら。頼光様」
綱は改まって頭を垂れました。
「それこそが侍の務めでございますれば」
〈続く〉