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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#10

 メイン通路へ戻る途中、ミラ・カザレフはコロニー内部の雰囲気が、また一段階変化したように感じていた。先ほどまでは密やかな囁きと影の走りが目立ったが、今はむしろ妙な静止感が漂う。人々が足を止め、息を潜めるように、その場で微動だにせず、何かを待ち受けているかのような空気さえ感じる。

 曲がり角を抜けると、数名のスタッフが通路脇で固まっていた。彼らは顔を見合わせ、小声で議論しているようだが、何を言っているのかは遠くからでは分からない。ミラが近づくと、その中の一人がはっと顔を上げる。
 「ミラさん、ちょうどよかった。さっきスンが中枢AIへの再アクセスを試みたけど、ノイズがひどくて…」と彼は焦点の定まらない視線をミラに向ける。

 ミラは優しく頷く。「大丈夫、私も暗号化ファイルを手に入れたところよ。スンやレイニーとデータを付き合わせてみれば、原因解明に一歩近づくはず」
 落ち着いた口調が、ほんのわずかでも周囲の緊張を和らげるように感じられる。スタッフたちは疲れた表情を浮かべつつ、ミラに道を譲るように身を引いた。

 メイン区画に戻ると、レイニーがセンサー担当と話し込んでいる姿が目に入った。その後ろにスンがいて、中枢AIへの通信ログを解析している。ミラはゆっくりと近づき、そっと声をかける。
 「ただいま。そちらはどう?」

 レイニーが振り向く。「センサー値は相変わらず不安定。誤差範囲と呼べなくもないけど、短時間でこれほど頻繁に揺れるなんて普通じゃないわ」
 スンも顔を上げる。「中枢AIへの通信は相変わらずノイズが絡んで断続的。でも、一瞬だけ妙な文字列が表示されたんだ。ニューロ・ラティスという単語が部分的に混在していたように見える」

 ミラはほのかな苦笑を浮かべた。「私も裏スペースで暗号化ファイルを見つけたの。ニューロ・ラティスの名がちらついてるわ。どうやら、これがキーワードになりそうね」
 「つまり…記憶や認識を弄るエクソペアかもしれないってこと?」レイニーが不安そうに眉を寄せる。

 ミラは一瞬考え込む。「まだ断定は避けるわ。でも、もしそうなら、記録が変わるのも、私たちが影を見たり足音を聞いたりするのも説明がつくかもしれない。私たちが見ている世界そのものが、微妙に補正を加えられている可能性があるから」
 その発言に、周囲が息を呑む。だがミラは続ける。「ただ、希望がないわけじゃないわ。物理媒体の基準ログがあるから、書き換えを立証できる。暗号化ファイルを解読すれば、博士が何を研究していたのか判明するかもしれない」

 スンが膝を軽く叩く。「解読には時間と専門知識が要りそうだけど、きっとできるよ」
 レイニーもうなずく。「私、センサー担当やほかのエンジニアにも声をかけてみるわ。みんなで手分けすれば可能性は広がる」

 ミラはゆっくりと頷く。過酷な状況下であっても、団結し、知恵と技術を結集すれば打開できるかもしれない。そう信じることで、不安定な基盤の上にわずかな希望の種を植えることができる。
 「お願いね。私も博士の部屋やラボでもう少し調べる。何かログが隠されているかもしれないし、手掛かりが一つでも増えれば道が開けるはず」

 周囲のスタッフたちが再び動き出す。誰もが不安を抱えているが、ミラの言葉と態度が、彼らに「やるべきことがある」という確信を与えているようだった。
 通路を行き交う人影は増えつつあるが、それぞれが冷静に動いている。異常な状況下で情報を共有し、前向きな行動を取ることで、コロニーという小宇宙がかろうじて秩序を保っている。

 ミラはその様子を見渡し、心中で小さく安堵の息をつく。異常は続いているが、みんなが少しずつ前進していると感じられた。彼女自身、弱音を吐くわけにはいかない。探査官としての責務はもちろん、ここで働く仲間たちを支える存在としても、彼女は揺るがぬ意志を保つ。

 再びアークワンを起動し、いくつかの比較分析を走らせる。細かな数値の揺らぎを可視化すれば、より明瞭なパターンが浮かぶかもしれない。目標は、ニューロ・ラティスと呼ばれる存在の正体に迫ることだ。
 たとえ小さな一歩でも、確実に進むことが重要。ミラは静かに息を継ぎ、次の行動へ移ろうと考えた。


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