見出し画像

【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#3

 研究区画を出てエンジニア区画に向かう廊下は、夕方モードに移行した照明のせいか、薄暗いオレンジ色に染まっていた。いつもなら穏やかで落ち着いた時間帯だが、今の雰囲気はどこか張り詰めている。リア・ハーパーとエマ・ルイス、それに先ほど合流したエンジニアのダニエル・ヴァン・オールデンは、急ぎ足でシステム班のラボを目指していた。

 「さっきのモニター、再起動どころかログ自体を食われたみたいで……」とダニエルが口火を切る。彼は普段クールな口調だが、汗ばむ額を拭く仕草に焦燥が見えている。「バックアップから復元するとしても、全てが元通りになる保証はない。妙なデータノイズが記録に混じってるんだ」

 リアは足を止めずに問い返す。「私がセキュリティ用の別端末にコピーしたログも、勝手に書き換えられないか心配だわ。何者かが故意に改ざんしているのか、それともシステムそのものの深刻なバグなのか……」

 エマは少しうつむき、「バグでこんな連鎖的な書き換えが起こるかしら。もしも外部の……いえ、なんでもない」と言葉を濁した。彼女は先ほど「外部干渉では」と匂わせてしまったが、それ以上の根拠は持っていない。結局、皆が不安を胸に秘めたまま、なんとか原因を突き止めようと動いているだけだ。

 途中の廊下で、作業服姿のスタッフ同士が言い争う声が聞こえた。
 「昨日のログを消したのはお前だろ! どうして嘘をつく!」
 「違う、俺はそんな操作してない! 証拠もないくせに……!」
 見ればどちらも疲弊している様子で、顔色は悪く苛立ちを隠さない。リアたちは一瞬、仲裁に入るべきか迷ったが、あまり深入りしても状況が分からず、やむなく通り過ぎる。怒りの矛先がどこか見えないものに向かっている印象があった。

 ダニエルが息を吐き、「コロニーの記録システムがあちこちで狂ってるのに、管理者はあんまり動こうとしないんだよな……。アンドリューさん、さっき“それぐらいで大騒ぎするな”って」と愚痴まじりに言う。
 エマは「そりゃあ管理者としてはパニックを恐れてるんでしょうけど。実際、こうやって住民同士が衝突し始めてるし……」と肩を落とす。空気はどこか息苦しく、誰もが不機嫌か神経質に見えてしまう。

 そのとき、廊下の照明が一瞬明滅し、軽いフラッシュのように光が走った。エマが思わず目を覆い、「今の何……?」と震える声を出す。ダニエルも迷わず天井を見上げ、「照明までも故障か?」と焦るが、すぐに光は安定して何事もなかったかのように戻った。
 リアは唇を噛み、「システム班に急ぎましょう。一連の異常をまとめて報告すべきよ」と決める。このままでは記録が失われるだけでなく、コロニー機能全体が危険にさらされるかもしれない。

 やがてエンジニア区画の奥にあるラボへたどり着くと、中にはシステム班の担当者たちが慌ただしく動き回っている。何台ものコンソール画面が点滅し、バックアップを再構築する作業が進行中らしい。チーフらしき人物がリアたちに気づき、手短に挨拶する。「すまない、こっちもログ復旧に手一杯だ。あなたたちの報告は簡潔に頼むよ」

 ダニエルが一歩前に出て、乱雑になった端末を差し出す。「これが植物室の観測ログなんだが、勝手に再起動した上に大半が書き換わりかけた。オレたちの方でバックアップを取ったが、同じノイズが混じってる」
 チーフは苦い表情でそれを受け取る。リアも追加情報を補足する。「私の端末にはまだ一部のオリジナルデータが生きていますが、同じく奇妙な痕跡があります。いったい何が起こってるんです?」

 チーフは眉を寄せて端末を操作し、「ウチでも似た報告が何件も来てるんだ。改竄とも言えないほど微小だけど、気づくと何度も書き換えが進行する。どうやらセキュリティログにもいくらか歪みがあって、誰が操作したか特定できない。ハッキングの類かもしれないが、意図不明すぎる」と困惑を示す。
 「ハッキング……」エマが一瞬表情を強張らせる。「だとすれば外部からの攻撃? ガイアに恨みでもある人が?」
 リアはそれを否定しきれないが、何か違和感を覚える。“単なる妨害目的”にしては効率が悪い。しかも住民たちの精神不調まで説明がつかない。

 チーフはため息をつき、「とにかく、管理者はあまり大騒ぎさせたくないらしくてね。全面的なシステム再起動も許可が下りない。私たちは部局ごとに局所的なバックアップ復元を試してるが、こういう書き換えは私の経験上見たことないよ。もしかしたらハードウェアではなく、もっと根源的なレベルでログが‘侵されている’んじゃないか……」
 最後の言葉に、リアの背筋がぞくりとした。侵されている——人為的とは言えず、システム上のバグともいえず、何か別の力が入り込んでいるかのような表現だ。

 そうこうしているうち、別のスタッフが大声で呼びかける。「チーフ、またバックアップが壊れてます! 復元が途中で止まって、バイナリが書き換えられたみたいに……!」
 チーフは顔をしかめ、「まったく、時間が足りないな。すまないが皆さん、ログはここに置いていってくれ。こちらで可能な限り解析してみる。原因が分かったら連絡するよ」と忙しそうに立ち去った。

 リアたちは引き留めようとしたが、他にも同じような報告に追われているらしく、今すぐ詳しい話を聞くのは無理そうだ。ダニエルがラボを見渡し、「この状態じゃ、何も期待できないな……自力で事態の本質を探るしかないか」と嘆く。エマは「ああ、もうどうすればいいの」と頭を抱える。

 リアは2人を見回して、「とりあえず、私たちのオリジナルデータは残ってる。念のため複数の外部媒体にコピーして保管しておきましょう。大きな会議室に移動して、何が起きているか再整理しましょう。管理者に改めて報告するにしても、はっきり伝えられる根拠が要るわ」と決めた。
 ダニエルは無言で頷き、エマも暗い表情のまま同意する。システム班が混乱している以上、誰かがデータの取りまとめをして全体像を掴むしかない。リアたちはラボを出て、静まりつつある廊下へ足を踏み出した。

 廊下を歩く間、リアはふと視界の端で何か動くのを感じたが、振り返ってもそこには誰もいない。エマにちらっと目線を送ってみたが、彼女は気づいていない様子。
 「まさか、私まで幻覚じみたものを見てる? そういえば数日前も葉が勝手に揺れているように見えた。データ書き換えだけじゃなく、私たち自身の認知も歪められているのか……?」そんな考えが脳裏をよぎり、喉の奥が冷たくなる。これは単なるハッキングやバグとは違うのでは?

 足早に会議室へ向かうと、通路の奥から誰かがリアを呼ぶ声がした。「リア、待って!」
 振り返ると、管理者アンドリューが少し汗ばんだ顔で立っている。先ほどはクールな態度だったが、今は焦りを帯びた眼差しだ。「研究区画でまたログ改竄が起きたとか、スタッフ間のトラブルが増えてるとか、いろんな報告が来た。すぐに対策会議をするから君たちも参加してくれないか」

 思いがけない展開に、リアはまぶたを瞬かせた。「私が声を上げても聞き流していたのに、何か大きな事態でも起きたんですか?」
 アンドリューは苦渋の表情で、「あまり大ごとにしたくはなかったが、どうやらこれ以上放置できないレベルに来てるらしい。詳細は会議室で話そう」と言うと踵を返して歩き始める。そこにはいつもの自信家のオーラが見えず、ただ混乱を抱えた管理者の姿があった。

 ダニエルとエマが顔を見合わせ、リアは「分かりました。行きましょう」と答える。こうして3人は管理者のあとに続く。
 コロニーに走る“静かな異変”は、徐々に規模と深刻度を増している。それを一掃する方法は見当たらないまま、住民たちの不安や疑心暗鬼が増大しつつある。リアは胸の奥に広がる重苦しさを抑えきれないまま、管理部門の会議室へ向かう足を速めた。
 “理性のコロニー”と評されたガイアが、揺らぎ始める足音を彼女ははっきり感じ取っていた——。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集