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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#24

 時間が経つにつれ、部屋の空気にわずかな緊張の色が混ざり始めた。まるで誰かが心を支配するように、干渉の影響がじわじわとコロニー全体を覆い尽くしつつある気配がある。実際、数人のスタッフから「先ほどまで覚えていたはずの作業内容が一瞬飛んだ」などという報告が入り、皆がひそかに不安を募らせていた。

 工作机では、ミラが暗号断片の最新版を確認している。いま目を通しているのは、博士が残したファイル群の中でも「深層干渉」や「第二ゲート」という言葉がしきりに出てくる一節だ。ここには、「最終的にラティスと意思を交わすための回廊が必要」など、抽象的なフレーズが散りばめられているが、全貌はまだ読み解けない。
 「やっぱり、博士はラティスの深い層に踏み込むことを想定していたんだわ……」と呟く。そこには、記憶改変から逃れる術や、封印の可否を示唆するような断片も見られ、謎がさらに深まる。

 一方、スンとレイニーは半ばうつむきながら作業を続けていた。今朝から始めた装置の調整は大きく前進しているが、干渉の“浅いゆらぎ”がそれぞれの体力と集中力を奪い、作業速度は思うように上がらない。レイニーは顔をしかめながらコードの断片を眺め、「こっちの数値が変動しすぎて、安定しないわ。前回のログと連動しないと危険かも」とぼそりとこぼす。
 スンが小声で答える。「分かった。僕が並列ログをもう一度繋ぐから、少し待ってて。場合によってはオート補正を使うしかないね」

 エリオは配線やセンサーを点検しながら、「俺のほうも大枠はできたけど、まだ細かいところで誤作動が起きそうだ。次の干渉が大きすぎると吹っ飛ぶかもしれない」と首を振る。
 ミラは彼を見つめ、「でも、これ以上遅らせられないわよね。もし今夜にも大きな干渉が来たら、装置なしで立ち向かわなきゃいけなくなる」と語気を強める。ここで妥協すれば、コロニー全体が記憶崩壊に巻き込まれる可能性すらある。

 誰もが疲弊しきった様子だが、切迫した状況が彼らを無理やり奮い立たせる形になっている。ミラもまた、自分の身体がどこまでこの無理に耐えられるかを測りながら、暗号ファイルをチェックする。博士の最後の意図を探らなければ、たとえ装置が完成しても、ラティスを封印あるいは対話する最終手段が見つからない。
 「もし博士がすでにラティスの深層にいるんだったら、今回の封印や対話の場面で姿を現すのかしら……」と、心の中で疑問が渦巻く。どこかで意識混濁に陥っていた博士を救い出す可能性も想像できなくはないが、今は手元の課題をどうにかしないと何も動かせない。

 そのとき、廊下のほうでスタッフの声が響き、足音が急に近づいてきた。「すみません、報告が……!」焦りの混じった口調に、ミラたちは作業を止めて顔を上げる。ドアを開けて飛び込んできたのは観測班の若い隊員で、額にうっすら汗が浮かんでいる。
 「どうしたの?」とミラが声をかけると、彼は激しく息を整え、「外部探索隊が大きめの磁気乱流を探知したって。たぶん、二日以内にはコロニー付近に来るって話です。しかも過去最大級かもしれないって……」と一気に言い放つ。

 部屋の空気が凍りついたように静まり返る。二日以内——つまり、実質的にあと数十時間しかない。もしその乱流がラティス干渉を増幅するなら、今回こそ致命的な影響が起きかねない。
 「ありがとう、あなたは観測班に戻って、詳細が分かり次第すぐ報せてちょうだい」とレイニーが落ち着いた声で答え、隊員は敬礼のように頭を下げて廊下へ駆け戻っていった。その後ろ姿を見送ったあと、室内の全員が顔を見合わせる。

 「あと二日……いや、下手すれば明日中にも来るかもしれないわね」ミラがぴんと張り詰めた声で言う。エリオは低く唸りながら、「俺たちの装置、完成させるしかない。無理やりでも動かすしかないさ」と意地を見せる。
 スンも震えを押し殺しつつ、「うん、ここで妥協したら、全部終わる。僕たちの努力も無駄になるし、コロニーが崩壊の一途だろう……。ミラ、あなたは暗号の最終チェックと、封印か対話かの判断をどうにか導いて」と視線を送る。

 ミラは深く息を吸い込み、「そうね……時間はないけど、今から集中的にやるわ。どっちにしろ、次の大干渉が来るときには私は装置を身に着けて“第二ゲート”に踏み込む。もし博士の意識がそこにあるなら……いや、そんな余裕があるか分からないけど、最善は尽くす」と答える。
 レイニーは椅子に座り直し、頭を軽く振る。「私も少し頭痛がするけど、これぐらいで弱音を吐いてられないわ。何とか乗り切る。そっちで装置を完成させてくれたら、私も暗号の監視とサポートに回るから」

 部屋の誰もが顔に緊張を刻んでいる。二日という時間が残酷なまでに短く感じられ、しかもラティス干渉が増幅すれば、その間にも小規模なゆらぎが来て混乱を招くかもしれない。だが、行動を止めても解決にはつながらない。
 スンはノート端末を開き直し、「僕は今から制御プログラムの最終テストに入る。実験する暇なんてないけど、シミュレーションを走らせて一発本番で成功させるしかない。もし失敗したら……」一瞬言葉を詰まらせる。「いや、成功させるんだ」

 エリオも「俺はハードの最終調整だ。もし何か再配線が必要になったらメンテ時間がさらにかかるけど、限界まで試すしかない」と意気込みを示す。その横でレイニーは、ここ数日で大量に書き溜めたメモ帳を携えて、「じゃあ私、あの多次元理論部分を最後に浚ってくる。わずかでもヒントが得られれば、ミラをサポートできるかもしれないし」と歩き出した。

 ミラは彼らを見渡し、胸の奥に熱く込み上げるものを感じる。自分だけが干渉に耐えられるかもしれないという特殊性に、戸惑いや負い目もあるが、仲間たちはそれを責めるわけでも疑問視するわけでもない。彼らは自分の役割を存分に果たそうとするだけだ。
 「みんな、ありがとう……」小声でそう呟き、ミラは呼吸を深める。封印か対話か、博士がもし深層干渉の中にいるなら助け出すことができるのか。疑問は尽きないが、行動を重ねるうちに何らかの答えが出るだろう。

 こうして部屋は再びせわしない動きに戻った。各自が指示を飛ばし合い、必要な機器やパーツを集め、一瞬でも時間を惜しむようにインストールや配線を進めていく。今回ばかりは「あれが足りない」などという言葉を発する者もいない。皆、最後の力を振り絞っているのだ。
 時計の針が次の干渉の脅威を刻むたび、コロニーの外側からは不安をかき立てる報告が増えるかもしれない。だが、ここで装置を完成させ、暗号の最終解読を進めなければこの事件そのものが手遅れになる。

 ミラはファイルを開き、もう一度博士の書き残した断片へ目を落とす。「封印“途中”で意識混濁になった場合”などという記述がちらほら見える。まるで博士自身が実際にそれを経験したかのようだ。もし彼が深層干渉の中で今も彷徨っているなら、あと数日以内に決着を付けねばならない。
 「絶対に終わらせる……」決意を押し出すようにつぶやき、ミラは端末に指を滑らせた。背後ではレイニーがメモ帳をめくる音、エリオが金属パーツを固定する音、スンがプログラムのエラーを修正する短い呟きが入り混じっている。全員で手を重ね合うことはなくとも、彼らが向かう先は一つだ。

 次の干渉、それが本当に最大規模ならば、この事件は“終局”を迎える。成功すればこの事件はひとまず収束し、これまでの混乱が止むかもしれない。失敗すれば、ラティスが全てを飲み込み、コロニーの人々はただ意識を薄れさせるだけになるだろう。
 部屋の奥には薄暗い空気が残っていたが、そこへさっき運び込まれた新しい照明が取り付けられて、やや明るさが増した。昼下がりの時間帯、外部探索隊の報告を待ちながら、ミラと仲間たちの最後の準備が加速していく。それは決して気楽な作業ではなく、むしろ死地に突入するための儀式に近い。

 あとわずか数十時間で、次の干渉が来る——そう頭に刻みこむごとに体が強張りそうになるが、ミラは毅然と顔を上げた。どのみち逃げ道は存在しない。博士が示した暗号を頼りに、この大嵐に立ち向かうしか道はないと、皆が理解している。
 「もうすぐ、終わるのかもしれないし、その先が始まるのかもしれない……」そんな予感を抱きながら、ミラはコンソールを操作して暗号ファイルのページをめくる。次の瞬間、モニタに浮かぶ不可解な符号列が、新たな切り札か、あるいはさらなる混沌の鍵かを決めるのは、これからの数日の行動にかかっている。


次回、最終回です。


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