![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/169955138/rectangle_large_type_2_c1af41f559fdddebe3c09b9dd14f4afb.png?width=1200)
【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#6
管理部門の会議室へ戻る途中、リア・ハーパーはエマ・ルイスと肩を並べて急ぎ足になっていた。先ほど通り過ぎた廊下には、天井照明がところどころ消え、住民たちが暗闇を警戒しつつ集まっていた。中には薄暗い通路を見て神経質に身を縮める人もいて、全体の雰囲気が異様なほど張り詰めている。
「さっきのチーフが言っていた“24時35分”のタイムスタンプ……あれは本気で怖いわ」エマが小声で漏らす。「人為的でもないし、普通のバグでもない。それが一度だけならまだしも、同じような報告がどこでも起き始めてるなんて……」
リアは頷きつつ、心の中に言いしれぬ不安を抱える。「まるで時計の概念そのものを壊すような現象よね。データ改竄やシステム障害を飛び越えた何かがあるかもしれない……でも、何が目的なの?」
会議室に到着すると、すでにアンドリュー管理者と数人のスタッフが詰め寄るように議論していた。人の出入りが激しく、内部の空気は荒れている。リアとエマが近づくと、アンドリューが苛立ちのこもった表情で手招きし、「来てくれたか。状況がさらに悪化してる。居住区の複数部屋でドアロックが誤作動し、住民が外に出られないって話も出ている。制御室が対応しているが、効果が薄いみたいでね」と言う。
「そんな……。それじゃあ人為的に閉じ込められているようなものじゃないですか」エマが驚く。アンドリューは深く息を吐き、「だからすぐ復旧を試みているが、原因が分からない。住民たちは『誰かが悪意を持って操作しているのでは』と疑い始めてる。あちこちで衝突も起きてるようだ。私としては混乱拡大を止めたいが、打つ手がないんだ」と唇を噛む。
リアは端末を抱え込みながら周囲の様子を見回す。机の上には様々なログレポートやエラー報告が散らかり、スタッフが代わる代わる端末を操作している。「管理者、私たちが持っているログを解析すれば、少なくとも何が起きているかの手掛かりが見つかるかもしれません。システム班のチーフも奇妙な波形を見つけたと言っていましたし……」
アンドリューは苦い顔で首を振る。「分かっているが、何度も言うとおり大規模再起動や統合チェックができない状況だ。今こんな状態でコロニーのシステム全体を止めたら、呼吸や食糧管理にまで影響が及ぶ。住民がパニックを起こすのは目に見えているんだよ」
背後から誰かの叫ぶような声が聞こえ、「データがまた消えたんだ! 誰がやったんだ!」という怒号が会議室にまで響く。スタッフ同士が言い争う気配も伝わってきて、アンドリューは拳を握りしめた。「くそ……。もう少し落ち着いて対処しろと伝えてくれないか? 私が行くわけにもいかないし……」
エマがリアに視線を投げかけ、「私、行ってみます。ああいう衝突が増えるほど、コロニーの統制が崩れるし……」と申し出る。リアは躊躇うように一瞬考えるが、やがて頷く。「分かった。私も後で行くかもしれないけど、まずはダニエルと合流してデータの検証をしたい。そこの対立を少しでも鎮められるなら助かるわ」
エマが小走りで会議室を出ていき、アンドリューは一瞬心細そうに目を伏せる。「管理者として失格だな……。こんな時、私が腹をくくって指揮を執らなければならないのに」と呟くのを、リアは聞き取ったものの、何も言えなかった。いまや誰がどう動いても、根本原因が掴めなければ事態は収束しないのだ。
「とにかく、私はダニエルを探して、先ほどチーフからもらった“あり得ないタイムスタンプ”のログを調べてみます。何か分かったらすぐ報告しますから」とリアが言うと、アンドリューは気まずそうに頷き、「頼む」と短く返して席を離れた。彼もまた次々に寄せられるトラブル報告の対処に追われているようだ。
会議室を出ると、いつにも増して廊下が蒸し暑い。空調が本格的に狂い始めたのかもしれない。リアは舌打ちをこらえながら端末にダニエルへのメッセージを打つが、やはり応答がない。
「いったいどこへ行ったの……」と小さく呟き、植物区画やエンジニア区画など、ダニエルが行きそうな場所を推測する。心の奥では、一刻も早くこの謎を解明しないと、データだけでなくコロニー住民の精神までも取り返しがつかないほど壊されると感じていた。
奥の廊下を進む途中、突然視界が暗転しそうな錯覚に襲われ、リアは壁に手をついて踏みとどまる。軽いめまいだが、まるで重力が一瞬乱れたようにも思えた。何とか息を整え、顔を上げると、通路の先に誰かが立っている影が見える。距離があるためはっきりしないが、その姿はダニエルにも見えた……かもしれない。
「ダニエル!」と呼んでみるが、返事はない。影が一瞬揺らぐように見えた直後、照明がチカッと点滅した時には誰の姿もなくなっていた。
リアは胸を押さえ、頭を振って意識をはっきりさせようとする。自分まで幻覚じみたものを見始めたのだろうか。ほんの数秒前まで確かに人影があったはずだが……。
「まずいな……私も疲れているのかな」と肩で息をして歩を進める。こうしている間にも、ガイア内部ではさらなるエラーや改竄が進行しているはずだ。人々が協力すべきこの時に、皆が互いを疑い始めている。いわゆる“疑心暗鬼”が広がり、アンドリューの手には負えなくなりつつある。
少し先の角を曲がると、数名のスタッフが小声で言い争っていたが、リアが声をかけると「あなたもか」と冷たい目を向けられるだけ。データ改竄の犯人を探し回っているらしく、誰も彼もが信用できない状況だ。
部屋から叫び声が聞こえ、誰かがドアを叩くような音もする。おそらくロック不具合で出られない住民がいるのかもしれない。リアは自分の無力さに胸が塞ぐが、ダニエルとの合流が先決だと自分に言い聞かせ、奥へと歩みを速める。
「待ってて、ダニエル。もしあなたがこの奇妙なログを見たら、何かヒントを見つけられるかも……」——そう願いながら、リアは資料の入った端末を強く抱え込む。
“原因不明のログ書き換え”“謎の時刻ズレ”“感情が尖る住民たち”——それらが単なる機器トラブルでないことは、理屈ではなく肌感覚として確信できている。もし本当にガイアを覆う“何か”があるなら、早く手を打たなければ手遅れになるかもしれない。
その“何か”がガイア内部に潜むのか、それとも外部からの干渉なのか、現時点では誰にも分からない。だが、このまま疑心暗鬼が増幅すれば、コロニーが理性を失うのは時間の問題だ。
リアは廊下の突き当たりで視線をめぐらしながら、次の瞬間、再び照明が微かに明滅した。すぐ近くで何かが動く気配……気のせいかもしれないが、やはり“視界の端”で怪しい影が動いているように感じる。
「私まで幻覚に飲まれたら終わり……」リアは震える声を出しかけたが、踏み止まって口を閉じた。
こうして、ガイアの研究者たちは互いを疑い、一部は幻覚らしき体験まで始め、ログ改竄の責任を押しつけ合う。アンドリュー管理者がいくら体面を保とうとしても、影は確実にコロニー全体を浸していた。さらに奥へと踏み込むリアの視界には、退路を失いつつあるガイアの姿が揺らいで見えるようだった。
どこに出口があるのか分からない。それでもリアは足を止めず、奥の区画へ急いだ。ダニエルと合流して、このログと奇妙な波形を解き明かすのが先だ。もしそれが不可能なら、コロニーは疑念と混乱の渦に沈んでしまう。
**“影”**がどこまで深く広がるかを、まだ誰も知らない。だが、このままだとガイアが最悪の結末へ進むのは目に見えている——リアは胸の痛みに耐えながら、薄暗い廊下をさらに突き進んでいった。