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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - オリジンの記憶」#1

第1章「導きの残響」

 私の名はライアン・ミラー。
 西暦どれだけ先の時代か、と聞かれても正確には答えられないほど、この辺りの宇宙では時間の感覚が曖昧になっている。だが、今は木星近傍のスペースコロニー、通称「オリジン」──この地を新たな拠点として築き上げるための開拓が始まったばかりの時期だ。言い換えれば、誰もが期待に胸を膨らませ、そして同じくらい不安を抱えている時期でもある。

 オリジンは、木星圏で最初期に建設されたコロニーと言われている。いや、正確に言えば「コロニー」を名乗るにはまだ程遠く、居住区も研究施設もろくに揃ってはいない。内部の大半は荒削りな隔壁と配管が入り組んでいるだけで、重力制御すら完璧には機能せず、時折、得体の知れない振動が走る。にもかかわらず、私たち開拓隊はここを「オリジン・ベース」と呼び、いずれ壮大な宇宙都市へ発展させる夢を見ていた。

 私はそんな開拓隊のリーダー役を任されている。もっとも「リーダー」と言っても、まだ十数名ほどの規模の隊員をまとめているに過ぎない。隊員たちは技術者、研究者、医療担当、コミュニケーション要員など多種多様で、各々が自分の分野のプロとして腕を振るうべく集まってきた。彼らは地球や既存のコロニーから派遣され、木星圏の新たな可能性を切り開く役割を負っている。
 私の仕事は、そんな才覚ある仲間たちが安全に働ける環境を作ること。そして、もし予期せぬトラブルが起こったら、誰よりも先に原因を追究して対策を打つことだ。名誉もあれば責任も重い。

 だが、この数週間ほど、どうもおかしな異常が相次いでいた。単純な空調不調やドアの誤作動程度なら想定内だが、ここ数日は隊員たちの報告が妙に“不可解”な色合いを帯びている。たとえば……。

 「ラボの計器が、誰も触っていないのに設定を書き換えられたらしい」
 「作業ログが勝手に消失していて、現場にいたはずの隊員も『そんな記録、最初から無かった』と主張する」
 「同じ区画にいる者同士で、空間の構造が違って見えるらしく、部屋の位置をめぐって衝突しかけた」

 最初は疲労による集中力低下や、慣れない環境下での“勘違い”と片付けた。じっさい、未知の重力制御や厳しい放射線防護を伴う環境では、心理的ストレスが想像以上に大きい。医療担当は「過労による被害はあり得る」と診断したし、周囲も無理に騒ぎ立てようとはしなかった。

 だが、開拓隊全体が不穏な空気に包まれ始めると、私も無視できなくなってきた。地味だが確実な兆候として、各種センサーが微妙に狂い始めていることに気づいたのだ。特に生命維持に関わるモジュールで僅かながら“異常波形”を記録している。あたかも見えない何かがコロニー内部に侵入し、機器や記憶を撹乱しているかのようだ。

 「ライアン、先ほどの通信ログ、やはり途中で割り込まれた形跡がありました」
 朝の早い時間、技術担当のノーマンが私の元に駆け寄ってきた。やや痩身で陰のある表情だが、実務的には頼れる存在だ。彼の話では、地球本部と交信した際、一瞬だけ別の雑音が乗ったらしい。普通の電磁波妨害なら周波数解析で正体を掴めるが、今回はログを調べても“何も残っていない”のだという。
 「何者かが回線をハックしたのか? それとも単に通信機の故障?」私はそう問いかけるが、ノーマンは渋い顔で首を振る。「ハッキングだとすれば隠蔽工作の形跡があるはずですが、それもない。まるで回線そのものが一瞬“消えた”ような挙動です」

 外部通信が途切れがちになれば、本部からの支援を得るのが難しくなる。開拓隊だけでこの状況を乗り切れればいいが、時間が経つほど隊員たちの心理的不安が膨らんでいくのは目に見えている。私がリーダーとしてできることは限られているとはいえ、何とかして原因を突き止めなければならない。

 オリジンの内部を歩くと、私の足裏に伝わる振動がいつもより気味が悪いほど強い気がする。コロニー外壁が木星圏の磁気圏に影響されて揺れるのは分かるが、ここまで嫌な感じを受けるのは初めてだ。
 「ライアン、ちょっといい?」
 背後から声をかけてきたのは副リーダー格のアニタだ。短い髪と涼しげな目元が印象的な研究者で、気象データや環境モニタリングを担当している。彼女はタブレットを掲げ、「最近の環境ログに不可解なピークが散見されるんだけど、数値的には説明がつかないの。まるで観測装置そのものが意図的に狂わされたような……」と切り出す。

 彼女のタブレット画面には、微妙に乱れたグラフが映し出されていた。時系列が飛び飛びになり、同じ時刻に矛盾する値が幾つも表示されている。
 「観測装置の故障にしては整合性がないわ。ハッキングや故障とはまた違う雰囲気ね。何か……“未知の干渉”みたいなものを感じない?」
 未知の干渉……私はひとまず口を閉じる。そういう表現は、開拓隊のような現実主義者の集団では受け入れられにくい。それでもアニタが敢えて口にしているということは、それほど異常がはっきりしてきたのだろう。

 「分かった。いったん隊全体のデータを集めて、原因を探ってみよう。通信が乱れてるなら、内部で完結するしかないし……」私はそう返してタブレットを受け取る。アニタは眉を寄せ、「気をつけて。現場で作業している皆がピリピリしていて、ささいなミスでも衝突が起きそうなの。あなたがうまくまとめないと、大ごとになるかも」と心配げに忠告した。

 開拓隊は今日も作業が山積みだ。室内農園の整備、酸素生成モジュールの調整、居住ブロック増築……。どれも半端に終わっていて、実際のところ開拓“成功”と呼ぶには遠い。そこへ来てこの不可解な異常の連続だ。私が隊員を鼓舞しなければ、早い段階で不満や恐怖が爆発しそうだった。

 が、事態はその日のうちに思いがけない形で進展する。昼過ぎ、研究エリアから「隊員が突然おかしな言動を始め、設備を破壊しそうになっている」という通報が飛び込んだのだ。急いで現場へ向かうと、すでに副リーダーたちが制止に入っていて、騒ぎの中心にいる男は混乱した表情のまま壁を殴りつけていた。
 「俺の記録が書き換えられた! あなたたちが仕組んだんだろ! 全部証拠を消す気か!」男は荒い息を吐き、手の甲から血を流しながら叫んでいる。彼を取り押さえている仲間たちは、口々に「落ち着け!」「誰もデータを消してなんかいない!」と言い募るが、男は完全に耳を貸さない状態。

 私が無理やり男の肩を掴むと、その瞳がガラス玉のように虚ろに揺れていた。「どうした? 何があった?」問いかけても、返ってくるのは錯乱した声だ。
 「作業ログが……消されていた……。存在ごと無かったことに……。俺はもう消されるんだ……!」
 まるで誰かに意識を乗っ取られたかのように支離滅裂だが、こういう噂が増えているのも事実だ。隊員たちが「自分の研究実績が消えた」「物理的にあり得ない書き換えが起きている」と疑心暗鬼に陥り始めている。

 私は胸の奥が冷えるのを感じつつ、何とか仲間と協力して男を医療エリアへ運び込む。医療担当が診察するが、心因性のパニックを疑う程度しか分からないようだ。強めの鎮静剤を投与すると、男は呆気なく眠りに落ちた。その寝顔に、私は奇妙な威圧感を覚える。まるで単に精神をやられただけでなく、“何か”に心を蝕まれた痕跡があるような……。

 「ライアン、こんな状況が続けば、隊の機能が崩壊しちゃう。何か根本的な対策を打たないと」アニタが唇を引き結んで声を掛ける。そんなのは分かっている。だが、どうすればいい? ハッキングでも、単純なシステム故障でもない異常なんて、私たちが対処できるものなのか?

 翌日にかけて、コロニー内の不具合報告がさらに多発する。通信の断絶時間が長くなり、外部との連絡がままならない。内部ログの矛盾が隊員同士の不信を煽り、誰かが故意に sabotaging(破壊工作)しているんじゃないか、などと疑惑が広がる。

 私はリーダーとして、本格的に“原因追究チーム”を立ち上げ、モジュール単位でログの監査を行おうと提案した。アニタやノーマンを中心に情報をまとめ、いつどの区画でどんな不具合が起きたか、そしてどんなデータが改ざんされたかを洗い出す。だが、記録そのものが既に信用できない以上、客観的事実を掴むのは難航するばかりだ。
 「まるで影と戦ってるみたいね」とアニタが低く呟いた。私も同感だ。何かがコロニー内部をさまよい、意図的なのか自然現象なのか、分からぬまま私たちの根幹を侵している。

 そんな漠然とした不気味さが徐々にホラーを帯び、隊員の中には夜間休息すら満足に取れなくなる者も出始めた。ドアが勝手に開閉したり、廊下の照明が人の気配もないのに落ちたり点いたりする。誰かが遠くで呼ぶ声を聞いたという話さえ転がってきた。過労とストレスでは片付けきれない空気が満ちていく。

 そして、私が決定的な恐怖を感じたのは、ある深夜のことだ。自室でデータをまとめていた時、突如として端末の画面が歪み、あり得ない錯覚を起こした。「誰かの声」がスピーカー越しに聞こえたのだが、ログには一切何も残っていない。あの一瞬、背後に冷たい気配を感じ、振り向いてもそこには誰もいなかった。
 「ただの幻覚か……」自分を納得させようとするが、胸の鼓動は収まらない。開拓隊リーダーであるこの私でさえ動揺を隠せないとなると、他の隊員がどれほど恐怖を抱えているかは想像に難くない。

 翌朝、私は自らアニタやノーマンを呼び出し、「ここの不具合は単なるシステム障害じゃない。もし外部的な干渉があるなら、何らかの方法で探り当てる必要がある」と言い切った。あるいは宇宙空間から飛来する新種の放射線や粒子、もしくは未知のエネルギー波——いずれにせよ、このまま放置すればコロニーが破滅するかもしれない。
 だが、当時の私たちに未知の存在の干渉などという発想はなかった。SFの作り話でしかないと思っていたからだ。にもかかわらず、私たちはこの不可解な異常をどうにか突き止めようと、簡易的な観測機を組み立て、各区画にセンサーを設置する準備を始めた。

 その作業の最中、私は自分でも言い表しようのない胸騒ぎを覚え続けていた。「オリジンは安全で理想的なコロニーになる」という私たちの当初の夢が、音もなく崩れ始めている──そんな予感が消えない。この時点で既に、私たち開拓隊は“何か”の影に取り憑かれ始めていたのかもしれない。
 私はまだ気づかない。この先、未知の干渉が恐るべき正体を晒し、私たちがそれを“封印”せざるを得なくなる日が近いことを。

 こうして、開拓初期のオリジンは静かに闇に呑まれ始めた。熱意と希望を胸に抱いて集まった私たちだが、その足元では、正体不明の“存在”が蠢いている。夜の帳が降り、照明が不規則に明滅するたび、私は説明のつかない不安に苛まれながらも、リーダーとしての責務を果たさねばならないと自分を奮い立たせる。
 あの時、もしもっと早く原因を突き止めていれば……。後に私は何度もそう悔やむことになるのだが、この段階ではまだ、その壮絶な結末を知らずにいた。

 オリジンが後に“ラティス”と呼ばれる怪物を招き入れたのか、それとも私たちの開拓行為自体が怪物を呼び寄せたのか──少なくともこの頃の私は、隊員たちの安全と開拓の成功を最優先に行動していたし、それが間違いだとは思っていなかった。
 しかし、宇宙は広く、そしてこのオリジンの内部は思っている以上に深い闇を抱えていた。未知の根源が牙を剝くまで、私たちにはあと僅かな猶予しか残されていなかったのだ。


3作目は過去の話になります。
1,2作目の騒動の根幹にかかわる内容になります。

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