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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#10

第4章「抵抗と決意」

 沈む声と崩れる理性が覆うガイアの廊下を、リア・ハーパーとダニエル・ヴァン・オールデンは肩を並べて進んでいた。さきほどまで、住民同士の疑心暗鬼や記憶の曖昧化を目の当たりにし、単なる誤作動やハッキング説では説明できない深刻な“干渉”が広がっているのを痛感している。二人はすっかり荒れ果てた通路を睨みつつ、少しでも希望の光を探すべく、足を止めなかった。

 「このままだと、本当にガイアが崩壊するわ……」リアが低く呟く。普段は冷静な彼女も、限界に近い焦燥感に駆られている。扉や照明が断続的に故障する現象、住民の衝突が絶えない噂——いずれもコロニーの理性を完全に壊す前触れのようだ。
 ダニエルは唇を噛み、「未知の干渉が人間の認識まで狂わせてるなら、何らかの方法で“波”を遮断するしかない。ログを守ろうにも改竄が絶えないし、人の記憶も怪しい。何かしら抑制策を講じないとな……」と声を落とす。

 二人が「抑制装置」を考え始めたのは、ここ数日で観測された奇妙な周波数ノイズや時間の齟齬が、従来の電磁理論だけでは説明困難だったからだ。データ改竄を防ぐには、ただのセキュリティ強化では不十分。まして住民の精神防衛をどう図るか、誰も答えを持ち合わせていない。しかし、もし“何らかの波”が存在するなら、それを遮る物理的手段を試す価値があるかもしれない——というのが彼らの苦肉の発想だった。

 「でも、どうやって作るの? 通信やバックアップがまともに機能しない状態だし、適切な設計をするための参考資料も限られてる」とリアは陰鬱な表情で問う。「それでも、やるしかないだろ? 研究区画にある金属シールドやバイオシールド素材を流用して、疑似的な“干渉遮断領域”を作るんだ。少なくとも最初は狭い範囲でもいい」と声を張る。
 彼は続けて口を結ぶようにしながら言った。「住民の精神が完全に壊れる前に、いくらかでも“正気を保てる空間”が作れれば、何とかコロニーを立て直す時間を稼げるんじゃないか。そう信じるしかないだろ」

 リアは胸の奥にかすかな希望を灯し、「分かったわ。私もエマやシステム班のチーフから聞いていた“ノイズフィルター”の応用を使えないか考えてみる。もう細かい理論検証は後回しにして、実践的に動くしかないわ」と頷く。
 暗い廊下を曲がるたび、彼らの耳には衝突音や罵声が遠くから聞こえる。データ書き換えの犯人探しに翻弄され、住民同士が疑心暗鬼を極めている証拠だ。二人は目を伏せ合い、「時間が本当に残っていない」と言外に悟る。

 途中の分岐点で一瞬、足を止めた。ダニエルが「ここで分かれようか? オレは研究区画から金属シールドを集めてくる。リアは……」と提案しかける。だがリアはすぐに首を振り、「いや、せめてシステム班のチーフと合流してからがいいわ。最近、一人で動くのは危険すぎる。互いに攻撃されたり、記憶を失ったりするリスクもある。なるべく一緒に動きましょう」と言う。
 先ほど二人は住民衝突を目撃し、危うく巻き込まれそうになったばかりだ。これ以上分断されるのは得策ではない。

 ダニエルは悩むように唇を歪めたが、やがて「分かった。じゃあ先にチーフを探そう。あいつなら抑制装置の回路設計にも手を貸してくれるかもしれない」と結論づける。リアも安堵してうなずく。「システム班のリーダーとして経験豊富だから、私たちじゃ及ばない所まで目が届くはずよ。何とか説得しないと……」

 二人が再び歩き出すと、ドアの奥からすすり泣く声が響いた。覗くと、若いスタッフが端末を前に呆然と座り込み、「データが……全部、意味をなさなくなってる……」とつぶやくばかり。リアは声をかけたが、彼はまるで虚空を見ているようで、まともに反応しない。干渉の影響か、それとも単に精神が限界に達したのか、どちらにせよ深刻だ。

 そうした負の光景を目撃するたび、二人は抑制装置の必要性をさらに痛感する。住民の混乱を少しでも落ち着かせなければ、コロニーが生き残る道は閉ざされるだろう。
 「抑制装置……“理論”なんてほぼ後づけになりそうだが、オレたちが動かなきゃ誰も救えない」ダニエルが自嘲気味に笑う。リアも「今更完璧を求められる状況じゃない。賭けでもいいの。成功する確率が1%でも、やらないよりましだわ」と強い口調で返す。

 廊下の突き当たりに差し掛かった頃、ようやく半ば崩れ落ちたパネルの陰にシステム班のチーフの姿を見つけた。彼は端末を必死で操作しているが、滝のような汗をかき、しきりに「私がいくら復元しても追いつかない!」と苛立ちを吐き出している。そばには数名の班員がいたが、誰もが顔面蒼白に見えた。
 リアとダニエルが駆け寄り、「チーフ、よかった、探していました」と声をかけると、彼は怯えた目で振り返る。「……ああ、二人か。すまないが、今手が離せない。記録復元作業がまた書き換えられて……。私たちの力だけでは間に合わない」

 ダニエルが短く息を吐き、「だからこそ、抑制装置の話を聞いてほしい。何らかの波形が内部に入り込み、機器や記憶を歪めてるなら、物理的にそれを遮れないかと考えてるんだ。オレたちも設計段階で大変だけど、システム面の補助があれば完成度が上がる。ぜひ助けてくれないか?」
 チーフは驚いた表情を見せたが、すぐに険しい顔に戻る。「正直、現実離れした話に思えるが……私たちももう限界だ。あれこれ理屈を突き詰めている余裕がない。分かった、私も協力しよう。何か準備することがあれば指示してくれ」

 リアは喉の奥で詰まるものを感じつつも、「ありがとうございます。ダニエルが用意する金属シールドに、バイオシールド素材を重ね、そこにフィルタリング回路を入れ込むんです。きっと制御が難しいから、あなたの班員にも手伝ってもらえると助かります」と伝える。
 こうして、やっと三人が揃い、抑制装置の具体的プランが形になり始めた。どれほどの効果があるか分からないが、今このコロニーでは唯一の対抗策になり得る。チーフも決意を固めたように端末を掴み、「私が班員に指示を出します。皆が半ば精神的にやられかけてるが、背に腹は代えられない。すぐ手を分けましょう」と声を低めて言った。

 廊下の奥には相変わらず疲れ果てた住民がうずくまり、暗い光がもたらす不安と対立が渦巻いている。だが少なくともここにいる三人は、理性を保ちながら抵抗を試みる道を選んだ。
 リアは胸を張り、ダニエルの方を見やって「行きましょう。時間との勝負よ」と強く言う。彼は頷き、チーフも端末を握り締めたまま立ち上がる。崩れかけたガイアを救うには、この一手に賭けるしかない。

 こうして三人は研究区画の隅へ急ぎ、装置の実装計画を展開し始めた。暗い通路の向こうから悲鳴や衝突音が聞こえようとも、抵抗と決意を形にするために歩みを止められないのだ。いまのガイアに残された最後の手段が、今ここで芽生えようとしていた。

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