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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#6

第2章 揺らぐ基盤

 ミラ・カザレフは、薄暗い通路を抜け、セカンダリバックアップエリアへと向かっていた。アークワン(Arc-One)を手元で確認すると、時刻は正確なままだが、操作のたびにほんのわずかな遅延がまだ残っている。こうした微細な不調は、いつしかこのコロニーの静寂に溶けこみ、当たり前のように感じ始めているのが何とも言えず不気味だった。
 「でも、諦めないわ」ミラは自分の胸の内で、そっと言葉を紡ぐ。わずかな違和感が積み重なる中でも、歩みを止めるわけにはいかない。

 このセカンダリバックアップエリアには、デジタルな改変に耐性のある物理媒体が存在するかもしれない。それが手がかりとなり、書き換えられたかもしれないデータの真実を解き明かせるとしたら――。そう考えると、小さな希望の火がミラの心中に灯る。

 コロニー内部は格子状に区画され、セカンダリバックアップエリアは通常ほとんど利用されない保険的な倉庫だった。ミラは何度か曲がり角を抜けていく。そのたびに淡い照明が揺らぐような錯覚を覚え、背後で誰かが微かに息を潜めている気配を感じる。
 「また、何かいそうな、そんな気がする…」彼女は小さく唇を結ぶ。実体のない監視者のような存在がちらついても、今は対処法がない。ここで立ち止まっても何も変わらないと、静かに決意を新たにする。

 ようやく目の前に現れたのは、重く鈍い色合いの金属製ドア。ここがセカンダリバックアップエリアだ。電子錠は緊急時には手動で開放できる。ミラはアークワンをかざし、少しの遅延を経て、ドアは低いモーター音とともに開いた。
 内部は極めて地味な空間。非常灯が薄く光り、温度はやや低め。防湿処理が施された記録メディアや旧型コンソールが規則正しく並ぶラックが、ひっそりと並んでいる。

 ライトスティックの柔らかな光を当てながら、ミラは慎重に棚を覗き込む。紙媒体、光学ディスク、立体結晶メモリ……様々な世代の記録形式が混在している。
 「ここなら、改変しづらい物理ログがあるはず」わずかに弾む心を感じながら、そう考える。

 やがて、彼女は「ALEON_CORE_ARCHIVE」とラベルされた防水ケースを発見。開けてみると、クリスタルメモリや旧式ホログラフチップが整然と並んでいた。その中の一枚には「Baseline Logs - Pre-incident」と刻印されている。
 「プリインシデント…つまり、何らかの事象が起きる前の基準値?」ミラは興味深そうにそのメモリを取り出す。これが異常発生前の安定状態を示す基準データなら、現在のログと比較することで、微細な書き換えを立証できるかもしれない。

 彼女はアークワンでクリスタルメモリの読み取りを開始する。旧式フォーマットだが、拡張スロットを使えば何とかなるはず。解析には数分かかると表示され、待っている間にも、ミラは周囲を警戒する。
 不自然な静寂がさらに重くのしかかる中、「どうか無事に読めて…」と心中で小さな祈りを捧げる。ほんのわずかな独り言が、緊張した魂を支えてくれる気がする。

 背後で金属を擦るような微かな音がしたと感じたが、振り返っても何もない。ただ、ラックの陰に潜むような不透明な恐怖が、肌をかすめる。
 「臆病にならないで…」彼女は自分を落ち着かせるように、そっと息を整える。未知の干渉があるなら、全てを理路整然と解き明かすのは難しい。だが、少しずつ事実を積み上げれば、必ず糸口が見つかるはずだ。

 解析進捗が表示され、90%を超えた頃、ミラはライトで周囲を再確認する。金属ラックには変化なし。念のためもう一度深呼吸すると、わずかに体が軽くなる気がした。
 「あと少し…頑張って」短い願いのような独白が、唇から漏れる。

 やがて、アークワンが読み取り完了のビープ音を鳴らす。ミラは画面を覗き込み、過去のベースラインログと現在のログを比較する。
 微細な数値変動が、明らかに通常の誤差を超えて散発している。この不規則な変動が、奇妙な現実改変の影響なのか、それともエクソペアの仕業なのか、まだ断定はできないが、確実に手応えを得た気がする。

 「これで、みんなに見せられる証拠ができたわ」ミラは心中で小さく微笑む。恐怖や不安は消えないが、今は少しでも前進できたことが嬉しかった。
 クリスタルメモリを慎重に仕舞い、彼女はドアを開けてバックアップエリアを後にする。通路に出たとき、ふっと空気が動いた気がしたが、今はそれを追及する余裕はない。

 「原因を突き止めてみせる」彼女は再び心の中で決意する。自分を追い詰めず、仲間と共に真実へ迫る探査官として、そして弱音を吐かずに歩み続ける一人の女性として――ミラは再びコロニーの深部へと歩み出すのだった。

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