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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#11

 研究区画の一角にある古い実験ラボへ急ぎ足で向かったリア、ダニエル、そしてチーフの三人は、荒れ果てた机や装置の残骸をかき分けながら作業スペースを確保した。半壊状態の照明は半分ほどが点滅しており、目に負担がかかるが、いまさら照度に文句を言える状況ではない。

 「ここなら、少なくとも人通りが少なくて作業に集中できるはずだ」ダニエルが奥に転がっていた椅子を引き寄せる。リアも木製のスツールを引きずってきて、「材料は集めてきたけど、組み上げるまでが正念場ね」と息をつく。
 一方、チーフは端末を片手に、ラボ内の予備電源をチェックしていた。「私が制御回路のモジュールを再設定する。怪しい波形を遮断するなんて試みは前例がないが、可能なかぎりフィルタリングの幅を広げてみる。何か問題が起きても、まずは実験的に動かさないと話にならない」と低く言い放つ。

 暗い空気の中、三人は黙々と手を動かした。ダニエルは金属シールドを切り出し、ケーブルを這わせてフレームを作る。リアはバイオシールド素材をレイヤー状に重ね、複数の粘着パネルで貼り付ける。チーフは端末画面と睨めっこしながら回路を微調整していく。
 「あらためて思うけど、システム班がここまで手をかけるのは相当リスキーね……。本来ならシステム復元が優先なのに」とリアがぼそりと漏らす。チーフは苛立ちを隠さない声で、「私だって悔しいが、復元したところで即座に書き換えられる今の状況じゃ意味がない。むしろ“波”そのものを遮らなきゃ同じことの繰り返しだ」と返す。

 近くの配線ラックからダニエルがケーブルを引き抜き、「この部分はかなり重量があるから、注意して貼り付けないと転倒しそうだ。制御モジュールはあとで固定するか?」と訊ねる。チーフは端末に目を落としたまま頷き、「私が班員を呼んで手伝わせよう。みんな精神的に参ってるが、やることが明確ならまだ動けるはずだ」と端末に操作を打ち込む。

 ラボの扉を開け放ってあったため、廊下のざわつきが断続的に聞こえてくる。激しい足音や人が争うような声……しかし三人には、いまは装置の試作以外の選択肢がなかった。彼らがここで動きを止めれば、混乱に歯止めはかからない。
 リアは奮い立つようにバイオシールドのシートを広げ、「ダニエル、ここをもう少し伸ばしてほしいわ。干渉波がどこから侵入するか分からないし、できるだけ隙間を作らないようにしないと」と促す。彼は「分かった」と低く応じ、工具で余分な部分を削り始める。

 ふいに外から、名前を呼ぶ声が重なったように響いた。「リア! ダニエル! どこ?ここにいるの?」二人は手を止め、顔を見合わせる。「この声……まさか……」リアが扉のほうへ走ると、やはりエマとシステム班の班員数名が奥の通路に立っている。
 「無事でよかった。バラバラに作業してたみたいだけど、やっぱりここに集まってたのね」とエマが安堵の表情を見せる。班員の一人は憔悴しきった顔で、「チーフが呼んでると聞いて……私もまだ動けるかどうか分からないが、何か役に立ちたい」と呟く。

 「ちょうどいい、皆でこの装置を組み立てるわ。干渉波の遮断を試すんです。成功すれば、一部でも混乱を抑えられるかもしれない」とリアが説明する。チーフは大きく頷き、「私が制御回路を担当する。あなたたちはシールド面の固定と電源の繋ぎ込みを頼む。誤配線したら一瞬でショートするかもしれないから注意してくれ」と指示を飛ばす。

 こうして人数が増えたことで作業効率が上がり、ラボ内の雰囲気にも一筋の希望が差し込んだかに見えた。エマも不安を抑えながら笑顔を浮かべ、「私、住民のケアに回るつもりだったけど、まずはこの装置を作らないと意味がないわね。さあ、やりましょう」と声を明るくして動き出す。
 もちろん、成功の保証はない。だが、絶望に沈むばかりだった住民の中に、「やるべきことが具体的にある」というだけで意識を高める人もいる。リアは作業台を挟んでエマと視線を交わすと、小さく微笑んだ。「ありがとう。私、バイオシールド素材を広げるから、エマは端を抑えてくれる? ダニエルが固定し終わったらチーフと制御回路を繋ぐわ」

 エマは力強く頷く。「分かった、任せて。皆が頑張ってるのに私だけ逃げてたら、後悔しちゃうもの」
 ラボの入り口付近では班員数名がケーブルを運び込み、どこかしらいまだ戸惑いが残っている表情をしているものの、それでも行動を続けている。崩れかけたコロニーを救う最後の策を信じ、手を動かすしか道がないのだ。

 大きなシャッターの軋む音が断続的に響き、天井の非常灯がやはり不安定に点滅していたが、作業中の人々はもう動揺を表に出さず粛々と工程をこなしていく。誰しもがギリギリの精神状態であるはずなのに、ここだけは一致団結を見せているというのが奇妙なほど。リアは、その光景に微かな希望を感じていた。

 「よし、あともう少しで大枠が完成する。電源を繋ぎ込んで、制御モジュールを起動させれば……」チーフが端末を握ったまま顔を上げる。ダニエルも汗を拭い、「ここまで同時に動けるなら、装置稼働のめどがつくかもしれないな。最悪、失敗したら一瞬でショートしそうだけど……ま、やってみるさ」と短く笑った。
 リアはその言葉を聞いて胸の奥が震える。コロニー全体が絶望しきったこの瞬間に、まだ笑みが出るのは奇跡に近いとすら思えた。やるべきことが明確になるだけで、こんなにも心が動くのだと実感する。

 こうして、抑制装置の試作がいよいよ佳境へと突入する。廊下を満たす嘆きの声や衝突の叫びは相変わらず後を絶たないが、それらを振り払うように、ここでは懸命に抵抗への一手が形になりつつあった。
 リアは結びかけたケーブルの端をしっかり固定しながら、「もうすぐ……もうすぐよ。これさえうまく動けば、ラティスだか何だか知らないけれど、私たちがその波を遮ってみせる……!」と心中で誓う。それは足元の闇に飲まれつつあるガイアにとって、数少ない“一筋の光”だった。

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