【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#4
薄暗い通路を進むミラ・カザレフは、アークワン(Arc-One)を握った腕を微かに強張らせていた。コロニー全体で漂う微妙な異常。その正体に触れられないまま、彼女はカーター博士を探し続けている。博士は研究主任であり、ニューロ・ラティスなど不可解な実験に関わっていたという噂を耳にしたことがある。直接尋ねれば、今起きている歪みの一端を説明できるかもしれない。
アークワンで博士の生体チップIDを再検索する。しかし表示は再びあいまいな読み取り結果。位置情報が揺れ、まるでコロニー内部で博士が同時に複数箇所に存在するかのように見える。不可能な現象だ。ミラは舌打ちを飲み込み、代わりに近くのスタッフルームに当たりをつけた。
スタッフルームのドアをノックすると、中から控えめな声が応じる。扉が開くと、そこには若い技術員のエリオがいた。彼は緊張した面持ちで、「ミラさん、何か分かりましたか?」と訊く。
「残念ながらまだ。カーター博士を探してるんだけど、居場所のログが変なの。」
エリオは気まずそうに眉を寄せる。「ぼくもさっき、カーター博士に呼ばれた気がして探してたけど、急に通信が立ち切られたんです。アークワンで発信したメッセージの履歴も、いつの間にか消えてて…」
またしても通信履歴の消失か。ミラは内心で苦笑するしかない。あらゆる情報操作が行われているかのような状況で、どこまでが事実なのかが曖昧になっている。
「分かった。エリオ、とりあえず君はここで待機しつつ、もし博士から直接連絡が来たら教えて。私がもう少し奥へ行ってみる。」
「了解です。気をつけて…」エリオは不安げに頷く。
エリオを後にし、ミラは再び廊下へ戻る。次は博士がよく利用すると言われる私設ラボが中層ブロックにあるはずだ。普段は封鎖気味の区画だが、緊急事態に該当するかもしれない今、強引なアクセスを試みる価値はある。
移動中、アークワンのセンサーが一瞬ノイズを拾った。金属検知アラームが短く点灯し、すぐ消える。まるで微細な粒子が通路を走ったような印象だ。ミラは立ち止まって周囲を見渡すが、目視では何もない。
奇妙な幻視、データ改変、そしてこの粒子のようなノイズ。すべてが謎のパズルの破片だ。
私設ラボの前に到着すると、アクセスパネルは光っているが、認証要求が通常より複雑だ。ミラは自分の権限で開けられないか試すが、拒否応答が返る。ならば次は、アークワンを通じてセキュリティ補助モードを使う。彼女は探査官として特定の緊急権限を持っており、非常時には閉鎖区画の一時的オーバーライドが可能なはずだ。
しかし、オーバーライドコマンドを送ると、パネルが3秒ほど無応答の後、妙な記号列を表示し、あっさり拒否してきた。
「これじゃ鍵と鍵穴が噛み合ってないみたい」ミラは唸る。まるで鍵穴そのものが変化しているような錯覚を覚える。すでにデータレベルだけでなく、アクセス権限すら揺らぎ始めているのか。
一旦引き下がり、別の手を考える。回り道になるが、ラボ裏側のメンテナンスシャフト経由で内部に潜り込めないか試すことを思いつく。通常の環境下では好まれない手段だが、非常事態に備えた緊急ルートは存在するはずだ。
メンテナンスシャフトへの入り口は少し離れた区画にある。歩くたびに足音がこだまする中、ミラは心を落ち着かせる。
このコロニーは、外宇宙に生きる人々の知恵が詰まった拠点。それなのに、なぜこんな得体の知れない現象が静かに浸透しているのか。エクソペアの噂は絶えないが、これほど巧妙に情報を攪乱する存在がいるなんて想定外だ。
シャフト前で立ち止まり、固定ボルトを緩める。金属カバーを外すと細い通路が現れ、内部に配管やケーブルが走る。ライトを当てると、いつもと変わらない冷たい反射光が返ってくる。少なくともここでは不可解な暗さは感じない。
狭いシャフトを這うように進み、数十メートル先に、私設ラボ裏側に繋がる点検ハッチがある。ミラは慎重に音を殺して移動する。背中を壁面に擦るたび、かすかな摩擦音が鼓膜を刺す。
点検ハッチに到着。ここも認証が必要だが、内部はメンテ通路扱いだから簡易ロックだ。アークワンで緊急解除コマンドを送ると、今度は割と素直に反応する。やっと一歩前進だ。
ハッチを開け、ミラはラボ内部へ身を滑り込ませる。室内は予想以上に狭く、機材や容器、データチップが無造作に並んでいる。普段使われていないのか、あるいは博士が個人で隠すように使っているのか。
ここで気になるのは、ノイズ混じりの端末だ。古い型の分析装置があり、電源は入っているが映像がちらついている。ミラは近づき、端末を軽くタップする。
画面に古いログが浮かび上がる。時刻や日付が不規則で、時系列が整合しない記録が混在している。その中にラティスという単語が数度現れるが、詳細は不明瞭。「ニューロ・ラティス…?」とミラが小声で繰り返す。
何かしら意識干渉的なエクソペア、あるいは脳波に干渉する現象が関係しているかもしれない。そうすれば、記憶やログが微妙に改変される説明もできなくはない。
ミラはアークワンで端末のデータをコピーしようとするが、保護プロトコルがかかっている。制御コマンドを試していると、足音が近づいてくる気配がした。
身構えて振り向くと、ラボ入口の向こう側から誰かが覗いているような気がしたが、影が揺らめいただけで誰の姿も確認できない。
「博士、いるの?」ミラは声を潜めて呼びかける。しかし反応はない。
疑念が膨らむ中、ミラは端末上で見た日付不整合を思い出す。時刻や記録が部分的に食い違う事態は、ただの故障か、それとも意図的な撹乱か。さまざまな可能性が頭を駆け巡るが、まだ断片的情報ばかりだ。
ラボ内には古い式の記録媒体が散乱している。半透明の結晶片、未知の記号を刻んだプレート、耐放射性の金属カプセルなど、どれも一見して何のデータか分からない。その中に、ミラは小さなメモリチップを見つけた。最新規格とは異なるが、アークワンの拡張スロットで読み込めるかもしれない。
ミラはメモリチップを丁寧に拾い、アークワンへ挿入して読み取りを試す。解析に時間がかかるが、もしこれで何らかのヒントが得られれば、博士やラティスの正体に近づけるはずだ。
数十秒後、アークワンは解読困難な暗号化データを表示。「アクセス権限なし」と警告。彼女はセキュリティバイパスを試みるが、内部ロジックが独特で、簡単には開けない。
再度、ラボの静寂が重くのしかかる。背中を冷たい汗が伝う。外部で起きている微細な異常に関する答えが、ここにあるかもしれないのに、容易に手が届かないもどかしさ。
ミラは時間を浪費したくない。とりあえずチップは持ち出そう。博士と直接会えれば、この暗号化データについて問いただせる。
ラボを後にするため、再び点検ハッチへ戻る。通路へ出た瞬間、遠方で誰かが小声で何かを呟いた気がする。声色は判別できないが、不安定なトーンだった。
足音を消して通路を探るが、そこには静寂のみが横たわっている。コロニーで生まれた虚影なのか、本当に誰かが見ているのか判らない。視線が肌をかすめるような感覚を覚え、ミラは身震いする。
すべてがまだ断片的で、何も確信がない。ただ、次の手が必要なのは明らかだ。博士を見つけ、ラティスと呼ばれる存在について聞き出さなければ先へ進めない。