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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#15

 リア・ハーパーは幾度目かの端末操作で、ポッド制御システムの奥深くへと切り込んでいた。エラーと再起動を繰り返す画面が絶えずちらつき、いつ落ちてもおかしくない状態だが、それでも指を止めるわけにはいかない。後ろで見守る女性住民も、こわばった顔つきのまま協力を続けている。見るからに疲労と不安が混じり合っているが、言葉には出さない。

 「本当に、これで外へ出られるのかな……」小さく呟く彼女の声に、リアはわずかに頬を緩めて頷いた。
 「わからない。でも、やらないよりましよ。コロニー内はもう限界で、どこにも通信が届かない。私たちがここに留まっても、干渉が増すだけ……外で少しでも通信の干渉が弱まるなら、きっと活路があるはず」
 その言葉には自信というより覚悟が滲んでいる。二人とも、内部で理性を失いかけた住民たちを何度も見てきたからこそ、「じっとしていても滅ぶだけだ」という実感が支えていた。

 端末を強制オーバーライドのメニューへ進めると、画面いっぱいに赤い警告が散らばりはじめる。
 「SYSTEM OVERRIDE / EMERGENCY LAUNCH」
 「まだこんな項目が生きてる……」リアが息をつく。大半の機能が潰れているこのコントロールパネルだが、一か八か発進モードを立ち上げることぐらいは可能らしい。細かい操縦制御ができる保証はないが、完全に詰みというわけではない。

 「動力は……どう?」女性住民が、接続中の補助画面をちらりと見やる。そこには**「POWER LEVEL: 27%」**と表示されているが、正常時の半分以下だ。ドッキングリリース後に宇宙空間で推進や姿勢制御に十分なエネルギーがあるかは怪しかった。
 リアは歯を食いしばり、「27%……それでもやるしかないわ。仮に動力切れになっても、ここで待っていたらいずれ干渉に飲まれる。行きましょう」と短く言う。画面には“LAUNCH”の項目が点滅している。

 ゲートの奥で金属が軋む音がして、いつ崩れてもおかしくないほど施設が歪んでいる。限られた時間のなか、リアは端末に続く確認ボタンを入力した。
 「最終オーバーライド……作動。よし、これでドッキングロックが外れれば……!」
 女性住民も端末を見ながら「あ……警告が増えた。一部システムは故障扱いになってる」と焦る声を上げる。リアは唇を結んで操作を継続し、「大丈夫、緊急発進モードさえ生きてれば動くわ。さあ、急ぎましょう」と呼びかけた。

 二人で駆け込んだ先には、窓からわずかに宇宙の漆黒が見える小型ポッドが待っている。と言っても、待っているというより、誰にも使われずに打ち捨てられていた状態だ。機体表面の塗装が剥がれ、ケーブルが露出している箇所もある。
 「これ、本当に飛べるのかな……」女性住民が緊張に声を震わせる。リアは敢えて笑みを作り、「さっきのパネルが嘘をついてなければ、まだ軌道に出るぐらいの燃料はあるはず。ほら、行くわよ!」と言って、半ば強引に機体ハッチをこじ開ける。

 船内に入ると、薄い非常照明がかすかに光を投げていた。コックピットシートが二つあり、予備のシートは外されて散らかっている。リアは先に操縦席に滑り込み、コンソールを一通り確認する。「パネルは――ひどいノイズだけど、まだ反応してる……」
 女性住民も少しおどおどしながら後ろの席へ腰を下ろし、「私、どうすれば?」と端末を握る。リアはすぐに「警告ランプや故障メッセージが出たら教えて。私は操縦に専念するわ」と息を詰めたまま答える。

 一瞬だけ、リアは遠くガイア内部で苦しむ仲間たちの姿を脳裏に思い浮かべた。抑制装置が局所的に動いているとはいえ、全域を救える保証はない。何とか外へ出て、干渉を逃れた状態で通信を探るしか方法はないのだ。
 「いま発進操作を開始する。ハッチの気密……OKには程遠いけど動くはず」リアは細い声を出しながら操作盤を叩く。すると低くモーター音が鳴り、船体ががくりと揺れる。

 警告ランプが赤く点滅しながら、**「OVERRIDE CONFIRMED」**と表示され、音声もかすれて聞こえる。「ドッキングリリース作動……」
 リアは操縦桿を握り、唇を噛む。「もう、戻れないわよ?」と最後に尋ねるように女性住民に視線を向ける。彼女は目を強く閉じて一瞬黙ったが、やがて決心したように「いいの。行きましょう」と頷いた。

 ドッキングロックが外れる衝撃が船全体を襲い、多少の金属音が響く。続いてハッチが閉じ、船内に圧迫感がこもった。リアは青ざめた顔で「よし……!」と呟いて、発進スイッチを押し込む。
 エンジンは不安定な唸り声を上げ、機体が横に揺れる。女性住民が「ひっ……!」と息を飲むが、リアは意識を集中し、スラスタの出力をじわじわ引き上げる。ガタガタとした振動が船体を包み、視界に灰色の鋼鉄デッキの壁面が流れていった。

 何かが外壁を擦るような音が走り、金属臭が立ち込める気がしたが、船は止まらない。闇を切り裂くようにドックから抜け出すイメージでレバーを押しこむ。内部メーターが真っ赤に暴れながらも、ポッドは確かに前進していた。
 「いける……!」リアは声を押し殺す。次の瞬間、外部モニターがブラックアウトしそうになるが、辛うじて再起動して星の瞬きらしきものを映す。周囲はノイズでざわめいているが、確実に宇宙へ出た手応えがある。

 「これで……ガイアの外だよね?」女性住民が端末をかじりつくように見やり、リアは舌打ち混じりに「まだ周回軌道に乗ったわけじゃないし、干渉もある。油断できないけど……一歩は踏み出したわ」とハンドルを握り直す。
 警告音が繰り返し響くが、船体が大きく揺さぶられることはなくなった。燃料の残量は心もとないが、今は通信チャンネルを確保するのが最優先だ。

 「サラ!あなたの端末で周波数スキャンができる?」リアが息を整えながら尋ねると、彼女は頷き、「やってみる。でも、この干渉が軌道上にも及んでたら……」と口ごもる。
 リアは「分かってる。それでも希望は捨てない。ガイアの通信が遮断されていたのは内部だけとは限らないけど、ここなら他コロニーへの信号が届くかもしれない」と言い、短く微笑む。

 ここガイア以外にも、木星近傍にはいくつかのコロニーがある。以前は通常の連絡網があったはずだが、干渉後に完全に途絶してしまっていた。もし軌道上でノイズを抜ければ、救援や情報共有のチャンスが巡ってくるかもしれない。
 サラが画面を操作し始めると、雑音と共に画面に波形が現れ、ノイズの海が覗く。はたして外部に誰かいるのか。もし全てが沈黙なら……リアは嫌な想像を振り払い、「大丈夫。まだこれからよ」と自分に言い聞かせる。

 ポッドが揺れを一旦収め、小さな振動だけが続く。外部カメラには歪んだ星空が微かに映り、遠く下方にガイアのドックがちらりと見えた。あのドックの内部では、抑制装置を含む仲間たちが必死に理性を守ろうと頑張っているに違いない。
 「私たちがここで諦めたら、みんなの苦労が無駄になるわ……」リアは胸中でそう強く誓う。後戻りはもうできない。闇の宇宙に漕ぎ出した以上、ここで通信を復旧して他コロニーに助力を求める道しか残されていないのだ。

 こうして、薄暗い星の海に向かう小さなポッドには、ガイアの住民を救う希望が乗っている。干渉波が軌道にも及んでいるなら、まともに発信するだけでも命がけだろう。それでも、ここに至るまでの時間を繋いでくれた仲間たちがいるからこそ、リアは操縦桿を握る手を緩めることはない。
 この先、外と完全に繋がるか、あるいは更なる混乱に陥るか——それは運命の決断と、どこかで進んでいるかもしれない他コロニーの努力次第だ。誰も知らないが、リアは信じている。「どこかに、同じ干渉と戦っている人たちがいる」と。

 星々の散りばめられた闇の向こうには、いくつかのコロニーが存在する。アレオーンも、その中の一つ。いまだ音沙汰が一切ないが、かつての通信記録からして、居住者はいるはずだった。
 「待ってて。私たちも、ガイアを捨てるわけじゃない……干渉が全てを壊す前に、まだ戦いは続いてる」とリアは心中で呟き、ポッドのエンジン出力を少し上げる。背後ではサラが息を殺して周波数を探り続ける。どこでもいい——誰かが応えてくれれば、未来は変えられるかもしれない。

 こうして二人の姿は、ガイアを後方へ遠ざけていく。まだ何も分からない宇宙の暗闇に踏み出したばかりだ。だが、その一歩が、崩壊寸前のコロニーを救う切り札になるかもしれない。干渉波を越えて、他コロニーと繋がる道を探すのが、最後の希望だから。


次回、最終回です。リアたちはどうなるのでしょうか……。

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