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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#15
研究区画の分析拠点では、キーボードや画面を操作する音だけが低く響いている。薄型コンソールに表示される文字列は、複雑に組み替えられた断片情報で埋め尽くされ、そこからラティスと呼ばれる未知のエクソペアに迫る手がかりを引き出そうと、ミラ・カザレフや仲間たちが腐心していた。
「観測条件下でのみ意味をなす暗号セクションがある、という点はほぼ間違いなさそうです」エリオが端末を見つめながら報告する。彼の声にはわずかな疲労の色が混じっているが、まだ諦めの気配はない。「問題は、その干渉をどう人為的に再現し、かつ安全を保ったままデータを読めるか、ですね」
レイニーがため息をつき、「もしニューロ・ラティスが記憶や認識を揺るがすほど干渉を強めてくるなら、正気を保てるかどうかが大きな不安要素ね。いくら暗号を解いたとしても、読んだ内容を間違って記憶したり、書き換えられたりしたら元も子もないわ」と吐露する。
そんな会話を聞きながら、ミラは部屋の隅にあるホログラフを覗き込む。そこには、いくつかの時間軸が重ねられたグラフが映し出され、外部観測や中枢AIログ、内部記憶齟齬報告などが時系列で対比されていた。何度見ても、あからさまなパターンこそ浮かばないが、小さなピークや妙な時間帯がちらほら見つかる。
「このへんの時刻、覚えてる?」とスンが声をかける。指差された箇所は、微妙に外部磁気データが揺れている時間帯だという。ミラは小さく頷いた。確かに、その頃に影の目撃情報や幻聴報告が急増していた。
「ここから推測すると、外部の磁気乱流が高いときにラティス干渉も強まる傾向があるかもしれない。ただ、原因と結果がはっきり逆なのか、どうつながっているのかは不明だけど」ミラはそう分析を口にする。
レイニーが一瞬考え込む。「なら、そのタイミングを意図的に捉えて暗号解読を試すのはどうかしら。もちろんリスクはあるけど、無闇に干渉を呼び込むよりはマシでしょう」
エリオは同意するように眉を動かす。「外部観測隊を出して、この磁気乱流と同等かそれ以上の条件を調べられれば、いずれ再現する機会が得られるかもしれない。急ぎすぎて取り返しのつかないことになるより、やり方を計画的に考えよう」
ミラはその二人のやりとりを聞いて、すべてに賛成はしないまでも筋は通っていると感じる。ラティス干渉下という危険な環境に飛び込むのは自殺行為かもしれないが、今は既存の手がかりからあらゆる可能性を探る段階にある。
「わかったわ。外部隊の派遣時期を検討してみましょう。私も引き続き内部データを精査して、どの程度の干渉があれば暗号が解けるのか推測してみる」ミラは落ち着いた口調で二人に伝える。
そう言ったものの、彼女自身は心中で別の思考をめぐらせていた。ラティス干渉によって記憶や認識を改変される可能性のある状態を「あえて利用する」という発想は、正気を保つために何らかの耐性や対抗策が必要だ。仲間たちは気づいていないが、ミラには微かな体感として「多少なら干渉をやり過ごせる」可能性がある。それが自分の特殊な資質なのか、ラティスが意図的に力を与えているのかは不明だが——いずれにしても、安易に口にできる話ではない。
部屋のドアが開き、別のスタッフが新しい報告を持って入ってくる。通信障害が再び増えてきたらしい。既に技術班が対処しているが、根本原因は見えず、コロニー内部は不安定が続く。ミラは短く息を吐く。「やはりこの混乱は当面収まりそうにないか…」
レイニーが軽く手を振って「大丈夫、気を落とさないで。わずかな前進を積み重ねてるだけでも、前より状況がましになってるわ」と慰める。彼女の言葉には自分を奮い立たせる気概が混ざっており、ミラは静かにその意図を汲んで微笑を返す。
スンは再度コンソールを操作しながら、「このユニットから抜き出したデータ断片を暗号化ファイル本体に適用してみたけど、やはり一部のセクションは読み取れない。どうやってもノイズだらけになるんだよね」と苦い顔をする。
「やっぱり、干渉状態でないと解釈不可能なんでしょうね」とレイニーが肩を落とす。
ミラは小さく頷き、「時間をかけてシミュレーションを練ればいい。ラティス干渉に任せきりでは危険だもの。安全策や観測機器で補正しながらアクセスできるかもしれない。私たちはまだ試していない手段があるはず」と提案する。
同室の技術者たちもそれに合意するように頷き、追加のメモを取ったり、コロニー外部からの新データを呼び出したりする。皆が不安を抱えながらも、建設的な議論を継続できているのは、これまでの小さな成果が互いを支えているからだ。
そうした会話の中でも、ミラは胸の奥に生じる奇妙な感覚を意識せずにいられない。もし自分がラティスの干渉下でも大きく乱されずに済むなら、それを使って暗号の解読を実行できるのではないか。だが、それをどう実証するか、仲間にどう説明すべきか。
彼女は結論を出せずにいた。根拠も再現性もないなら、今口にしても混乱と疑念を増すだけだろう。いずれ何らかの確証を得て、みんなを守る手段として自分の力を明かす時が来るかもしれないが、現時点では無理がある。
「疲れたら少し休んでね。コロニーの機器トラブルも多発してるし、徹夜は危ない」エリオが小声で言うと、レイニーが微笑む。「ありがとう、でも今はもう少し頑張るわ。ラティスに好き放題させるのは悔しいもの」
ミラも穏やかな口調で付け加える。「私ももう少しデータ洗い出しを続けるわ。いざ干渉状態に踏み込むとき、どのくらいの余裕を見れば安全を確保できるか、参考になる資料を探してみる」
こうして、部屋の雰囲気は疲弊しながらも、ある種の連帯感で結ばれていた。一方で、コロニー全体に見えない不協和音が響いていることを、誰もが薄々感じている。ラティスが狙うのは単なる通信妨害や機器故障ではなく、人々の記憶や認識そのもの。記憶が改変されれば、ささやかな情報共有の努力さえ無に帰すかもしれない。その危うさが、全員の思考を急がせる。
数時間後、進展は小さいながらもじわじわ続いた。ミラはモニターの見過ぎで目の奥に鈍い痛みを感じていたが、一旦深呼吸して姿勢を正す。ここで集中を切らせば、せっかく掴んだ糸口を逃すかもしれない。
「そろそろ少し休憩を挟む?」レイニーが気遣うように声をかけるが、ミラは軽く首を振る。「大丈夫、あと少しだけ。ここまでは自分でやり遂げたいの」
スンがちらりとミラを見、「無理しないようにな。休まないと逆に効率が下がるから」と言葉を残すと、彼はコンソールの別画面で中枢AIログを点検し始めた。どうやら先ほどの紋様解析と今回のユニットデータの関連性をさらに調べるつもりらしい。
部屋の空気は張り詰めているが、パニックや絶望感はない。小さな希望と使命感が、それぞれの胸に宿っているのだ。ミラは自分のアークワンを眺め、画面に映るログを指先でスクロールしていく。この装置が、仲間たちの努力によってかなり安定し、必要な機能を柔軟に扱えるようになった事実が、心強い。危機が迫るほど、最適化された装備のありがたみを痛感する。
ニューロ・ラティス——認識や記憶の彼方に潜む不可思議な存在。その正体は単なるバグなどではなく、人類の常識を覆す知的干渉を行う力かもしれない。対話へ向かうか、封印を目指すかはまだ決まらないが、いずれ明確な道を選ばねばならないと、ミラは感じる。
自分が抱く微かな「違い」こそ、その選択を可能にする小さな鍵になるのだろうか。
そして時計がさらに進み、ミラはふと立ち上がる。「少し歩いてくるわ。体を動かさないと頭が回らなくなる」
レイニーが苦笑しつつ「そうね、私はもう少しここを見張ってる。何か分かったら呼ぶから」と応じる。
部屋を出ると、廊下には幾人かが通り過ぎていく。穏やかではないが、慌てた気配は感じられない。皆がそれぞれの任務をこなしつつ、綱渡りのような安定を維持している。
ミラは歩きながら、遠くで微かな物音を聞いた気がした。足音か、それとも幻聴か。ラティスが干渉を強めようとしているのかもしれないが、確かめる術はない。焦らず、一歩ずつ。慌てて意味不明な行動を取れば混乱だけが増す。
「この先に待っているのは何だろう」心の中でつぶやき、ミラは足を止める。突き当たりのパネルが微かに点滅しているのが見えたが、単なる電源不安定かもしれない。いずれにしても誰かが報告するだろうし、今は解析拠点での作業が最優先だ。
深呼吸すると、淡い決意が胸を満たす。ラティスの干渉が必須となる暗号データ。この先、どれほど危険な過程を経ようとも、コロニーを守り、未知の存在を理解するためには避けられない試練なのだ。
再び解析拠点へ戻っていく足取りは、思ったより軽い。仲間たちと共に掴みかけた「通路」は微かなものだが、それは確かに地図に存在する。紋様、暗号、干渉——複雑に絡み合う糸を解きほぐすのは骨が折れるが、ここまで積み重ねた努力が台無しになることはないはずだ。
ミラは胸中で、未知との対話へ向かう自分の覚悟を反芻しながら、次の可能性を探す日々がまだ続くことを受け止めている。