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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#1
第1章 静穏な軌道の違和感
木星近傍のコロニー「アレオーン」は、光と闇の概念が薄まる領域に浮かんでいた。回転型モジュールが生み出す人工重力、再循環される空気、そして外部に広がるのは不安定な磁気圏と微粒子の乱舞。アレオーンには数百名ほどが滞在し、研究や資源採掘、観測任務に従事している。地球の豊富な文化や情報から遠く離れ、ここでは全てが単調なルーチンに包まれていた。
ミラ・カザレフは、そんなコロニーで働く宇宙探査官だ。地球圏での学問的キャリアを捨て、現場で未知を解明しようと外宇宙へ飛び出した彼女にとって、この場所は「前線基地」と呼ぶべき戦場だった。戦う相手は生命ではなく、空虚な宇宙の秘密や、時折顔を出す説明不能な現象たち。彼女はその最前線で、日々メンテナンスや調査に忙殺されている。
この日もミラはコロニー外縁部でメンテナンスドローンの調整を終え、内部整備区画へ戻ってきた。スーツを脱ぎ、保管ラックへ収める。身体にはほのかな汗が滲むが、作業自体は予定通り。問題があるとすれば、最近頻発する軽微なトラブルだった。
通信が妙に遅れることが増えた。ごく短い時間、端末反応が鈍る。ドローンが予定より数秒単位で不自然な挙動を見せる。計器ログには、ほんの小さな欠損が散見される。単体で見れば微々たる瑕疵だが、積み重なれば何らかの異常を示唆しているかもしれない。
ミラはアークワンという腕装着型端末を操作し、ドローンD-17の整備ログをチェックする。通常なら整然と並んでいる時系列データに、小さな「穴」が開いている。さっき整備した際には気づかなかったが、ほんの数分前のデータに断片的な空白がある。ありふれた機器故障かもしれないが、彼女の勘が「ただの故障じゃない」と告げる。
「クラウディア、D-17の直近ログ異常を分析して」とミラはAIに問い合わせる。
アークワンの画面に、アレオーン中枢AI“クラウディア”からの応答を待つが、数秒の沈黙。ようやく出力されたのは断片的なステータスと中途半端なコード列で、明確な報告になっていない。
「通信障害かしら…」ミラは首をひねる。中枢AIがこんな曖昧なレスポンスを返すなんて珍しい。
外乱要因?磁気嵐はレポートされてないし、コロニー内部で妨害が?ミラは整備室を出る。薄暗い通路に足を踏み入れると、いつもと同じ空調音が響くはずなのに、微妙な圧迫感が空気中に漂っている気がした。
廊下の照明が、わずかにトーンを落としている。パネル上では定格出力なのに、実際には光が灰色がかって見える。不審だが、直接害はない。ミラは規格上の正常値と実際の感覚のずれに苛立ちを覚えつつ、次のステップを考える。
「研究主任かセンサー担当に話を聞こう」
ミラは意を決し、コロニー中層にある研究区画へ向かう。そこには各種観測データを解析する端末や専門家がいて、異常の原因をつかめるかもしれない。
通路を歩くうち、背筋に微かな寒気が走った。遠くで何かが金属を擦るような音がした気がして立ち止まるが、物理的な異音を示すセンサー反応はない。彼女は自分自身の感覚を疑う。
つい先ほどまでの短い間に、いくつかの小さな異常が積み重なっている。通信遅延、小さなログ欠落、曖昧なAIの応答、照明の不自然な色調。そして説明不能な圧迫感…。単独では取るに足らないが、こうも連続すれば無視できない。ミラは探査官としての本能を研ぎ澄ませる。
研究区画への経路で、同僚らしき人影が視界の端に映った。しかし、呼びかけるより前にその影は曲がり角の先へと消える。急ぎ足で追うが、角を曲がった時には誰もいなかった。
「気のせい?」
ミラは苦笑するが、同時に警戒を解かない。気のせいで片付けるには、コロニー内部はあまりにも安定した環境であるはずだ。
研究区画前のアクセスパネルに手をかけると、ほんの僅かではあるが、認証処理が通常よりも遅い。ミラはタップを繰り返すうち、この微妙な遅延が一種のパターンを持つように感じてしまう。勘違いかもしれないが、嫌な予感は膨らむ。
宇宙探査官としてのミラの仕事は、未知を解明し、突発事態に対応することだ。ここは前線であり、異常が兆候を見せたなら早期対処が鉄則。
通信メンテナンスか、データベースの一時障害か、単に機器故障の連鎖なのか…。いずれにせよ、彼女はこの不確かな不協和音を放置できない。少なくとも、いま彼女が抱く違和感は、単なる疲労やストレスではないように思える。
薄暗い通路の先、コロニー内部を漂う見えない緊張が、ミラを試しているかのようだった。
彼女は自分に言い聞かせる。「落ち着いて、原因を探ろう。」AIクラウディアが不明瞭なら、物理的な記録や直接話を聞くしかない。研究主任のもとで何か分かるだろうか。
ミラはゆっくりと深呼吸し、ブーツの底でわずかな振動を感じながら歩き出す。何かがこのコロニーで蠢いている――まだ形の見えない「何か」。記憶や認識を微妙に攪乱する存在がいるとしたら、いずれ明確な痕跡を残すはずだ。
その時、背後で金属製ハッチの閉まる音が小さく響いた。振り向いても、誰もいない廊下が続くだけ。
「気のせいじゃない…」
呟いた声は静かに吸音壁に染み込み、反響しない。彼女は謎を解くため、そしてこの不穏な違和感の正体に辿り着くため、さらに内部へと踏み込んでいく。