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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#3

  コロニー内部を繋ぐメイン通路から分岐し、ミラ・カザレフは小型観測モジュールへ向かう。そこは特殊な環境データを独立して記録する副次的システムを備えた区画で、もしメイン系が書き換わっているのなら、ここが比較対象として有用なはずだ。

 道中、アークワン(Arc-One)を頼りに位置情報を確認するが、時折発生する微細なちらつきは続いている。わずかな不一致、数値の揺らぎ、秒単位の遅れ。ミラは溜息を殺し、脚を進める。いずれ何か大きな矛盾点が浮上するだろう。その時こそ確信が持てる。

 突き当たりで左へ曲がると、バイオ実験室や気象シミュレーション装置が並ぶ一角がある。バイオ実験室のドアは半開きで、中から誰かの声が聞こえた。慎重に近づくと、女性スタッフが一人、端末を睨みつけている。彼女はレイニーと名乗る生化学者だったはずだ。

 「レイニー、何があったの?」ミラが問いかけると、レイニーは振り向き、微妙に困惑した表情を見せる。
 「ミラ…よかった、誰か来てくれた。ここ数分、測定した微生物培養データが…なんだか変なのよ。さっき記録した菌株の成長率が、もう一度確認すると違う値になってるの」
 ミラは心中で「またか」と呟く。データが書き換わる現象は研究区画だけでなかった。

 「他のラボでも似たような話を聞いたわ」ミラは淡々と答える。「念のため、第二観測モジュールで独立ログを調べようと思ってる。ここで起きていることを裏付けるために」
 レイニーは首を縦に振る。「私も何か手伝えることがあれば言って。カーター博士を探そうとしたら、通信が妙な雑音に妨害されて、結局所在が分からなくなってるの」

 カーター博士の所在不明、データ書き換え、AI応答の曖昧化――複数の異常が重なり合う。ミラはレイニーに「気をつけて」とだけ言い残し、目的地へ急ぐ。全てを理解するにはまだ時間が必要だが、手がかりを積み重ねることが先決。

 観測モジュールへのアクセスドアは、研究区画から二つ先のハブノードを通って右手にある。そこには独立系統の粒子監視装置や地磁気分布ログを収集する装置があるはずだ。メインラインとの乖離があれば、ここで突き止められるだろう。

 ミラはアークワンでドア認証を行い、中へ。内部は狭く、操作パネルが壁に張り付くように配置され、光学センサーが並ぶ。ここでの日常業務は定期的な計測値を自動保存するだけで、普段人は常駐していない。

 コンソールを起動し、過去数時間分のログを引き出す。驚くべきことに、ここでは値が比較的安定している。表面的にはメイン系と大差ない数値が並ぶが、ミラは細部を凝視する。もしメイン系が改変を受けているなら、独立系と微妙な差分が出るはず。

 期待したほど明確な差異はない。しかし、粒子計測値の一部に、ほんの僅かだがメイン系とは異なるパターンが存在した。たとえば、特定時刻でメイン系が「0.103」を記録する場所を、こちらは「0.102」と示している。誤差範囲内かもしれないが、この区画では校正誤差を最小化しているため、0.001の差すら不審だ。

 「やはり何かが記録をいじっている…?」ミラは目を細める。故意なのか、自然現象なのか、エクソペアの影響なのか断定できないが、少なくともデータが普段とは異なる性質を帯びていることは確実だ。

 アークワンを通じてクラウディアAIに再問い合わせするが、やはりスムーズな返答は得られない。AIが正常稼働を続けているなら、こんな曖昧な応答はしないはずだ。
 そこで、ミラは試しにローカルな演算処理で「比較スクリプト」を走らせる。メイン系と独立系のログを突合し、時刻ごとの差分をリストアップしたいのだ。

 スクリプトが回る間、ミラは静かな装置室を見渡す。ここには人がいないが、機械群は低い唸りを発しており、その定常音がかえって神経を研ぎ澄ませる。周囲の空気は最初よりわずかに重く感じ、身体が軽く汗ばんでくる。精神的圧迫なのかもしれない。

 数十秒後、アークワンの表示に差分リストが現れた。時刻と数値の微妙な揺らぎが散発的に記録されている。明確な周期性はないが、短時間間隔で小さな書き換えが起きている印象。まだ確定的ではないが、外的な干渉が繰り返されている可能性が高まった。

 「この程度のズレなら見過ごされてもおかしくない…」ミラは唸る。従来の発想でいえば、計測誤差と片付けられる微小変動だ。しかし、同様の話が複数の区画で起きている。全てが偶然とは思えない。

 彼女はアークワンのログを保存し、また廊下へ戻る。今度はカーター博士を探してみるべきだろう。スンやレイニーでは断片的な情報しか得られなかったが、博士はラティスという名前や記憶確認という謎めいた行動から、何か事実を掴んでいる可能性がある。

 通路は相変わらず静か。アークワンで博士の生体チップIDを検索するが、位置情報が一定ではなく揺れ動いているように見える。こんなことが起きるなんて、メイン系が狂っているか、博士がIDを干渉したか。どちらにしても不自然だ。

 「何を隠しているの、博士…」ミラは自問する。
 否、博士だけでなく、このコロニー全体が何かを隠しているかのようだ。データ書き換え?記憶違い?AI応答の曖昧化?全てが結びつけば、いずれ一つの答えが浮上するかもしれない。

 ふと、遠方で人の声が聞こえた気がして、ミラは足を止める。静寂を破る微かな音。しかし次の瞬間には消え、彼女は唇を噛む。幻聴なのか、誰かが逃げたのか。

 ミラは慎重に立ち止まり、もう一度考える。データ上の小さなズレ、一時的な位置情報の揺らぎ、スタッフの不在、カーター博士の奇行――全てが小さな亀裂でしかない。しかし、こうした亀裂が積み重なれば、やがて大きな崩壊を招くかもしれない。

 今はまだその正体がエクソペアによるものか、あるいは内部的な反乱や装置の潜在的不具合かは分からない。だが彼女は探査官だ。未知と向き合うためにここに来たのだから、逃げるわけにはいかない。
 心中でそう決め、ミラはアークワンを握り直す。
 「少しずつでもいい、謎をほぐしていこう」
 そう心に誓い、コロニー内の別エリアへ、博士を探しに行く決意を固めた。


登場人物紹介

名前:ミラ・カザレフ
年齢:28歳
職業:宇宙探査官(サルベージや未知現象の調査を専門とする)
性格:
冷静沈着: 困難な状況下でも冷静さを保ち、理性的に対処する。
強い責任感: コロニーの安定と安全を守るために尽力する。
探求心旺盛: 未知の現象や謎を解明することに強い興味を持つ。
プロフェッショナル: 任務に対して真摯に取り組み、高い専門知識を持つ。内向的な一面: 孤立した環境下でのストレスや不安を抱えることもあるが、それを表に出さずに対処する。

名前:スン
年齢:35歳
職業:分析官
性格:
分析的: データ解析や問題解決において高い能力を発揮。
内向的: 一人で集中して作業することを好むが、チームプレイも可能。
不安気: コロニー内での異常現象に直面し、心理的に影響を受けている。
信頼できる: ミラとの信頼関係が強く、協力的に行動する。
慎重: 無闇に行動せず、状況を冷静に判断する傾向がある。

名前:レイニー
年齢:26歳
職業:生化学者
性格:
協力的: ミラや他のスタッフと積極的に協力し、チームワークを大切にする。
観察力が高い: データの変化や異常に敏感に気づく能力を持つ。
柔軟性: 予期せぬ状況にも柔軟に対応し、適応する力がある。
不安げ: コロニー内の異常現象に対して不安を感じつつも、前向きに対処しようとする。
細やか: 小さな変化や細部に注意を払う性格。

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