【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#22
研究区画の片隅にある工作室に、一時的な活気が戻ってきた。かといって、明るい笑い声が弾むわけではない。余裕のなさが漂う中、痛みや疲労をこらえて作業に集中する姿は、ある種の決死隊さながらだった。
ミラは机上に広げた手書きの回路図と紋様のメモを見比べ、スンがまとめたタブレットの画面を確認する。昨夜、あるいは今朝までの混乱が嘘のように整理されつつあるが、根本的な苦しさは何ひとつ消えていない。
「これで、干渉中に脳波や周波数を視覚化できるかしら」と声を上げると、スンが小さく息を吐いた。「うん、これだけアークワンに負荷をかければ動きが遅くなるかもだけど、代わりにリアルタイムモニタできるはず。前回のログと突き合わせてみると、干渉が深まる瞬間の特徴が何パターンか見えるから」
近くでレイニーが小さくうなずき、「私が担当している“認知スイッチ”周りの理論だけど、これ……数字も文章も不自然に組み合わされてて、まだ大半はわけが分からないのよ。でも、私たちが仮にこの回路を組めれば、ラティス干渉の入り口までは抑制可能かもしれない」と視線を落としたまま続ける。
エリオが手にしたセンサーアームの配線を軽く引っ張りながら、「俺はこれを制御ユニットに接続するよ。少なくとも、実験台としてミラが干渉に踏み込むときは、こいつが強制モニタリングをしてくれる。ほんの少しでも役に立てばいいんだけど」と言い、肩をすくめる。
部屋の奥では、別のスタッフが必要な補助パーツを探して棚を開閉していた。実際に作っているのは小規模な補助装置だが、常識的には完成したところで記憶や認識の歪みを完全に防げる保証はない。しかし、誰もが「何もしないよりははるかにマシ」と認識しており、その一心で身体を動かしている。
「ミラ、こっちの設計図は見た?」とスンが目配せすると、ミラは端末画面を覗き込んだ。そこには博士の残した断片的な文章と、紋様データから抽出した何らかの数値が合成されたようなイメージが映っている。
「これは……“第二ゲート”と関係あるのかしら」とミラはつぶやくと、レイニーが椅子から身を乗り出した。「たぶんそう。博士は“複数ゲートを連続で開くには認知制御が必須”とか書いているのよ。つまり、これがなければラティスをさらに深く読み解くときに必ず誰かが壊れるってこと」
エリオは腕を組み、「俺たちは何をどこまで許容できるんだろうな。もしこれで干渉をコントロールできるなら、博士が言う最終手段も見えてくるかもしれないけど……。少し気が遠い話だ」と苦い笑いを漏らす。
ミラは一度深呼吸し、「でも、こうやって理論や回路を組んでいく中で、少しは可能性が感じられるわ。まったく道が見えなかった昨夜より、ここまで形ができてるのはすごいと思う」と励ますように声をかける。
遠くから作業音と低い会話が続くなか、皆が黙々と手を動かす時間が再びやってきた。しばらくして、レイニーが小さく「あれ……」と呻くようにうめき、頭に手を当てる。ミラは慌てて駆け寄るが、レイニーは「大丈夫、ただの頭痛。昨日の名残よ」と苦笑した。
「休んでほしいところだけど……」とミラが言うと、レイニーは険しい表情で首を振る。「今ここで止まったら、また次の干渉が来る前に装置を仕上げるチャンスを逃すかもしれないし。私も分かってるの。無理するなって言われても、やるしかないのよ」
エリオは遠目にそれを聞き、「俺も同じだよ。あれだけキツかったけど、ここで粘らないと、また“あんな苦しみ”を繰り返すだけだ。次はもっと酷いかもしれない」と呟く。彼の声に滲む恐怖は、まるでトラウマに近い。だからこそ、黙って耐えるしかないというのが仲間たちの本音なのだろう。
ミラは自分こそが皆と同じ苦しみを完璧に共有できていないと思うと、申し訳なさと胸を締めつける悔しさが押し寄せる。自分は吐き気程度で済んだが、レイニーやエリオは幻覚や記憶の飛びを味わい、スンも相当な頭痛に苦しんだ。もしこの装置が完成すれば、皆を少しでも楽にさせられるかもしれない。それがミラの大きな動機にもなっていた。
スンがタイピングの手を止め、「これ、動きそうだよ。回路図を簡易シミュレーションにかけてみたら、干渉レベルの振れ幅をある程度検知できるっぽい。博士の残した暗号符号を参考にしたアルゴリズムで、脳波とラティス周波数を突き合わせる仕組みだ」と声を上げる。
レイニーが少し身を起こし、「そんなに早く?……いや、仮の結果でも嬉しいわ。これで抑制が本当に働けば、干渉下でも全員が倒れずに済むかもしれない」と言い、わずかに笑顔を見せる。
エリオは配線テスターを脇に置き、「じゃあ、俺も今のうちにパーツを仮組みしてみる。あんまり大規模にいじれないけど、プロトタイプならできるだろう。ミラ、ちょっと手伝ってくれないか?」と声をかける。
ミラはうなずき、「ええ。詳細は分からないかもしれないけど、サポートぐらいはできるわ。教えてもらいながら組み立てるわね」と道具を手に取った。
こうして小さな工作スペースで工具やパーツが広げられ、皆が言葉少なに動き回る。レイニーとスンは並んで画面を見ながらソフトウェア的な制御部分を洗練し、エリオはパーツを繋ぎ合わせて簡易フレームを仮止めしている。ミラはそこに加わり、位置合わせや固定作業を手伝う。
淡々とした作業音の合間に、誰かが時折息を吐いたり、頭を押さえたりする姿がある。この数日間、まともに休めていない上に、ラティス干渉の悪夢が頭をよぎるのだろう。
「ごめんね、ミラ。私、また少しクラクラしてきた」とレイニーが弱々しく言い、椅子に寄りかかる。ミラはすぐに「大丈夫? 私が手伝うわ。無理しないで」と支えるように近づく。
レイニーは少し肩の力を抜き、「ありがとう、少し楽になる。……でも、これじゃ役立たずみたいで悔しいわ」とこぼす。エリオとスンが視線を交わし、口には出さないが「そんなことはない」と言わんばかりの雰囲気を漂わせる。
部屋の外の廊下からは小さな足音が通り過ぎる音だけが届くが、誰も工作室へは入ってこない。コロニーの他の区画も混乱が続いているかもしれないが、とりあえずこの場所は作業に集中できる余白がある。
ミラは心の中で覚悟を固める。「この数日で装置をある程度形にし、その間に私が暗号をさらに洗い出して次に臨む。……博士がどこにいるのか、いつか分かるときまでに私たちがコロニーを守り抜かないと」
視界の端でエリオが黙々と配線をはめ込む姿が映り、スンとレイニーが熱心に画面を睨んでいる気配が伝わる。皆がボロボロになりながらも踏ん張る理由——それは単に己の意地だけではなく、コロニーに暮らす仲間や家族、そして未来を守るためなのだろう。
ミラも作業に没頭しながら、きっと博士も同じ思いであの暗号を残したに違いないと思い至る。だからこそ、今は探しに行くのではなく、博士の研究を継いでコロニーを救う。それが唯一の道に思えた。
手元のパーツを固定し終え、ミラは端末を見て「これは……通電チェックができれば、テストだけでもやれるわね」と声を上げると、レイニーが「じゃあ私がソフト側を仮動作させてみるから、エリオとミラは同時に物理的に確認してみて」とささやくように返事する。あちこちが痛む身体をなんとか動かし、彼女も次のステップに移ろうとしているようだ。
スンはわずかにほほ笑んで「いい流れだね。これで上手くいけば、最初の試作品は今日中にも完成しそうだよ。もちろん動く保証はないけど……」と視線を伏せる。
こうして、限界を感じつつも工作室にはわずかな熱気と希望が漂い、朝から続く重い空気を少しだけ和らげていた。誰もが痛みを抱えている今、せめて次の干渉が来る前に形だけでも装置を作り上げ、わずかな可能性に賭けようと心を合わせている。
ミラは締め付けるような胸の苦しさを堪えながら、パーツを慎重に扱い、「皆がこれほど頑張っている。私も絶対にくじけちゃいけない」と思いを強くする。一つひとつのステップが、博士の意図に近づく道のりであり、ラティスという未知の恐怖を克服する鍵になるだろう。
そして、部屋の外では何かしらの小さな騒動があるのか、人の足音や低いざわめきが続いている。その音に誰も耳を傾ける余裕はない。今はただ、コロニーを救うための不完全な装置に手を貸すことが最優先なのだ。
時計を見ると、朝から数時間が経過していたが、足の疲労は増すばかり。ミラは一瞬だけ目を閉じて、最後の気力を振り絞る。もうすぐ装置の試作が一段落し、データテストに入る。もしこれが成功すれば、次回の干渉は少しは安全に乗り越えられるかもしれない。そして、暗号解読もさらなる段階へ進むはずだ。
そう信じて、彼女は再び配線図に向き合い、仲間たちと一緒にこの数日の戦いを乗り切るための第一歩を固めようとしている——博士がいなくても、今は私たちがやるしかない。