【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - ガイアの浸蝕」#14
薄暗い廊下を進むリア・ハーパーの耳に、断続的な衝突音がこだまする。どこか遠くで器具が倒れる音や、住民同士が激しく口論する声が混じり合い、まるで混沌が重苦しい鼓動を刻んでいるようだ。ここ数日の混乱は頂点に近く、コロニー全域で疑心暗鬼が渦巻いている。彼女は急ぎ足で安全とは言えない通路を駆け抜け、管理棟へ向かっていた。
「制御室か、あるいは脱出ポッド発進デッキがまだ稼働していれば……」そんな期待を抱きながら曲がり角を抜けるが、壁に貼られた案内パネルはすでに点滅し、文字をまともに読めない状態だ。リアは喉の奥で舌打ちを噛み殺し、記憶を頼りに足を動かす。かつてはここで各区画への行き方が丁寧に表示されていたというのに、今は干渉波の影響か大半が乱れ、使い物にならない。
途中、小さなスペースに作り付けられた椅子で、住民らしき男が動かず座り込んでいた。顔は灰色に沈み、端末を握ったまま震えている様子だ。リアは迷うように足を止めたが、声をかけても反応は返ってこない。彼の瞳は焦点を失い、何かに心を奪われたかのようだった。
「ごめんなさい、今は……私も急がないと」リアはかすかに呟き、胸を痛めながら男の横を通り過ぎる。全員を救いたい気持ちはあっても、自分にできることには限度がある。もし外部へ出てSOSを発信できれば、あるいはより多くの手を差し伸べられる可能性があるはずだ。
管理棟に近づくにつれ、物音が次第に少なく感じられた。怒声や衝突音が一巡して、静寂が広がっている。だが、その静けさがむしろ不気味に映る。コロニーの中心的エリアであるはずの場所が、このまま無人化してしまったのか、あるいは混乱を極めて何も聞こえなくなったのか……。
「どうして、こんな形で理性的だったはずのガイアが壊れていくの……」リアは胸中に湧く絶望感をかき消すように歩を速める。目指す先は、管理棟のサブコントロールルームか緊急ポッド発進デッキだ。どちらかが生きていれば、通信復旧や脱出手段が得られるかもしれない。
視界の奥で、複数の扉が開きっぱなしになっているのが分かる。近づくにつれ、そこがポッド発進デッキの前室であることに気づいた。壁のインジケーターはほとんど点灯していないが、かすかに“EMERGENCY POD”の文字が読み取れる。
「やっぱりここが発進デッキの入口……」リアは希望を感じつつ、注意深く中を覗いた。コントロールパネルが壁際にあり、その奥にはポッドの格納スペースらしき通路が伸びている。だが、人影は見えない。誰も管理していないまま放置されているのか。
中へ足を踏み入れると、床に散らばった書類やパネルの破片が視界を遮る。ケーブルがむき出しになった場所もあり、まるでここで何らかの衝突があったようだ。リアは軽く息をのんだが、一歩ずつ注意深く進む。
どうやらメインの電源は断たれており、非常用の照明が薄ら暗く空間を照らしている。目を凝らして奥を覗くと、宇宙空間へ繋がるはずのゲートがかすかに見えた。ポッドのハッチは閉ざされているが、全く動かせない状況というわけでもなさそうだ。
「お願い……動いて……」リアはそう祈るように呟きながら、壁沿いに取り付けられたコントロールパネルに近づく。端末を起動しようとするが、画面は真っ黒のまま。無理やり再起動を試みると、ちらつきながらロゴが浮かび上がった。
「まだ完全に死んではいないみたい。けど、動力は不安定ね」と唇を噛み、端末を使ってポッド制御にアクセスを試みる。ログイン画面こそ出るものの、データが乱れており、フリーズと再起動を繰り返すだけだ。
数度のリトライで、緊急メニューに少しだけ入り込むことができた。そこには「LAUNCH OVERRIDE(発進オーバーライド)」や「SYSTEM DIAG(システム診断)」といった項目が並ぶが、多くがグレーアウトしている。何かしら管理権限か手動解除が必要なのかもしれない。
「くっ……。もし発進できても、軌道上で干渉が続いていたらどうなるんだろう」リアは端末に向かいながら自嘲ぎみに笑う。それでも、試さなければならない。少なくともここでくすぶっているよりは望みがある。
手動オーバーライドを試そうとしたその時、背後でわずかな足音を感じた。振り返ると、一人の住民が壁際に立ってこちらを見つめていた。頬がやつれ、瞳には困惑と恐怖が宿っている。
「あなた……ポッドで外へ行くつもり?」小さな声に、リアは端末から手を離して相手を正面に見る。「はい、外へ出てどうにか通信を回復しようと。ここでは何もできないと判断したんです。あなたは……?」
住民は不安げに視線を落とす。「私もどうしたらいいのか分からない。もし本当に干渉波がコロニーを覆っているなら、外だって安全じゃないかもしれない。でも……このままじゃ何も変わらない。連れて行ってくれない?」
その声にはわずかな決意と、すがるような思いが混ざっている。リアは即答を避け、周囲を見回す。緊急ポッドには人数制限がある上、操縦も不確かだ。複数人で出るリスクは高まるが、仲間がいれば心強い面もある。
「正直、私も確信はないの。発進できるかどうかさえ……」リアは口ごもるが、相手は「もう、ここにいても死ぬだけかもしれない」と暗い表情で訴える。周囲には他の住民はいないのか、彼女が一人でここまで来たのかもしれない。
「分かった。時間が許すなら、一緒に試してみましょう。けど、この端末が使えるか分からないし、外に出られたとしても軌道上で何が起きるか……」と言いかけたところで、突如としてパネルの画面がノイズまみれになり、ポッドハッチへの接続が一瞬切断される。まるで見えない手が邪魔をしているかのようだ。
リアは歯を食いしばり、「まだ……まだやれるはず」と端末を操作し直す。もしこのまま何もせずコロニーにとどまっても、干渉がさらに強まって理性を失う未来が待つだけ。そう思えば、どんな小さな可能性にも賭けるしかない。
「あなたも手伝って。画面が乱れたら教えて」そう言って彼女に端末の一部を見せる。彼女は固い表情のまま頷き、そっとリアの肩越しに画面を覗いた。
こうして、コロニーを出る道を探る二人の協力が始まる。いまだに全ての予報は暗雲でしかなく、干渉波が外部まで浸透しているかもしれない。だが、ここで終わるか外に活路を見いだすか——それがガイアに残された最後の勝負どころなのだ。
「絶対、私は諦めない。……みんなが残してくれた時間を無駄にしないためにも」リアは強く思いながら、再度ポッド制御へのアクセスを試みる。その先に待つのが破滅か救いか分からなくても、すでに後戻りできる状況ではなかった。