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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#12
ミラ・カザレフは、スンを伴ってコロニー中央軸付近に位置する中枢AIエリアへと向かっていた。メイン通路を進むうちに、コロニー内部の雰囲気が微妙に変化していることに気づく。前章までの研究区画や分析拠点周辺では、人々が少しずつ行動を再開していたが、この中央軸近くは奇妙な静寂が漂っていた。音がないわけではないが、足音や話し声が遠巻きに響く程度で、まるで誰も近寄りたがらない領域のように感じられる。
スンがアークワン(Arc-One)を覗き込みながら小声で呟く。「ここから先が中枢AIへのアクセスハブだ。最近、ここを通るときに観測データが奇妙に揺らぐって報告が上がってたけど、本当によく分からない」
ミラは静かに頷く。「大丈夫よ、ゆっくり行きましょう。焦っても仕方ないわ。」彼女は努めて穏やかな声で励ますように話す。
二人はセキュリティゲートを通過する。通常ならクラウディアAIが身分確認や権限チェックを行い、瞬時に扉を開くはずなのに、今回もわずかな遅延が発生している。数秒後、ドアが低く軋む音を立てて開き、薄暗い空間が広がった。
ここには管理コンソールが並び、中枢AIへの物理的接続ポイントが存在する。通常はメンテナンス要員か上級研究員しか来ない区域だが、今の緊急事態下ではそんな制限を気にかけていられない。
ミラは辺りを見回す。照明は必要最低限で、随所に点在するコンソールはスリープモードに近い状態だ。彼女はアークワンで簡易スキャンを行い、電磁ノイズレベルや温湿度をチェックする。数値上は大きな問題はないが、やはり軽微なゆらぎがあることを示している。
「何から始めようかしら…」ミラは自分に問いかけるように小さく呟くと、スンが端末の一つに歩み寄った。「まず、このメインインタフェースに試験的なアクセス要求を送ってみるよ。博士の個人キー断片が以前一瞬見えたなら、今回も条件を変えれば表示されるかもしれない」
スンがコンソールに接続ケーブルを差し込み、アークワンを介して命令を送ると、スクリーンが揺らめくように微光を発した。画面には意味不明な文字列が走り、何度かリフレッシュされるが、はっきりした情報は出てこない。
「もう少し待ってみて」ミラはスンの肩を軽く叩き、諦めないよう促す。スンは歯を食いしばるような表情をしたが、頭を振って続行した。
しばらくして、画面の片隅に奇妙なパターンが一瞬現れる。四角や菱形が組み合わされた幾何学的な紋様のようなもので、すぐに消えてしまったが、スンは速やかにスクリーンショットを取得できた。
「捕まえた!」彼は小声で歓喜の声を上げる。ミラも少し笑みを浮かべる。「何かわからないけど、あの紋様がヒントかもしれないわね。暗号化ファイルのフォーマットと関連している可能性がある」
この紋様を解析するには戻って仲間たちと突き合わせる必要があるが、せっかく中枢AIまで来たのだからもう少し試せることはないかとミラは考える。ここで本格的なラティスの痕跡が見つかれば、大きく進展するはずだ。
「もう一つ試してみるわ。アクセス権限を拡張するコマンドを送ってみよう。クラウディアAIに直接問いかければ、博士の個人キーがどこかに記録されているかも」
ミラがアークワンを操作し、特定のオーバーライドコマンドを入力する。その瞬間、画面が不規則な点滅を始めた。まるで何かが抵抗しているような印象だ。
すると、ミラは頭の中で一瞬、妙な浮遊感を覚えた。まるで空間が僅かに歪み、観測している現実に透明な膜がかかったような感覚。すぐに消えたが、その刹那、ミラは「他の誰かに見られ」ながら「同時に誰かを見透かす」ような不可解な感触を得た。
「今の…何だったの?」スンが動揺気味に顔を上げる。彼も何か違和感を覚えたようだ。
ミラは穏やかに首を横に振る。「わからない。でも大丈夫、落ち着いて」
実は、彼女は内心でさっきの感覚を反芻していた。ラティスの干渉が強まったときに感じる特有の圧力が、ほんの一瞬緩んだようにも思えた。それどころか、自分が一瞬、周囲を違う角度から見たような錯覚を覚えたのだ。
今は黙っておこう。ミラは唇を引き結び、再び画面に向き直る。
コンソールは相変わらず不安定な挙動を続けているが、先ほどの紋様が出たということは、少なくとも何らかの特別なキーが存在する証拠だ。もしそれが博士の残した暗号を解く鍵なら、後で戻って解析班と突き合わせれば進展が見込める。
スンは意を決して別のコマンドを実行するが、画面は一瞬明滅したのち、何もなかったように標準インタフェースへ戻った。
「もうこれ以上は得るものなさそうだ」と彼が肩をすくめる。「下手にいじるとログ残す前にシステムが暴走するかもしれないし」
ミラはスンに微笑みかける。「ここまででも十分収穫はあったわ。紋様のスクリーンショットが手に入っただけでも大きい。戻ってみんなと検討しましょう」
そう告げると、スンは頷き、ケーブルを外し、ツールを片付ける。
中枢AIエリアを後にするころ、ミラは自分の呼吸が少し乱れているのに気づいた。緊張と未知への恐れ、それでも前へ進むしかないという責任感が胸に重くのしかかる。それでも、ほんの小さな成功――紋様を捕らえたこと、そして自分がラティス干渉下で一瞬不思議な感覚を得たこと――が、一筋の希望になり得るかもしれない。
再びメイン通路へ出ると、少し人の動きが戻っていた。誰もが状況に対応しようと必死だが、ミラとスンが戻ったという事実は、解析班や仲間たちに新たな材料を提供するはずだ。ミラはアークワンを見下ろし、記録した紋様データを確認する。そこには複雑な幾何学的パターンが凝縮されていて、その意味は全く不明だが、不吉な気配よりはむしろ整然とした理に基づいているようにも見える。
「これを解読できれば、博士がラティスへの対処法や意図した対話プロトコルを隠していたかもしれない」ミラは心中でそう考える。
そして、自分がさっき感じた「違う視点」を思い出す。単なる錯覚かもしれないが、もしあれがラティスの幻惑を和らげたりする能力の萌芽だとしたら、今後の展開は大きく変わるだろう。ラティスが認識を操る存在なら、その一部能力を行使できる人間は、対話や協力への鍵となり得る。
ミラは真相に近づくため、仲間との合流を急ぐことにした。再び研究区画へ戻り、レイニーやエリオたちに紋様スクリーンショットを示し、暗号解析の新たな糸口を求めるつもりだ。
計測値の歪みは増え続け、コロニー全体に蔓延する目に見えない緊張が続いているが、それでもミラは歩みを止めない。認識が揺らぐ世界で、彼女は一歩ずつ確固たる事実を積み上げ、ラティスとの接点を探し出そうとしている。
長い回廊の先には解析班の明かりがあり、そこには信頼できる仲間たちが待っている。ミラは小さく息を吐き、スンと共にその方向へ歩みだした。
未知への不安と、小さな成功が織り成す複雑な感情を抱えつつ、ミラはコロニーに渦巻く謎の糸を少しずつ手繰り寄せていくのだった。