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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#12
研究区画の古い実験ラボには、押し黙った空気と金属のにおいが満ちていた。配置されたパネルやケーブルが複雑に絡み合い、そこを必死にまとめあげるスタッフたちの息遣いが低く響く。どこかしら照明が不安定に瞬くたび、その閃光がラボ全体をわずかに染めては消えていく。
リア・ハーパーは視線を巡らせ、複数のシートやシールド素材を確認していた。エマが端を抑え、ダニエルがケーブルの固定を任され、システム班のチーフと班員数名が制御回路の仕上げを行う。この協力体制が崩れれば、装置の完成はおろか、住民たちの希望も失われてしまう。
「電源ライン、こちら接続できました!」と呼びかける班員の声に、チーフが「私が制御を起動する。そっちは間違っていないな?」と端末を睨みつつ返す。誰もが極度の緊張に包まれながら作業を続行している。
ラボの奥からエマが顔を出し、「リア、この素材をもう少し重ねていいかしら? 空隙があると波形が漏れるかもしれないってダニエルが……」と訊ねる。リアは手を止め、素材の厚みをチェックし、「ええ、念のため二重にしときましょう。これぐらいなら持ちこたえられそう」と指示した。
ダニエルは隣で苦笑いを浮かべる。「持ちこたえられるかどうか、正直分からないけどな。けど、できるだけ隙間は作りたくない。波形がどこから侵入してくるか分からないんだから……」
明確な理論に基づいた設計ではなく、波形を遮るかもしれない素材や回路をとにかく組み合わせるという突貫作業に近い。科学者らしい徹底検証を省いてしまっていることに、リアも引っかかりを感じないわけではない。だが、絶望を放置するよりは、多少の博打でも試す方がましだ。
「この状態で、もし成功したら奇跡ね。だけど、私たちが奇跡を起こさなきゃ、ガイアは沈むしかない」とリアは声を抑えて言う。その本音を聞いてしまったのか、エマが小さく笑みを浮かべて応じる。「そうね。普段なら笑われそうな計画だけど、今は誰も文句を言わないわ」
廊下からは微かな衝突音や罵声が聞こえるが、ラボ内のメンバーはもう作業に没頭して耳をふさいでいた。いずれにしても、自分たちが動かなければ事態は好転しないのだ。
チーフが端末を操作していた手を止め、「よし、私が全体を一度検証する。ハードウェアと制御回路の連動ができていれば、試験起動できるはずだ。ダニエル、回路にミスがないかチェックしてくれないか?」と低く呼びかける。ダニエルは「任せとけ」と唇を結び、ケーブルの位置やボルトの締め付けを確認し始める。
リアはシートの配置を済ませたエマと顔を見合わせる。「エマ、住民の方はどう? さっきまであちこちで衝突が起きてたみたいだけど……」
エマは肩をすくめ、「相変わらず混乱が広がってる。どこへ行っても“お前が書き換えたんだろ”とか“あいつは記憶を捏造している”とか、疑い合う声ばっかり。でも、ここにいる人たちみたいに“何かするしかない”って思い始めてる住民もいなくはないの。何人かは協力してくれそうな雰囲気よ」
ほっとしたようにリアは頷く。「それなら、装置が完成してもし効果があれば、少しずつ味方を増やせるかもしれない。住民全員に波形の影響を抑えるなんて無理かもしれないけど、せめて一部でも混乱を止められれば……」
エマもうなずき、「ええ、そこから立て直す道が開けるはず」と声を抑えたまま答える。お互いに笑みを交わすが、それは極限の状況下で見せる脆い決意の光のように感じられた。
すると、ダニエルが手を挙げ、「OK、配線のチェックは終わった。あちこち無理やり繋いでるけど、当面の動作には問題ないはずだ。これ以上は何度見ても仕方ないし、早いとこ試すしかないな」と吐き捨てるように言う。
チーフも端末を閉じ、「私のほうも、フィルタリング制御の仮プログラムをセットした。干渉波をどう検知するかは曖昧だけど、センサー値が異常に振れれば即座にシールドを強めるように組んである。……準備はいいか?」と一同を見回す。
ラボの皆が緊張の面持ちで頷いた。ここにいる全員が、いまだ疲労や不安を抱えている。しかし、このまま何もしなければ、コロニーが浸食され続ける一方だ。
リアは大きく息を吸い、「じゃあ、電源を入れてみましょう。ここが私たちの第一拠点になるはずよ。もしこれが機能して、“波”をしのげる空間ができれば、他の区画でも応用して広げられるわ」と宣言する。先ほどはダニエルが同じような展望を語ったが、実際にスイッチを入れる段階になると、不安と希望が同時に高鳴ってくる。
チーフが端末を操作し、「私がカウントする。3、2、1……」と静かに声を落とす。そして、ボタンを押す。
瞬間、金属シールドの合わせ目から弱い電源ノイズがビリビリと響き、バイオシールドが薄く発光するように見えた。ケーブルに力が伝わるジリジリとした振動が、ラボ中に拡散する。皆が息を詰め、目を凝らす。どんな爆発が起きてもおかしくない緊張感だ。
一拍、二拍……空気は生暖かいままだが、さっきまでの不安定な照明の点滅がピタリと止まっているように見えた。ダニエルが「どうだ……?」と声を潜めて周囲を見回すが、すぐに変化が起きるでもない。代わりに、ラボ全体が一瞬しんと静かになった気がする。
エマが端末をチェックし、「センサー値に大きな変動はないわ。もしこれが正常に動いているなら、少なくともこのラボ内の干渉は緩和されているかも……」と囁く。リアも慎重に耳を傾けるが、外の騒音はかすかに聞こえるものの、頭の重苦しさがやや薄れたような感覚を覚える。
チーフが端末を見つめたまま、「今のところ誤作動もないし、波形の異常反応も出ていない。まあ、まだ数分しか経ってないが……私たちが作り上げた代物にしては上々の滑り出しか」と硬い笑みを見せる。
ダニエルは肩を落とすように深い息を吐き、「何かがうまくいってるなら、この部屋だけでも“安全域”になればいいな。これで住民を数人呼び込んで様子を見れば、抑制効果があるかどうか分かるかも……」
リアはそれを聞き、「なら早速エマと一緒に、今この近くで苦しんでいる人を連れてきましょう。うまく機能すれば、少しでも認識の混乱を抑えて落ち着きを取り戻せるかもしれない」と前向きな案を出す。エマも同意し、すぐにラボを出ようとする。
だが、出口付近まで行ったところで、うずくまるように座り込んでいたスタッフが顔を上げる。「それ、成功したの? 私も……行っていいの?」と不安げに尋ねる。彼女はさっきまで極度の怯えを見せていたが、いまはほんの少し好奇の目を向けている。
リアが膝をつき、「大丈夫、私たちだって保証はできないけど、何もしないよりはいい。ここにいる皆も同じ気持ちで協力してるわ。あなたも……手を貸してもらえないかしら?」と手を差し伸べると、スタッフは戸惑いながらもその手を握った。そこにはわずかながら、「もし抑制装置が本当に効くなら——」という期待が宿っているように見える。
こうしてラボ内での実験がいよいよ始まろうとしている。果たしてこの自作の遮断装置が干渉を抑え、住民の理性を守る役に立つのか。それとも何らかの反動が起きて、さらなる混乱を招くのか。誰も結果を予想できないが、少なくとも今は何かを変えようという意思が人々を繋ぎ止めていた。
リアは手を握ったスタッフに微笑み、「あなたの力を借りたいわ。小さな一歩でも、ガイアを救えるかもしれないから」と呟く。ダニエルとチーフ、班員たちもそれぞれの役割を果たすべく動き続ける。やがてラボのドアが閉まり、内部には僅かな機械音と緊迫した呼吸音が溶け込んでいった。
そうして、点灯する微かな希望が、暗闇に覆われたガイアの只中でかすかに光を放ち始める。もしこの装置が正しく機能すれば、住民同士の争いを止め、記憶改竄の歯止めをかけられるかもしれない——そう信じて、彼らは疲弊しつつも決意を新たにしていた。いまのガイアには、これこそが抵抗の要であり、未来への賭けでもあった。