(レポート)「豊嶋康子を詩に翻訳するワークショップ」を開催しました
さる3月3日(日)、東京都現代美術館にて「豊嶋康子を詩に翻訳するワークショップ」を開催しました。
総勢9名の方にご参加いただきました。ありがとうございました。
以下では、当日のワークショップがどのような流れ、どのような雰囲気で展開されたかを中心に記録しています。
概要
開催の経緯
pH7のメンバー(伊澤椅子)は、東京都現代美術館でインターンとして働いている。インターンとしてイベントを企画する中で、pH7の活動のことを知った豊嶋展担当学芸員の皆さんの後押しを受けて、詩に関係するワークショップというアイデアが生まれた。
まず私たちは、豊嶋康子の作品における〈反転〉〈接続〉〈羅列〉といった操作に、言語表現、とりわけ短詩の表現に通底する手法を見て取っていた。短詩と豊嶋康子作品をミックスした(一見突拍子もない)企画ができないかと考えた。
はじめは、豊嶋自身が作品や様々な制度に対して行っているのと同じ操作を、言語という媒体、制度に対しても加えてみることを目標とした。しかし、《パネル》《安全ピン》《復元》のように、豊嶋作品は同一のシリーズの下に大量のバリエーションが制作される点にも特徴があり、構造や形式のみには収まらない具体性、一回性がある。それゆえ、形式的な操作のみを取り出し、さらに言語に適用することは難しいように思われた。
結果として、豊嶋作品それじたいを五・七・五(・七・七)の短詩に「翻訳」するという直接的なアイデアに至った。さらに、その短詩がどの豊嶋作品を元に作られたかを伏せ、クイズ形式で発表するルールを入れることで、完全な「直訳」でも「意訳」でもない、ちょうどいい塩梅の「翻訳」を目指すという制限をかけることを企図した。
ワークショップの流れ
①企画の説明・作品の選定(14:05~14:20、研修室)
ワークショップの趣旨や流れを説明した後、参加者は短詩を作る対象とする豊嶋作品を、pH7が選定した作品20個のリストから各自で2つ選ぶ。
②作品鑑賞(14:20~15:00、企画展示室)
作品の目に見える特徴や目に見えない構造、作品から受ける印象など、後の詩作のヒントとなるようにメモをとる。
③参加者の自己紹介(15:00~15:10、以下全て研修室)
実作に移る前に、参加者の皆さんがどういう関心でワークショップに参加したか、自己紹介をしてもらう。
④短詩制作1(15:10~15:35)
2つ選んだ豊嶋作品のうち、1つ目の作品に基づいて短詩を作る。まずは、五・七・五(・七・七)のフォーマットに沿うように言葉を並べることから始め、形ができた人からpH7にフィードバックをもらい、推敲する。
⑤短詩制作2、清書(15:35~16:05)
2つ目の豊嶋作品に基づいて短詩を作る。1つ目と同様に必要があればpH7からフィードバックをもらう。最終的に、自分の中でのベスト短詩を選び、A3の紙にマジックペンで清書する。
⑥作品発表とクイズ、答え合わせ(16:05~16:45)
出揃った清書は部屋の壁に貼りだし、一つずつ作品を見ていく。まずは作者を伏せた状態で、他の参加者は短詩を読解し、どの豊嶋作品から作られたかを推理する。いくつかの意見が出たら作者が正解を発表し、豊嶋作品をどのように鑑賞し、短詩を制作したかを解説する。
当日のレポート
事前に多くの申し込みがあることを知らされており、驚きと嬉しさ、緊張がない交ぜの心境で参加者の来場を今か今かと待っていた。部屋の机椅子は、長机二つを向かい合わせにし、二人の参加者がはす向かいに座れる小島を6つ、2×3の形で部屋に対し斜めの状態で配置した。
20分前には一人目の方が早くも見られ、徐々に人が集まりだす。クリップボードに留められたハンドアウト、首にかける名札ホルダー、鉛筆、ペグシル、マジックペンなど一人分のセットが雑然と置かれた研修室に、ただならぬ雰囲気を感じていただろうか。少しでも(私たちが)リラックスするため、一人ひとりに挨拶をする。ホームページを見て申し込んだという方がほとんどだった。何をするかはよくわからなくとも、何かが引っ掛かってくれた9名の参加者が集まった(当日は体調不良で来られなかった方もいた)。
事前に豊嶋康子展の鑑賞を奨めていたこともあり、多くの参加者がすでに展示に足を運んでいた。参加者は好きな作品を2つ選ぶ必要があるが、選べない人のためにリストの作品を一つずつ載せたカードを用意していた。20枚のカードからランダムに一枚ないし二枚を引けば、鑑賞の一つの目安になる。この用途でカードを引いた参加者もいたが、これは後に転用されることになる。
美術作品を(みんなで)詩に翻訳するのはpH7としても初の試みであり、果たして舌足らずな説明がうまく伝わったかという不安はあったが、15時にここで再集合ということだけを決め、おのおの展示室へと散っていった。
当日は日曜日、そして会期の終了が迫ることもあり、多くの来場客で賑わっていた。そんな中、入場するや否やそれぞれのスタイルで、しかし同様の挙動をとる参加者たちの光景に、仕掛人のようなわくわくした気持ちになった。
つぶさに参加者の動きを追えばどの作品を選んだかがバレてしまうため、その都度目に留まった参加者に程よいタイミングで声をかけ、調子を伺ったり、先ほど伝えきれなかったメモを取る際のコツを伝授したりする。自由にうろつき回りながら発生する展示室でのコミュニケーションが面白く感じられた。
一度見た展示を、さらに点数を絞って30分以上もじっくり鑑賞するのは大変だろうとも推察していたが、もうすぐ再集合の時間だと伝えて回ると、もうそんな時間かとハッとしていた。惜しみなく時間を使い、研修室にみんなが戻ってきた。
*
再集合してようやく、参加者同士の自己紹介を行った。詩人から娘に連れられてやってきたお母様まで、言語表現や短詩についての日常的な関心は様々だったが、多彩な顔ぶれが何かに引き寄せられて集まった。
短詩制作の慣れや熟練度にはばらつきがある。私たち講師が手取り足取り……ということには、さほど、ならなかった。五・七・五のリズムはやはり日本語話者になじむものであるのか、いきなり複数の作品を作って見せてくれる方も多く、もうこれが完成形だと思ってしまうものもあった。中には、早速出来上がった一つはストックしておいて、詩作が最も難しいと判断した作品に敢えて向かう方もいた。
それでも、詩として完成しているように見えることと、豊嶋作品を翻訳するということは必ずしもイコールではない。視覚的な情報を言葉に落とし込む、あるいは比喩へと跳躍させるのに長けたものに対しては、豊嶋作品の構造それじたい、あるいは作家が造形を通して行っているコンセプチュアルなものをも反映させてみる、という課題を与えたりもした。作品の完成というものに一度揺さぶりをかける。
また、参加者からはクイズの難易度について気を配る声が多かった。これも事前に課した制約であり、他者の読解可能性について考え、己の作品を問うことである。私たちも一読者として挑んだが、結果はお楽しみなのであった。
フィードバックを経て、それぞれに呻吟する様子も見られたが、その没入のモードにいられるということがまさしく重要であった。
いよいよ各人が心を決め、ペンを握って清書する。その一つ一つを茶色い壁に貼っていく。一律の大きさの紙から、それぞれの筆跡が照り返す。
線分な
細胞迷ひ
たらば僕
一つ目の作品を、作者が朗読する。みなが真剣に答えを探し始める。続々と、これではないかと考えが発表される。そう考えるわけを話すことで、豊嶋作品の受け取り方、解釈の仕方、そしてその短詩に対する読解があらわになる。ちなみに筆者は作品の制作過程を見せてもらっていたが、メモには「龍神」などのワードもあったことから、《エンドレス・ソロバン》だと予想していた。果たして。
作者から答えが「ジグソーパズル」と告げられ、制作の舞台裏が語られる。ほどなくして、自然と拍手が発生する。
続いての作品に移るところで、参加者の一人から「豊嶋作品リストの画像を見れないか」という提案があった。ここで活躍したのが、作品をランダムに選ぶために用意したカードであった。これを机にばら撒くことで、参加者が自然と机の周りに集まり、より意見を出しやすい環境が整った。
このように各位の積極性が光り、クイズは非常に白熱した。誰かがいち早く「これだ」と述べると、別の誰かがそれに根拠を付けたし状況証拠を固めるといった連携プレーも飛び出し、さながら探偵たちであった。参加者の作品を読み札、豊嶋作品のカードを取り札にして、百人一首でもできそうな勢いだった。
その結果、ほとんどすべての作品が正解に至った。それと同時に、正解へと選択肢が絞り込まれていく過程で、作者の想定とは違う読み方、豊嶋作品の見方が多彩に提示され、作者もまた納得してしまうという場面が何度も見受けられた。
最後におまけで、ハンドアウトにも記載していたpH7の見本に挑んでもらった。デモプレイでは答えが出なかったものが、同じくそれを題材にしていた参加者から即座に見破られ、同じ作品を元に詩作=思索した同士、通じ合ったことについ嬉しさを覚えた。
*
時間を超過しつつ、最後まで皆さまに参加していただきました。アフタートークにも花が咲き、新たな出会いがありました。
ありがとうございました。
謝辞
最後になりましたが、当日のみならず、今回のワークショップを開催まで厚くサポートしてくださった、東京都現代美術館の小高日香理さん、鎮西芳美さん、皆さまには感謝の念が尽きません。ありがとうございました。
また、作品の「翻訳」を快く承諾していただいた作家の豊嶋康子さんに、改めて御礼申し上げます。
作品一覧
この先に答えがあります。
作品の答え
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