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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#5

 ガイアの廊下を歩くうちに、リア・ハーパーは胸の鼓動が速まるのを抑えられなかった。先ほどの会議を経ても、具体的な解決策は示されず、ただ「バックアップを取り、状況を共有する」という暫定措置に留まっている。だが、異常は待ってくれない。コロニーの各所で照明の明滅や端末の凍結、スタッフ間の摩擦が報告されるたび、理性ある研究者の集団だったはずのガイアが薄暗い陰に覆われていくような感覚があった。

 エマ・ルイスが肩越しに振り向き、「ダニエルはどこへ?」と訊ねる。二人で歩いていた通路にダニエル・ヴァン・オールデンの姿がない。さっきまで隣にいたはずだが、いつの間にか消えてしまっていた。
 「たぶん、分かれて調査するって言ってた。機器のログを直接見に行くかもしれない。ダニエルも焦ってるのかもね」とリアは応じながら、足を速める。ここで通信端末を使っても繋がりにくいことが多く、連携すらままならない。

 すると、通路の奥からシステム班のチーフが現れ、忙しそうにこちらへ近づいてきた。痩せた体に整然とした作業服を着こなし、両手には複数の端末を抱えている。
 「お疲れさま。リアさん、エマさん、ちょうどよかった。私たちシステム班も手が足りなくて大変なんですが、現場で見つけた不思議なログを見せたいんです」
 チーフは静かな口調を保ちながらも、明らかな焦燥を含んだ目を向ける。

 リアは「何が分かったんですか?」と訊ねる。チーフは端末を操作して二人に向け、「私たちが復旧を試みたサーバから取り出したログなんですが、そこに存在しないはずの時刻が記録されていて、同時に不可解な波形も挿入されているんです」と説明する。
 画面には時系列データが並び、23時台のあとに突如「24時35分」という矛盾した時間が表示され、その瞬間だけノイズのような波形が急上昇している。いくら24時間表記とはいえ「24時35分」は通常扱わない数字だ。リアもエマも目を見張って画面を見つめる。

 「誰かのイタズラにしては悪質すぎない?」とエマが困惑を口にする。
 チーフは首を横に振り、「私も現場でこんなのは初めてです。誰が操作したのかログに一切残っていないし、そもそもこんな風に時刻を拡張する意味が見えない。波形の正体も不明です。私としては単なるセンサー不良じゃ説明できないと思っているんですが……」

 リアは心の奥がひやりとする。もともと管理者が「大げさに騒ぐな」と抑え込もうとしていたのに、これほど常識外れのデータが出てくるとは。
 「私も確かめたいです。ダニエルと合流して検証できれば、何か分かるかもしれません。でも、チーフ、住民の混乱はどこまで広がってるんでしょう?」とリアが問うと、チーフは苦い表情を浮かべる。

 「私が確認したかぎり、既に複数区画でデータ書き換えの犯人探しが始まっているようです。管理者も住民を煽りたくないから下手に非常事態を発令しませんが、かえって疑心暗鬼が増している。私が思うに、このままではコロニーが分断されかねません」

 エマは言葉を失い、リアも唇を噛んだ。小さな誤作動と思われていた現象が、数日のうちにここまで拡大するとは考えにくい。何か外から入り込んでいるか、あるいは内部からじわじわと浸食する存在があるのではないか——そんな不安が頭をよぎる。

 その時、チーフの端末が振動し、着信が入った。彼は「私です。そちらの状況は?」と出るなり、相手側から騒然とした声が聞こえてくる。
 「チーフ、大変です! バックアップを復元する途中で何か変なコードが混入して、制御室も混乱状態です!」
 チーフは短く「分かりました。私がそっちへ行きます」と返し、通話を切ると顔をゆがめる。「どうやら中枢プログラムまで侵されている可能性がある……リアさん、エマさん、私は制御室へ行きます。あなたたちはこの波形をダニエルに見せて、一緒に解析してもらえますか?」

 リアは首を縦に振り、「はい、ダニエルとは連絡が取りづらいですが、早急に会ってみます。新たなログが出るたびに、謎が深まるばかりで……」
 エマも肩をすくめ、「分かりました。大事に扱いますね。みんながパニックにならないように、まずは原因を特定しましょう」と付け加える。
 チーフは礼を述べて、小走りで制御室方面へ向かう。残されたリアとエマは、廊下に立ち尽くしながら顔を見合わせた。

 「どうする? ダニエルが行き先を言ってくれていれば楽だったんだけど……」とエマが不安げに言うと、リアは端末を見下ろす。「彼にメッセージを送ってみるわ。繋がるか分からないけど」
 しかし、すぐに別のスタッフが走り寄り、「リアさん、エマさん、管理者が再度会議室へ来てくれって! ラボ付近で騒ぎになってるって!」と慌てた声を上げる。エマが目を丸くし、「また会議? さっきのが終わったばかりなのに」と呟くが、無視はできない。

 リアは深い息を吐き、「仕方ない。二人で行きましょう。こんな短時間に何があったのか……」と前を向く。廊下の照明がわずかに揺らぎ、周囲の空気が嫌に熱を帯びているような錯覚を覚えるのは気のせいだろうか。
 エマと並んで歩を進めるうち、再び感じるのは「やはりただごとじゃない」という直感。何か未知の力がコロニーを内側から壊しかけている——そんなイメージを拭えないまま、彼女は管理部門の方向へ足早に戻っていった。

 ガイアの中には、もう落ち着いた研究拠点という顔がどこにも見当たらない。データの乱れは記録改竄の域を超え、住民たちの気持ちまで変質させるかのように、じわじわと暗い影を落としている。
 「このままじゃ、私たち……」と小さくつぶやいたリアの言葉を、廊下のざわめきがかき消す。頭の中に浮かぶ嫌な予感は増すばかりだが、先に動くしかない。彼女は端末を抱きしめるように抱え、微かな希望を探す覚悟で駆け出した。

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