見出し画像

【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#4

第2章「影を落とすもの」

 管理部門の会議室は、急造の対策会議が招集されたため落ち着きを感じさせない。パネル壁の照明は昼モードを保っているが、コロニー外部の時間帯を考えれば、とっくに夕方を過ぎているはずだ。先ほどの騒ぎで突発的に集合をかけられたスタッフたちが席を埋め、ざわざわと小声で情報交換を交わしている。

 リア・ハーパー、エマ・ルイス、そしてエンジニアのダニエル・ヴァン・オールデンも同席していた。アンドリュー管理者が会議室の中央に立ち、落ち着きを装うように声を張り上げる。「皆さん、お集まりいただき感謝します。今回の異常は、当初の想定以上に広範囲に及んでいる可能性が高い。詳細は後ほど説明しますが、まずは報告を順に聞いていきましょう」

 周囲を見渡すと、複数の班長や中枢スタッフが顔を曇らせているのが分かった。リアは「思ったより深刻な状況かも」と感じ、少し緊張しながら椅子を引く。エマが横に座り、ダニエルがその隣で腕を組んでいる。

 すると、システム班のチーフが立ち上がった。痩せた体に整然とした作業服を着こなし、手には端末を握っている。「私のところでは、昨日からバックアップログの再構築を試みていますが、処理の途中で謎のノイズが挟まるために連鎖的なエラーが起きています。私としては何らかの外部干渉があるか、あるいは中枢プログラムが意図的に書き換えられている可能性を疑っているところです」

 チーフの姿勢は真剣そのもので、言葉にも焦りを含んでいた。最近まで静かな保守管理が続いていたはずのガイアで、これほど大規模なシステム障害が起こるとは思っていなかったのだろう。

 アンドリューが顎に手をやり、「システム側で内部ハッキングの痕跡は見つかっているのか?」と問う。
 チーフは首を振る。「私たちが調べる限り、操作履歴は一切残っていません。もし人の手によるものなら神業的な隠蔽ですが、そう見えない部分も多い。繰り返しますが、どこか通常ではあり得ない経路でデータが汚染されているように感じます」

 リアはその言葉にざわめく胸を抑えきれず、思わず手を挙げて口を開く。「私たちも植物室のログを観察していましたが、数値が微妙に変更され続けているんです。故障や操作ミスというレベルじゃない。データを直に改竄しているかのような動きが見受けられて……」

 チーフは「おそらく同じ現象でしょう」と鋭い目で頷く。「私が担当した区域でも、一部センサーが意図不明のノイズを拾っている形跡があるんです。かといって、外部からの電波障害かと問われれば、周波数分析では説明がつきません。さながら“内部からじわじわ侵食されている”と表現したほうが近い」

 会議室が一気に騒がしくなり、他のスタッフたちがそれぞれのセクションで起きている誤作動を口々に報告し始める。記憶システムに保存していた写真が数枚ほど変形し、日付が改ざんされた。認証ログが書き換わり、一部区画のドアが勝手にロックされた。住民同士の記憶が食い違うトラブルも増え、互いを責め合う事例が頻出している——そんな不穏な話ばかりが飛び交う。

 「静かに!」とアンドリューが声を張ると、一時的に騒音が落ち着いた。しかしその瞬間、壁際の大型モニターが一瞬ちらつき、「データ読込エラー」の表示を出したまま固まってしまう。数人のエンジニアが慌てて近づき、操作を試みるが何の反応もない。
 エマが身震いしながら「もうこんなところまで……」と囁くのを、リアは聞き逃さなかった。確かに、異常はすぐそこまで来ているのかもしれない。

 アンドリューは額に汗を浮かべながら咳払いする。「分かった。どのみち大規模な検証をしないと解決しそうにない。だが、ガイア全体を停止してシステム再起動するわけにもいかないから……。とりあえず、システム班と各研究区画で状況を共有し合い、最優先でバックアップ確保とログの二重保存を行うんだ。データが消されたり改ざんされたりする前に、少しでも被害を最小化する必要がある」

 チーフが低く頷き、「私が指揮を取り、現場にいるスタッフを総動員します。可能な限り物理媒体にもコピーしておきましょう。ただ、原因がわからないうちは対症療法でしかない……」と語気を落とす。アンドリューも悩ましげな表情を浮かべ、「仮に外部干渉ならどうしようもないが、まずは内部の可能性を排除するんだ」と返すが、その声には覇気が感じられない。

 リアは座ったまま黙考する。どうやら管理者として、アンドリューは“下手に住民を煽りたくない”から大掛かりな非常事態宣言は避けているようだ。だが現場の混乱は既に始まっており、スタッフ同士の不協和音も観測される。
 「ダニエル、私たちも続けて調査しましょう。植物室のセンサーだけでなく、他の区画の誤作動状況もまとめてみたい。原因が一緒なら、どこかで共通点が見つかるかも」と彼女は提案する。

 ダニエルは渋い顔で「正直オレもこんなの初めてだが、手伝うよ。端末を一気に三台くらい動かして一括解析するか……」と返すと、エマは「私もやる。住民の様子を聞き取り調査してみるわ。ログだけじゃなく、人間の言動もおかしくなってる気がするの」と唇を引き結ぶ。
 アンドリューが「では、その方針で」と会議を締めくくろうとしたその時、入口付近に立っていたスタッフが慌てた声を上げた。「報告です! 居住区で照明が急に落ちて、一時パニックになってるって! 住民たちが廊下に集まって混乱しているらしい……」

 会議室が再びざわつく。リアたちは顔を見合わせ、言葉を失った。沈黙を破ったのはチーフだった。「私がすぐにシステム班のメンバーを動かします。制御パネルをチェックすれば原因が分かるかもしれません。ただ、根本的な解決には……」
 アンドリューは苛立ったように身を震わせ、「分かった、急いで頼む。リア、ダニエル、エマ、君たちも自分の区画に戻って安全と状況を確認してくれ。もし何か重大な発見があったら報告を」と指示を出す。

 こうして会議は急きょ解散となった。リアは深い溜息をつき、エマとダニエルを伴って廊下へ出る。辺りから緊迫感が漂い、誰もが足早に行き交っている。
 「……異常が一箇所に留まらず、コロニー全域で連鎖している」リアはつぶやき、ダニエルが「このままじゃ機器障害だけじゃ済まない。住民のメンタルにも悪影響が広がってるし……」と低く同意する。エマは心細そうにうなずき、「人間同士の衝突がエスカレートしたら、本当に取り返しがつかなくなるわ」と声を落とす。

 3人は足早に通路を曲がり、植物室などの研究区画へ戻る。しかし、先ほどより照明の揺らぎが増し、空調が不均一に吹き出しているように感じる。スタッフ同士の小競り合いや怒鳴り合う声が遠くから聞こえてくるたび、リアの胸にはあの“葉が揺れる”光景がフラッシュバックのように浮かび、嫌な予感を強める。
 「いったい、ガイアで何が起きてるの……?」エマの呟きに誰も答えられない。たった数日のうちに、理性ある研究者やスタッフが集まるコロニーが、まるで薄暗い迷路へ変貌しつつあるようだ。

 こうして、わずかな“影”がコロニー全体へ広がり始めた。まだ多くの住民は自身の研究や日常業務に集中しようとしているが、確実に生じているデータの乱れ、記憶の齟齬、人間同士の衝突が一つの大きな渦となってガイアを覆い尽くしそうだ。
 この“異常の連鎖”がどこまで続き、やがて何をもたらすのか。リアはまぶたを伏せながら、答えを探す術を持たないまま足を速める。「私たちだけでも、少しでも正体を突き止めてみせる……」その思いはもはや祈りに近い決意だった。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集