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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#13

 研究区画の小さな分析拠点には、ホログラフに浮かぶ幾何学的紋様が再び注目を集めていた。これは、ミラ・カザレフとスンが中枢AIエリアで捉えた一瞬の表示をスクリーンショットで記録したもので、暗号化ファイル解読に必要な鍵として期待されている。

 レイニーがホログラム画面を眺めながら、額に指を当てて考え込む。「この紋様、確かにコロニー内部の古い区画と一致する部分があると解析班が言ってたわね」
 エリオが自分の端末を操作しつつ言葉を継ぐ。「旧コンパートメント付近を示しているらしい。そこには昔のテスト用サーバが置かれていたって記録がある。博士がそこに何か手掛かりを隠した可能性は高いと思う」

 ミラは軽く息を整え、周囲を見回した。初期にはこうした情報収集もままならず、通信や記録の乱れに翻弄されていたが、今は少しずつ状況が見えてきている。謎は深いが、手探りながらも手掛かりが増え、次にどこを調べればよいか明確になりつつある。

 「じゃあ、私とスンでその旧コンパートメントに行ってみましょう」ミラは静かに決断を下す。「もしそこに博士が残したアイテムやログがあるなら、暗号化ファイル解読の補助になるはずよ」
 スンが頷く。「了解。以前、似たような場所を調べるときはライトスティックでなんとか視界を確保してたけど、今はアークワン(Arc-One)も安定しているから、置いていっていいよね?」

 その言葉にミラは微かに笑う。そう、最初の頃はアークワン自体が不安定で、バッテリーや機能を節約するためにライトスティックを使わざるを得なかった。内部モジュールが落ち着かず、下手にライト機能を使えば肝心な解析機能に影響が出る可能性があったし、バッテリー管理の問題もあった。だが、解析班のソフトウェア調整や運用改善でアークワンは徐々に安定し、今ではライト機能を使っても問題ない程度に信頼できる状態になっている。
 結果として、ライトスティックを持たずに済むため、両手が空き、狭い通路や埃まみれの空間でも作業がしやすくなったわけだ。

 レイニーが少し心配そうな顔で「気をつけて」と声をかけると、ミラは軽い頷きで応える。「大丈夫よ。いまなら手も自由だし、焦らず慎重に調べられるわ」
 こうした些細な装備改善や環境安定が、厳しい状況下での行動に微かな余裕を与えていることを、ミラは肌で感じていた。

 二人は解析拠点を後にし、メイン通路を抜けて旧コンパートメントへ向かう。アークワンのライトは必要なときにスッと点けて光源を確保でき、不要なときにはすぐ消せる。以前ライトスティックを片手に握りしめていたころと比べ、操作性も機動性も段違いだ。
 ミラは心中で感謝するように「助かるわ」と小さく呟く。声には出さないが、こうした細やかな改善が緊張感あふれる状況での精神的ストレスを軽減してくれている。

 旧コンパートメント近くに到着すると、照明が不十分で埃臭い空気が鼻をつく。ここでまたライトスティックを取り出す手間がないのはありがたい。ミラはアークワンに軽く触れてライトを点灯させる。淡い光が金属製の床と壁を照らし、微細な凹凸や錆びを浮かび上がらせる。
 扉は軋んだ音を立てるが、片手でドアを支えながらもう一方の手でパネルを触ることも容易だ。ライトスティック片手ではこうはいかない。

 室内に入ると、初期サーバや旧式コンソールが並んでいる。スンが紋様解析で特定された座標を確認し、ミラがそこを照らす。小さな金属パネルが他と質感が微妙に違うと気づけたのは、ライトで狙った部分を的確に照らせるからだった。
 ミラはパネルを軽く押し、カタッと外れた隙間からメモリユニットを取り出す。「これね…紋様が示した通り何か隠されていたわ」

 スンが興奮気味に近づいて覗き込む。「やった!これで暗号化ファイル解読にさらに近づけるかも。戻って解析すれば新たな鍵が手に入る可能性が高い」
 ミラは落ち着いた声で「じゃあ、もうここには用事はなさそうね。空気も悪いし早く拠点に戻りましょう」と提案する。

 アークワンのライトをまだ点けたまま、余計な障害物がないか確認しながら二人は撤収する。

 廊下に出ると、先ほどより人の往来が増えている気がする。皆が各自の任務や分析を続け、コロニー全体がぎりぎりのバランスで持ちこたえている。ニューロ・ラティスという不可思議な存在が背後に潜んでいると感じつつも、こうして少しずつ解決へ向かうプロセスは、住民たちにとって辛うじて希望を灯す効果があるのかもしれない。

 拠点へ戻ると、レイニーがすぐに声を掛ける。「どうだった?」
 ミラはメモリユニットを見せ、「紋様が指示した場所でこれを手に入れたわ。たぶん暗号解読の追加データね」と説明する。スンが端末にユニットを接続すると、画面に流れる奇妙なコード列が映し出され、解析班が動き始める。

 ミラはモニタリング結果を確認し、心中でささやかな安堵を感じていた。徐々にだが、ラティスや博士の暗号に関する手掛かりが増えている。アークワンの安定化による探査効率向上、仲間たちの柔軟な対応――これらが合わさって困難を乗り越える地盤が固まりつつある。

 そしてミラ自身、まだ確信はないが、ラティス干渉下で他者より些細な優位性を持てるかもしれないという不思議な感覚を抱いていた。これまでの苦労していた頃から比べれば、精神的な余裕も微かに生まれている。それが、認識改変に対抗したり、ラティスとの接触で何らかの対話を可能にする素地になるなら、今はこの揺らぎを受け止めておくしかない。

 コロニーを覆う不安は依然として濃いが、紋様とメモリユニット、改善されたアークワン、柔軟な仲間たち…小さな前進が織り合わされ、複雑なパズルが徐々に形を取り始めている。ミラは心中で深く息を吐いてから、次の解析結果を待つことにした。
 「一歩ずつでいい。確実に進もう」と微かに自分へ言い聞かせて、彼女はアークワンのライトを消し、表示を省電力モードに切り替える。もう少し経てば新たな突破口が開くはずだ。

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