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【歴史小説】ラブリンマン -真説 坂田金太郎- 9-まさかり-その③
真昼間なのに、
もうたたら場の火は落ちてたよ。
何日も降り続く雨のせいじゃない。
人喰い熊がこうも人を襲ってては仕事どころじゃない、
家を空けるのだって心配だからね。
そんな申し立ても多く出て、
山狩りが終わって落ち着くまでたたらは踏まない、
ってことに決まったんだ。
だから誰もいない。
金太と佐吉以外は。
「……一本鍛えるだけだったらな……なにもたたらなんてでかいもんを動かす必要ないんだ。
あれは、たくさんの砂鉄を一気に溶かすために動かしてるんだからな」
そう言って佐吉は、
前に金太が天窓から覗いたあの作業場の、
片隅に設えてある臼ほどの大きさの炉に焼いた木炭を入れた。
踏みふいごで風を送ると、
炉の炭は見る間に真っ赤に焼けてく。
「金太。おまえの持ってるまさかりを鍛え直すくらいなら、この炉で十分だ」
佐吉が手を差し出したんで、
金太はその手にまさかりを置いた。
傷だらけの、
自分の手になじんだまさかり。
金太は言った。
「佐吉っつあん。このまさかりを一回り大きくできるかな?」
「あん?」
「これじゃ駄目なんだよ。ちょっと小せえし、俺には軽すぎる。……あの――」
つい環雷の名を出しそうになり、
ぐっとこらえた。
「……あのでかい熊の鉢を叩き割るには、この大きさと重さじゃ頼りねえんだ」
佐吉はまさかりをじっと見た。
「確かにそうかもな。……わかった。いちからやり直そう」
一つ頷くと佐吉は鑿を器用に使い、
刃を楔ごと柄から外した。
そして刃を、
真っ赤に焼けた炉に投げ入れた。
炭がしっかり熾ってるからか、
直に刃も炭と同じような赤になった。
と、
佐吉は金鋏を使っていったん刃を炉から取り出した。
そして木皿に盛られた、
薬の混じった砂鉄を刃にたっぷりとまぶす。
それを見て、金太がぽつり呟いた。
「前に俺が天窓から見たやり方と全然違う」
佐吉はふっと笑った。
「ありゃ数打ちのやり方さ。あれは気泡もできやすいし、刃が長持ちしないんだ。
……だが金太、おまえのこのまさかりは違う。ぼろだけど、元は良い物だ。だからまったく違うやり方で作るんだ」
刃にまぶされ、
張り付いてた砂鉄も、
炉に入れられるとまたじわじわと溶け、
刃に取り込まれてく。
「刃が赤く焼けたら、まずはそいつを鍛え直す。そいでから、刃の上からまた別の鉄を巻いて、刃を大きく太らせていくんだ」
「……佐吉っつあん、手子なのにそんなことまでできんのかい?」
「見よう見まねだよ。伊達にずっとたたら場にいるわけじゃないんだ」
炉の中には、
刃とは違うもう一つの鉄の板が入れられ、
それも赤く光ってた。
佐吉は刃と鉄の板を金鋏で掴みだすと、
金床の上で二本の金鋏を器用に使い、
ぐにゃぐにゃにやわらかくなった板の方を刃に巻き付けはじめた。
巻き付けては炉で熱し、少し叩く。
そしてまた砂鉄をまぶし、
また別の鉄の板を焼いて、
刃と一緒に熱する。
巻き付ける。少し叩く。
また砂鉄をまぶす……四度ほどこの作業を繰り返した。
佐吉は汗びっしょりだ。
金太の目は炎であぶられ、涙が止まらなかった。
(鉄が赤く燃えた時の熱さとはこれほどのもんなのか)
急に炭が爆ぜた。
指先くらいの大きさの炭の欠片が炉から飛び、
じゅっ、と音を立てて佐吉の手の甲を焼いた。
欠片はなおも手の肉を焼きながら、
肉に張り付いたままだった。
でも佐吉は身じろぎ一つしない。
それは、親しい金太も知らない佐吉の姿だった。
「……さあて、こっからだ」
いつの間にか、
佐吉は両手で金鋏を使ってた。
もう片手じゃ持ちきれないほど、
刃は厚く、重くなってたんだ。
佐吉は金床に刃をごろり、って感じで横たえた。
「こっからが素延だ。金太、おまえが叩け」
「……俺が?」
「そうだ。刃物に鍛えるのは金太、持ち主であるおまえの仕事だ」
「……俺にできんのかい?」
「金槌を振るうだけだ。やってみろ」
「…………」
「早くしろ。鉄が冷えちまう」
佐吉が顎をしゃくった先には、
さっきまで佐吉が使ってた物とは別の長槌が壁に立てかけられてあった。
槌の所は、
大人の男の握りこぶし二つ分くらいの大きさの鉄でできていた。
金太はそれを手にする。
剛腕の金太でも、
かなりの重さを感じた。
「おまえの莫迦力ならそいつを振れるだろ。
頭の上くらいまで持ち上げて、刃をめがけて振り下ろしてみろ。
間違っても頭の後ろまでめいっぱいは振りかぶるなよ。目算が狂って、俺の頭をぶち割っちまいかねないからな」
金太は無言で頷く。刃はまだ赤く燃えてた。
目の上まで振りかぶり、
長槌を刃にぶつけた。
無数の火の玉が四方に散る。
金太にはそれが、
熟しすぎて自らの重みに耐えきれず地面に落ちて弾けた柘榴みたいに見えた。
〈続く〉