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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#13

第5章「脱出と通信」

 抑制装置の一部稼働が始まってから、数時間が経過していた。研究区画の古い実験ラボでは、リア・ハーパー、ダニエル・ヴァン・オールデン、エマ、そしてシステム班のチーフらが装置の周囲に集まり、休む間もなくログや波形の変動を監視している。薄暗い照明と、ところどころ断続的に響く衝突音が、いまだにコロニーの危うい状態を物語っていた。

 「外の騒ぎはまだ止まないわね……」エマが疲れた声で呟く。背後で誰かが「やめろ!」と叫ぶのが小さく聞こえ、すぐに物が倒れる音が続く。ラボ内部には僅かな安定が生まれたが、ガイア全域の混乱を抑えるには程遠い。
 リアは制御モニターを睨みつつ、「この装置で干渉波を遮断できる範囲は限られている。ラボ内や近辺は何とか維持できそうだけど……これだけじゃ人々の混乱を解決するには弱い」と頭を抱える。けれど、最初の試作としては上々で、少なくともここにいるメンバーの記憶や動作は比較的安定しているようだ。

 ダニエルは、大きく息を吐きながら手元のパネルを操作する。「最初の目標は達成したが、コロニー全域をカバーできるほどの拡張は無理そうだ。素材も足りないし、時間も限界だ……。何かもっと根本的な打開策が要るな」
 チーフも端末を抱え、「私としては、いずれ外部との通信を回復して助力を仰ぐしかないと思う。ガイア単独でこの干渉を封じきれるかは疑問だ。私たちが時間を稼げても、住民全員を守ることは難しい」と声を落とす。話の内容が深刻である一方、その手には薄い希望が見え隠れしている。

 「けど、今の通信状況じゃSOSを出したくても安定しない。もし外部に向けて発信できたら、少しは助けが来るのかしら……」エマが肩を落とすように呟くと、リアは静かに首を振る。「分からない。でも放置はできない。コロニー全体を支えられるのは数日が限度よ。いっそ外へ出て、別のルートで助けを呼ぶ手段はないかしら」
 その言葉に、一瞬ラボ内の空気が止まる。コロニーからの“脱出”が選択肢に上がったのだ。ガイアに勤める多くの研究者はここで安定した生活を送ってきたが、今や崩壊の瀬戸際にある。外部へ行きさえすれば、もっと有力な情報や装備、支援を得られるかもしれない。

 ダニエルが口を開く。「外へ出るっていっても、緊急ポッドはどうなってるか。コロニー中枢が混乱しているなら、発進許可が下りないかもしれないし、そもそもシステムエラーで動かせない可能性だってあるぞ。」
 リアは深く頷く。「私が見に行くわ。ここの装置は皆に任せて、範囲を拡張できるならやってほしい。通信は不安定なままだから、外部へのSOSを送るには、実際にコロニーを出る手段を探すしかないかも」

 その提案に、エマは驚いた顔で口を開く。「リア一人で? 危なくない? 正直、コロニー内部を移動するだけでも命がけよ。私が同行しようか?」
 リアは少し目を伏せたあとで微笑む。「ありがとう。でもエマはここでみんなを支えて。抑制装置が完成しても、運用には人手が要るから。私なら植物室や研究室を回ってきたから、ある程度の地理は把握してるし……。ダニエルやチーフはこの装置のメンテナンスに不可欠でしょ?」

 チーフは心配そうな表情を浮かべるが、「確かに、私たちが離れたら装置は止まるかもしれない。そうなればここで確保している“安全域”も失われるわけだ。分かった、あなたに任せる。ただ、コロニーからの脱出は簡単じゃないぞ。緊急ポッドは動かせても、軌道上で干渉波の影響がないとも限らない」と釘を刺す。
 リアは苦い笑みを浮かべ、「その覚悟はあるわ。皆の時間を稼ぐためにも、何とか外部へ行って、この干渉の存在を知らせるしかないから」と決意を固める。ここに来て、彼女がリスクを背負わなければコロニーの未来はない、と悟っていたのだろう。

 ダニエルが名残惜しそうにテーブルを拳で軽く叩き、「じゃあ、気をつけろよ。準備できる範囲で必要な装備を揃えてってくれ。オレたちはここで装置を安定化させる。上手くいけば、範囲を少しずつ広げられるかもしれない……それまで住民を守らないと」
 エマはリアを見つめ、「本当に一人で大丈夫? もし途中で巻き込まれたら……」と声を震わせる。リアは静かに手を伸ばし、「私が倒れたら、そのときはごめんなさい。でも、行かなきゃ。ガイアを救う最後の可能性がそこにあると思うの」とエマの肩を握る。

 こうして、ラボの空気が張り詰めたまま、リアは最低限の装備と端末、非常用のツールをまとめ始める。息をするたびに緊迫が増し、誰もが心中で「本当に外へ出るのか」と不安を抱えつつも、反対はしない。結局、誰も“安全”な道など持ち合わせていないのだから。
 少しして、リアはダニエルから追加のケーブルや工具を受け取り、「ありがとう。もし外部で通信を復元できたら、必ず連絡するわ」と短く言い残す。ダニエルは眉を下げて「無茶はするなよ」と呟き、エマは拳を握って「帰ってきて」と願うように励ます。

 チーフが端末を握り、「私も周囲の区画を見回り、装置の範囲拡張と住民の説得を進める。リアさん、死にに行くようなものだが、それでも賭けるか?」と最後に問う。リアは一瞬視線を落としてから、決然と顔を上げた。「時間がないんです。たとえ死ぬ可能性があっても、コロニーを見捨てるよりはずっといいわ」
 そう言い残すと、彼女は扉を開け、暗い廊下へ踏み出す。そこには相変わらず不安定な照明と、住民たちの断続的な悲鳴がかすかにこだましている。しかし、これまでとは違い、リアの胸には「外へ出る」という明確な行動指針が宿っていた。

 ラボに残った面々は、扉が閉まる音を聞いて黙り込む。エマは祈るように目を伏せ、ダニエルはチーフと視線を交わしながら、再び装置のモニターを見つめるしかない。いつ何が起きてもおかしくないコロニーの現状で、リアが成功して戻れるのか、誰にも答えは分からなかった。
 こうして、彼女はひとり“脱出”の道を模索する。一部が仮稼働した抑制装置で辛うじて理性を保ちながら、次なる手段へと歩みを進めるのだ。ガイアを襲う干渉波の逆襲をかわしつつ、通信や外部の助力を得るために——時間に追われるこの最中、リアの行動がコロニーの未来を左右する重大な一歩になる。

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