見出し画像

【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#20

第7章「揺れる方程式」

 朝と呼ぶには曖昧な時間帯。アレオーンコロニーでは、日周期に合わせて照明がゆるやかに明るみを帯びるが、宇宙空間の中で“夜が明ける”感覚はどうしても実感しづらい。それでも人々の体内リズムを守るために組まれたシステムが、いま研究区画の照明を静かに上げていた。

 私はブラインド代わりのパネルを開き、廊下の方向を見やる。昼モードの淡い光が差し込み始めた室内には、昨日の疲労が色濃く残っているけれど、少しだけ空気が軽くなった気配もあった。
 向こうではレイニーが椅子に腰掛けて端末を操作し、横に置かれた水ボトルを時おり口に含んでいる。「少しは頭痛、和らいだ?」と声をかけると、彼女は私へ視線を向け、「私は大丈夫よ。昨日ほどの激痛じゃないし、なんとかやれそう」と微笑んだ。

 エリオはテーブルに肘を突きつつ「俺はまだ首筋がズキズキするけど、寝て起きたらだいぶマシだな。昨日は本当にきつかった。干渉があんだけ強烈とは……」と低く呟く。
 昨日は実験中に倒れ込みそうになりながらも、何とか記憶崩壊を避けられたことに安堵しているようだ。

 「僕が軽い朝食を配ってきたから、みんな休憩スペースで食べてから作業してるよ」――そう言って部屋に戻ってきたのはスン。白いカップを持ち、湯気の立つ飲み物を配っている姿が見えた。「あ、ミラもお疲れ。朝から無理しすぎないでね」
 私はスンから差し出されたカップを受け取り、小さく微笑する。「ありがとう、ちょっと落ち着いたら飲むわ。昨日の夜は皆、ほとんど仮眠しか取れてないでしょう? スンは眠れた?」

 スンは苦笑いを浮かべながら「僕は数時間仮眠したけど、ラティスの幻覚がまだ頭をちらついてる気がしてね……。でも、思ったより回復できたよ」と言い、肩を回す仕草をする。部屋には相変わらず重たい空気が残るが、夜通し続いた解析作業が今になっていったん区切りを迎えつつあった。
 大きな干渉が昨夜の実験直後に収まり、今はコロニー内の報告も比較的落ち着いている。さっきレイニーがチェックしたところ、依然として小規模な記憶齟齬や歪みの報告は続いているが、大きなパニックには至っていないらしい。

 私は改めて端末画面を見やる。そこには夜間の解析結果がまとまっており、暗号断片が示す“二段階プロトコル”というキーワードや、“認知スイッチ”と呼ばれる概念が詳しく記録されていた。どうやら博士は、「ラティスとの干渉をコントロールすることで、さらに深い領域まで到達可能」だが「並行して記憶改変を抑制する技術が必要」と結論づけていたらしい。
 「こんなの、現実離れしてるよ……」エリオが背もたれによりかかりながら言う。「俺たちがもう一度あんな干渉をやるなんて、想像するだけで胃が痛い。あんまりやりたくないぜ」

 「私も正直、もう懲り懲りだわ。でも、博士がここまで用意周到に設計していた以上、私たちが躊躇していたらコロニーがもたないのかもしれない」レイニーがタブレットを手元に引き寄せ、指先で滑らせながらぼんやりと答える。「ラティスがこのまま深い干渉を強めれば、いずれ大混乱が起きるでしょうし……やるしかないわね」

 「僕もそう思う。ミラが読み取りを行う形で、僕たちはサポートに回る。もし何かやばいことがあれば即座に中断できる仕掛けを作るしかない」とスンが真面目な口調で言うと、視線が一瞬私に集まる。
 私は大きく息をついて、「分かってる。私がやるしかないなら、やるわ。でも皆をなるべく巻き込まない方法を考えないと……」と静かに答える。

 レイニーは画面を切り替え、「今のところ、干渉のピークはまだ来ていないみたいね。外部磁気乱流も落ち着いてる。でも、いつまた大波が襲うかは分からないから、その前に準備を整えるしかない」と言いながら頭を掻く。「正直、今も少しフラフラするんだけど、大丈夫よ。動けるうちに解析を進めるわ」

 彼女の疲れ切った顔を見ながら、私は微妙な罪悪感と安堵を同時に感じる。もし本当に私だけが深い干渉を多少やり過ごせるのだとしたら、レイニーやエリオはそこまで無理せずに済むかもしれない。しかし、それは私が単独で大きなリスクを背負うということでもある。
 「ラティスに支配されるか、コロニーを失うかって二択は避けたいけど、どうすれば……」と思考が巡る中、エリオが立ち上がり、「俺、外部の探索隊からの報告をまとめて持ってくるわ。次の干渉の予兆が出てないか確認してみる」と言って部屋を出て行った。まだ少し足取りがふらついているが、やる気は十分らしい。

 残された私、スン、レイニーの三人は、端末を囲むように集まり、夜の間に進められた解析ログを点検し始める。スンがディスプレイを切り替え、「見て、ここの符号列と前回の紋様データが一致してるんだ。博士はどうやら“二段階ゲート”という言葉を使ってたみたいだけど、それは仮称かもしれない。実際には複数の層があるとも読める」と興奮混じりに説明する。
 レイニーも興味深そうに眉を上げ、「つまり、まだ先があるかもしれないのね。観測者が干渉下で第一ゲートを開き、さらにその向こうに第二や第三が……想像したくないけど、博士はそこまで想定してたのか」とため息をつく。

 私は少し耳がキーンとなる圧を感じながら、「想定……というより、そこまで踏み込まざるを得なかったんでしょうね、博士は。ラティスが単なる現象じゃないなら、深いレベルで意思を持って動いているんだろうし。記憶書き換えや認識改変を逆利用するには、こちらも踏み込むしかない」と口にする。自分でも冷淡な言い回しに聞こえるが、実際そうするしか道はない。

 レイニーは視線を伏せて、「私たち、そこまでできるのかしら。昨日の干渉でも、みんなボロボロになったのに。もし次のレベルに進むなら、もっと強烈な波が来るんじゃないかと考えると、正直怖いわ」と力なく笑う。
 スンは唇を引き結び、「でもやるしかない。僕たちがここで止まれば、コロニーが静かに崩れていくか、ラティスに全部改変されるのを待つだけになる。ミラが耐えられるなら……いや、ミラの負担を少しでも軽くする方法を工夫しよう」と語気を強める。

 私がやや申し訳なさそうに口を開く。「ありがとう。皆にサポートしてもらわなきゃ、私もいつ改変されるか分からない。何か装置を使うとか、認知のリアルタイムモニタリングを強化するとか、いろいろ試してみたいわね」
 レイニーはそこでふと目を細め、「装置と言えば、博士の資料にあった‘認知スイッチ’なるものは、何か物理的な補助ツールを作るヒントにならないかしら? もし脳波や観測行為を外部から整合させる仕掛けがあるなら、それを再現できるかもしれないわ」と提案する。

 スンは一瞬考え込み、「面白いね。博士がそこまで構想していたなら、設計図や理論がどこかに残されてるはずだ。実際、暗号ファイルにも示唆する部分があった。バラバラに散らばってる断片をつなぎ合わせれば、‘干渉抑制装置’みたいなものが作れるかもしれない」と興奮を帯びた声になる。
 私も少し希望を感じ、「もし本当にそんな装置が作れたら、皆に干渉のダメージを負わせずに済むかもしれない。私一人が危険に踏み込む必要も減るし、レイニーやエリオをもうこんなに苦しめなくて済む……」と思わず期待を漏らす。

 レイニーは目元を押さえ、「私としては、もう少し健康な状態で解析したいところだけどね。頭が痛いと集中できなくて」と苦笑するが、その瞳には小さな光が宿っていた。「でも、この段階で‘抑制装置’や‘認知スイッチ’の鍵を見つけられるなら、次の実験を格段に安全にできるわ。何とかしがみついて作業するしかないわね」

 そうこうしているうちに、エリオが戻ってきて「外部探索隊からは、次の大規模な磁気乱流はまだしばらく発生しない見込みだそうだ。だから少なくとも2~3日は落ち着いて解析できるかもしれない」と息を吐く。「俺にはありがたい。もう少し休養が欲しいし、装置を作るって話なら、俺も技術的に手伝えると思う」

 その報告に、部屋の空気が少し柔らかくなった。強烈な干渉に追われる心配が当面ないなら、いま手持ちの暗号断片を徹底的に洗い出し、干渉抑制や補助ツールの開発を試みる余裕があるということだ。
 「3日もあれば、多少の試作はできるかもしれない。私がもう少し頭をすっきりさせて、博士の資料と暗号ファイルを突き合わせれば何か出るかも」とレイニーは微かに血色を取り戻した顔で意欲を表す。エリオも「俺もまだ体はきついけど、やるぜ」とぎこちない笑みを見せる。

 スンは私の横で画面を切り替え、「じゃあ、僕たちでタスクを分担しよう。ミラがこの断片の追加読み取りをやるときは、事前にみんなが抑制装置の基礎を用意しておく。もし干渉が強くなっても即座に救援できるようにすれば、最悪の事態は少し回避できるかもしれない」とまとめる。
 私はうなずき、「そうね。私も多少なら助かるわ。みんながまた倒れたら嫌だし。逆に私が倒れても、すぐバックアップできれば……」と苦笑する。

 こうして、次の大波が来るまでの数日を利用し、“干渉抑制装置”や“認知スイッチ”の具体的構築を急ぐ方針が決まる。もちろん本当に成功するかは未知数だが、恐怖におびえながら受け身で待つより、能動的に仕掛けを作るほうが精神的にも楽だ。
 部屋の空気には先ほどまでの焦燥感と倦怠感がまだ漂っているが、少なくとも“やるべきこと”が見えたことが大きい。私はレイニーやエリオの体調を気遣いつつ、みんなでポジティブに前へ進む道を探ろうという希望を微かに感じる。

 「じゃあ、スンと私で設計図や暗号理論の突き合わせをやるわ。エリオは体を労わりつつ、現場で使えるシステム構築を考えてみて。ミラは……うん、あなたには少し休んでもらいたいけど……」レイニーが提案しながら私を見る。
 私は笑みを返し、「分かった。休みつつも、この暗号断片を整理しておく。次に深い干渉が来るとき、私が動けるように準備はしておきたいの」

 エリオが「じゃあ俺は、まず簡易プログラムを組んでみる。もし認知スイッチとやらがデータ上に示唆されてるなら、そこを追う形でUIを作れるかもしれない」と言い、机の上の端末を抱え込むように確認する。まだ痛みはあるだろうが、その眼差しには鋭い集中が戻りつつあった。
 スンは私たちを見渡し、「よし、これで方向は固まったね。干渉抑制や補助装置は難易度高いけど、3日間の猶予があるなら試す価値があるはず。今なら僕たちはまだなんとか動ける」と力を込める。

 部屋には、わずかながら熱気と明るい兆しが生まれたように思えた。もちろん、実際にどこまで行けるかは未知数だ。ラティスが観測行為をどう歪めてくるのか、博士の暗号はどれほど深い多次元構造を秘めているのか、考えるほどに不安は募る。
 だけど、私たちにはもう後戻りの道はない。コロニーが崩壊を迎える前に、ラティスと向き合う準備を整えなければならない。そこには危険と絶望が渦巻くだろうが、皆で足を止めず進めば、きっと突破できるはずだ。

 私は改めて周囲を見渡す。レイニーは頬の血色が少し戻りつつあり、エリオも画面を睨んで何かを入力している。スンも次のステップを思案しながら、私と目を合わせると軽く微笑んだ。昨夜の苦しみを乗り越え、とにかく今できることをやる、という結束感が目の前にある。
 「じゃあ、私も数分だけ頭を冷やして、すぐ合流するわ」と言って、私は室内を出る支度をしようとした。背後でレイニーが「無理しないでね、私たちだけでもまとめられるところはまとめておくから」と声をかける。私はそれに笑みで応え、ドアへ向かった。

 廊下へ出ると、コロニー内の朝モードが本格的に稼働しているのが分かる。通りかかったスタッフが「おはよう、ミラ」と声をかけてきたので、私も軽く会釈を返す。心身の疲労はまだ色濃いが、外から見るといつものアレオーンと何ら変わらない日常が続いているように思える。
 けれども、その背後ではラティス干渉がじわじわと全域に広がり、私たちの記憶や認識を脅かす段階に進みつつあるのだ。目の前の廊下がまっすぐ伸びているだけで、なぜか胸に奇妙な圧迫感が生じる。これはただの神経質か、それとも微かな干渉の残響か?

 深呼吸して、私はゆっくり歩を進める。次に干渉が来るまで数日しかないかもしれない。その間に博士の暗号をどこまで解き明かせるか、そして“認知スイッチ”や抑制装置が実用化できるかどうかにかかっている。もしこれに失敗すれば、私も仲間も、ラティスの海に呑みこまれてしまうかもしれない。
 それでも進む以外に道はない。レイニーもエリオも、そしてスンも苦しみながらも立ち上がった。私も自分が持てる力を振り絞って、皆と手を携え、未知との戦いに挑む覚悟を固めるしかない。先の見えない暗闇を照らす微かな灯火を信じて、私は廊下の先へと足を踏み出した。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集