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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#21

 工作室の照明は白熱灯に似た色合いに切り替わり、工具や計測器が所狭しと並ぶテーブルを柔らかく照らしていた。そこで、ミラと仲間たちは黙々と作業を続けている。前夜の干渉による疲労が全身に残るが、一度決めた方針を後回しにできるほど現状は甘くないと、皆が固い意志を共有していた。

 ミラは端末画面と数枚の手書きメモを交互に見ながら、暗号ファイルの断片を再確認していた。博士が仕掛けた多層構造の暗号は、干渉下でのみその真価を発揮するという厄介な代物だが、その奥にある「認知スイッチ」「二段階ゲート」といった概念をさらに深く突き止める必要がある。次に干渉が襲ってきたら、同じやり方では全員が倒れてしまうかもしれない。だからこそ、抑制や制御の仕組みを手探りで構築しなければならないのだ。

 一方、レイニーは工作机の隣でパネルと睨めっこしている。熱心に資料を読み解く姿はやや強張っており、朝だというのに薄い汗が浮かんでいるのが分かった。昨日の頭痛の余波が抜けきっていないのだろう。それでも彼女は、博士の書類に残された数式や理論を精査して、どの部分が装置設計に役立つのかを粘り強く探している。

 「ここに書かれている“多次元接合”って部分、やっぱりラティスの認識改変そのものを利用しているみたいね」
 彼女がかすれた声で呟くと、ミラは画面越しに顔を上げて「私もそこを調べてた。博士が“観測者の脳波を軸にする”と何度も書いているし、干渉を自分でコントロールするっていう文脈が随所にあるわ」と答える。

 近くではエリオがロッカーを開け、使えそうなセンサーやパーツを引っ張り出しては机に積み上げている。本人はまだ頭痛や吐き気の名残を抱えているらしく、ときどき額に手をやって苦い表情を浮かべていた。それでも休憩しようとしないところに、彼の意地と焦りが表れているのだろう。
 「くそ、やっぱり痛いな……でも大丈夫だ。俺が見つけた脳波測定器の改造案、これなら干渉中の周波数を視覚化できるかもしれないし。ミラが限界近くなったとき警告を出すくらいはできそうだ」
 エリオが喉を鳴らして言うと、レイニーが「無茶しないでよ。あなたが倒れたら作業が止まるわ」と釘を刺す。彼は肩をすくめて曖昧に笑いながら、工具を手に戻っていった。

 スンはノート端末を小脇に抱え、回路設計ソフトらしき画面を行き来しながら、「僕は並行して暗号ファイルのログと付き合わせてみるよ。もし“認知スイッチ”の具体的動作が暗号中に示唆されているなら、そこに合わせたUIや制御コマンドを組み込めるかもしれない」と言って黙々とプログラミングを続ける。
 ミラは彼の姿を横目に見ながら、「助かる。私たちが見つけた回路図の理屈を技術面で裏付けられたら嬉しいわ。もしうまくいけば、私だけじゃなくレイニーやエリオが再び干渉に挑む際にも役立つかもしれないし」と言葉を継ぐ。

 作業を進めるうち、皆の口数は減っていった。まだ朝も浅い時間だが、脳を全力で回転させていると、まるで夜を徹して働いているかのような疲労が襲ってくる。時折、誰かが短く咳き込んだり、息を深く吐いたりするのが聞こえる。
 「本当に、干渉を逆利用してラティスを制御なんてできるのかな……」レイニーが不安げに漏らした言葉に、ミラは曖昧に笑みを返すしかなかった。「分からない。でも、やるしかないでしょう? 干渉がこれ以上強まったらコロニーの運営が立ち行かなくなるわ。私たちが倒れてる場合じゃない」

 エリオは部品をつまみ上げながら、「俺も正直、まだ疑問だらけだけど、何もしないでラティスに侵食されるのを待つよりはマシさ。博士がここまで複雑な仕掛けを残したってことは、何らかの突破口があるはずだと思う」と強い調子で言う。
 スンも画面から目を離さず、「博士は僕らに何を託そうとしたんだろうね。対話なのか、封印なのか、それともその先の何かなのか……」と呟いたが、その末に言葉が続かなくなった。

 ミラはその問いを受け止めながら、心の底でやり場のない焦燥感を抑えていた。ラティス干渉の先に待つものが、博士の想定した“新たな可能性”なのか、ただの破滅への道なのか、いまのところ判断はできない。だが、少なくとも暗号化ファイルはその選択肢を明らかにする鍵となるに違いない。

 「分からないけど、まずはやれることをやりましょう。干渉抑制用の装置を試作して、私がそれを使ってさらに深い暗号領域へ踏み込む。いつ干渉が襲ってきても対応できるように準備するわ」とミラは皆を見渡す。レイニーとエリオはうなずき、スンも深い息を吐いて肯定の意を示した。
 それぞれが確執や疑問を抱えながらも、コロニーの命運を背負う以上は簡単に手を止められない。ベストかどうかは別として、ベターな策を模索するしかないと全員が理解している。

 仲間の思いが交わる中、工作室には各種の工具音とコンソールを打つキー音が混在し、まるで臨時の工房のような様相を呈していた。スンが何かのコマンドを叩くたびに小さな電子音が鳴り、レイニーは暗号の数式を睨みながら眉間にしわを寄せる。エリオは黙々と配線やセンサーを取り付け、合間に息を呑みながら頭痛をこらえている。
 ミラは作業をしながらも、時折その光景を見回して思う。自分がここにいるのは偶然か必然か。ラティス干渉に多少の耐性があることの意味は何なのか。だが、今は考えすぎても仕方ないという結論に達するしかなかった。どんな運命や必然があるにせよ、進まなければコロニーは救えない。

 「さて、これから数日の間に大きな干渉が来る確率は低いらしいから、このタイミングで装置をある程度形にしよう。もし完成すれば、干渉の波が次に来たとき、実験を大幅に安全化できるかもしれない」とスンがまとめるように言う。
 レイニーはその言葉に、「安全化と呼べるかどうか微妙だけど……そうね。少なくとも私が倒れてる間に大切な解析を誰かが引き受けてくれる形は整えたい。お互いに保険をかけ合うの」と添えた。

 エリオは「今まで無防備で干渉を食らってたんだもんな。俺たちも経験を積んだってわけだ」と肩をすくめる。そこには少しばかり自虐的な笑いが混じるが、本人なりの割り切りと覚悟がうかがえる。
 ミラはそんなやりとりを背に、こみ上げる決意を噛みしめる。ラティスがいつ、どの程度の力で再び襲ってくるのか、答えは闇の中だ。それでも、皆がここにいて装置の設計を進める限り、ただ混乱を待つだけの弱い存在にはならずに済む。

 工作室には時間の経過とともに入り混じった空気がこもっていくが、誰も換気を気にする素振りを見せない。じわじわと充満する熱量が、ある種の緊張感を持って場を支配している。ミラはロッカーを開けて細長いパーツを取り出し、「そういえばこのセンサー、カレンたちの部署でテスト用に使ってたけど、流用できるかしら……」とレイニーに話しかける。
 「ええ、物は試しよ。私が回路の相性を確かめるから、そこに置いて」と言われ、ミラはそれを机に並べる。わずかに肩を痛めたようだが、気にしてはいられない。みんな同じように苦痛を抑えて作業しているのだ。

 こうして、それぞれが役割をこなしながら少しずつ装置の全貌が見え始めていた。時計を見れば、まだ朝だというのに身体は夜通し働いたかのような重さを覚える。だが、誰もが弱音を吐かずに手を動かしている。コロニーへの想いや、ラティスへの怒りや恐れ、そして仲間への信頼が交じり合って、彼らを支えていた。

 ミラは改めて胸の内でつぶやく。「私ができることをやろう。もし次に干渉が来たら、今度こそ皆の負担を減らせるかもしれないし、博士の残したヒントを活かしてラティスと対話や封印の道を切り開くんだ……」
 そうして、ある種の静かな情熱を胸に秘めながら、彼女は端末に向き合い続ける。室内には工具の音、キーを叩く音、誰かの小さな独り言が混ざり合い、次の嵐に備える時間が矢のように流れていった。

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