ひめか奥様ストーリー①
自分の機嫌は自分で取りなさい。
それが私の父親の口癖だった。
四十代の私の父親は、男子厨房に入らずといった昔気質なところもあったが、その筋だけは一貫していた。
家族として父に接する中で、仕事上でのストレスや苛立ちを向けられたことは一度もない。
父の会社の経営を引き継ぐ時にも、後継者としては厳しく指導されたが、本人の苛立ちやストレスをぶつけられるような理不尽なことは一度もなかった。
父の尊敬するべき点は多いが、最も尊敬しているのはその点かもしれない。
その一方で、私はその父のように自分の感情を完璧に制御出来ている自信がなかった。
今日もまた、ケアレスミスをした部下に対して、つい強い言葉で注意してしまった。
「……あの言い方は良くなかったな……メールでフォロー入れておくか」
手早く会社のパソコンで部下に向かってメールを送り、帰り支度を整える。
そういう言葉遣いをしてしまった理由はわかっている。
ここのところ仕事が忙しくて、プライベートの時間が満足に確保出来なかったからだ。
(あのクライアントが、急な仕様変更をぶち込んで来たせいだ……たくっ……)
無茶苦茶なことを言われて頭に来ながらも、なんとか切り抜けられた自分は褒められてしかるべきだ。
だが、その感情を僅かでも部下に向けてしまったのは、本当に良くない。
今はちょっとした物の言い方ひとつでパワハラになってしまう時代なのだから、気を付けなければならない。
「自分の機嫌は自分で取る……徹底しないとな」
そういうわけで今日、私はストレス解消のため、久しぶりにそれを利用することにした。
待ち合わせの駅に向かうと、目的の人物が待っていることに気付く。
私より一回りは年若い美人の人妻が、こちらを見てニコリと笑う。
おっとりとした声音で、彼女は私に向かって頭を下げた。
「ひめかです。今日はよろしくおねがいします!!」
ストレス解消にデリヘルを活用することを、私は習慣にしていた。