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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#23
第8章「終局への導線」
アレオーンコロニーのメインドームでは、人工の昼夜サイクルが一巡し、新たな朝を迎えているはずだった。だが、住民たちの顔に浮かぶのは安堵ではなく、漠然とした不安と疲労。あちこちから、小規模な記憶の混乱や視界の揺らぎを訴える声が聞こえていた。ラティス干渉は確実にコロニー全域へ侵食しつつあるのだろう。巨大な嵐の前触れを感じながら、人々は静かに息を詰めている。
その一角に位置する研究区画では、ミラたちが作業に打ち込んでいた。彼女たちは干渉抑制や認知スイッチの試作をある程度完成させ、最終検証に移る段階に到達していた。工作室を出て、より大きな装置を組み立てるためのスペースが必要になったからだ。周囲のスタッフも協力に入り、いまやコロニーの一大プロジェクトとして動き始めている。
スンは複数の端末を切り替え、ラティス干渉の検知プログラムと回路制御のコードを同期させようと奮闘していた。隣ではレイニーが薬を飲みながらモニタをチェックし、イレギュラーが起きないよう細心の注意を払う。エリオは資材庫から運ばれてきたセンサーとアークワン(Arc-One)補助ユニットを組み合わせ、仮想的な“認知スイッチ”の要となるハードウェアを微調整している。
ミラはそんな三人を見守りつつ、自分も暗号断片の最終整合を急いでいた。もし次の大干渉が来たとき、あの封印プロトコルか対話の鍵を試すにしても、暗号をある程度読み解いておく必要がある。その作業を妨げるほどの頭痛や吐き気は、ありがたいことに今のところ起きていない。
「これで準備した機器が、干渉の強度をリアルタイムに可視化できれば、次の実験でミラが危険領域に踏みこむ瞬間を捉えて、強制停止できるかもしれない」――スンがデータをホログラムに投影しながら口にする。声には疲労が混じっているが、どうにか持ちこたえているようだ。
レイニーがモニタを覗き込み、「問題は、ミラがラティス深層まで到達する前に装置を活かせるかどうかね。妙な誤作動が起こらないといいけど……実際、暗号の大半がまだ解明できていないから」とつぶやく。
彼女の視線がミラに向けられた。その暗に含むところは「あなたにかかっている」というメッセージなのだろう。ミラはほのかな苦笑を浮かべ、「暗号解読を可能な限り進めておくわ。最終的に私が干渉下で読み取る際にも、最低限のヒントがあるだけでも違うはずだし」と返す。
「頼むわ。もし干渉が加速したら、私やエリオが今回も倒れる可能性があるから……」とレイニーは意地でも明るい表情を装おうとするが、その奥には恐怖が拭えない。あの地獄のような頭痛と視界歪み、記憶の混乱を再び味わいたくないのは当然だ。
エリオは配線を確認する手を止め、「封印だとか対話だとか、博士の暗号にはそんな単語まで載ってるって話だけど、俺たちはどっちの方向に向かうんだろうな……。正直、ラティスを完全に封印できるならそうしたい気もするけど、もしかしたら対話の余地があるのか?」と素直な疑問を口にする。
レイニーは無言のまま頷いた。封印か対話か——それはどちらも未知の領域であり、博士の書き残した計画がどちらを主眼としていたのかは定かではない。しかし一部の断片には「共存」を示唆する記述も見られるらしく、チーム内でも意見が割れている。
「分からないね。でも、コロニーを救うためには“何らかの形でラティスを封じる”か、“同意を得る”しかないと思う。ずっと記憶や認識が書き換えられ続ける状況じゃ生きられないし」――スンが肩越しに言う。ミラはその言葉に静かに同意した。たとえ強大な存在であろうと、今のまま人々を苦しめるなら、一方的に支配されるわけにはいかない。
そうした会話が飛び交う中、部屋には独特の連帯感が漂っていた。巨大な嵐を前にしても、まだ戦えるという勇気が微かに芽生えているのだ。辛うじて完成に近づく装置や暗号理論への期待が、全員をつなぎ止めている。
ミラもまた、自分が皆より干渉に強いかもしれないと実感しはじめている。そこに疑問や罪悪感があっても、今は仲間を助けるためにこの特性を使うしかない。それが博士の暗号に応じる唯一の道なら、腹をくくるしかなかった。
「そういえば、レイニーが言ってた“第二ゲート”って、どのぐらいヤバいんだろうね。今回の干渉よりも遥かに強烈って可能性が高いんだよな」エリオがため息混じりに言う。彼は昨日の苦しさを思い出し、思わず身震いする。
レイニーは画面に映る文字列をつつき、「私が調べた限り、第二ゲートは干渉そのものがさらに深く作用し、一瞬で記憶を崩壊させるリスクをはらんでいるみたい。博士はそこを無理やり突破してラティスへと到達することを想定した節があるわ……。正直、想像するだけで胃が痛い」
スンは自分の端末に目を戻し、「ただ、それを封印なり対話なりの鍵と呼んでいる以上、博士は先に行ってしまった可能性もあるんだよね。探しに行こうとしても、今はそれどころじゃないし……」とぼそりと口にする。その言葉に少し空気が重くなる。博士の行方は謎のまま、コロニーではラティスが猛威を振るいかけている。探せないことへのもどかしさが全員の胸をチクリと刺すが、行動を変えられはしない。
ミラは意を決して声を上げた。「博士の行方を突き止めるのは、私たちが今の干渉危機を乗り越えた後。どちらにしてもこの事件を解決しないと、コロニーが持たないわ。博士がもし今もどこかで干渉の深層にいるなら、いずれ私たちが封印作業の途中で見つけることになるかもしれないし」
言葉にははっきりとした覚悟が宿っていた。スンもレイニーもエリオも、咎めるわけでなく首を縦に振る。まずはコロニーと皆を守る手立てを完成させる。それが博士が残した暗号の遺志に沿うはずなのだ。
そこへスタッフが何人か入ってきて、調整中のパーツや端末を追加で運び込んだ。スンは一瞬で気配を切り替え、「ありがとう、そこに置いて。すぐこちらで確認するから」と声をかけ、再びモニターに向かう。
レイニーは椅子から立ち上がり、わずかにふらつく姿を見せながらも、運ばれたパーツを確かめ始める。エリオは「俺は一旦電源ラインをチェックする。干渉が強まったときにショートしたら元も子もないからな」と苦笑混じりに作業を続行。ミラも感謝を込めた微笑みを見せ、「無理しないでね」と小さく声をかける。
こうして装置完成へ向けた最終段階が加速していく。皆がいま抱えている痛みや不安をしまいこむように動き、昼へと移ろう時間のなかで黙々と働き続けた。
廊下のほうで誰かが呼びかける声が聞こえるが、ミラたちには聞こえていないかのようだった。全神経を作業に注ぎ込む姿には、もう後がないと気づいている者の迫力があった。いずれラティス干渉が再来するのは時間の問題であり、コロニーに猶予はほとんど残されていないのだ。
「みんな……もう少し。ここを乗り越えれば、この事件を一旦終息できるかもしれない」ミラは小さく心の中でそうつぶやき、ツールを握り締める。博士がどこへ行ったのか、封印か対話か、先には謎が山積みだが、この段階を越えねば何も始まらない。
そして、装置が完成したとき、さらに深い干渉と衝突する瞬間——それこそがこの事件の終局へ至る決定打になるかもしれない。ミラはそのビジョンを目の奥に焼きつけながら、一心に端末の文字を見つめ続けた。