【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#11
第4章「仄暗い糸口」
研究区画内の一室を仮設の分析拠点とし、ミラ・カザレフはスンやレイニー、そしてセンサー担当の技術者数名と共に机を囲んでいた。照明は通常よりやや落とされ、ホログラム投影が見やすい環境を整えている。中央には、暗号化されたファイルの断片や、ベースラインログとの対比結果が投影され、空中に淡い図形や数値列が踊っていた。
「ここに記された数値と、こっちの古いログとを突き合わせたら、ある種の変動パターンが見える気がする」スンが指先でホログラムをなぞる。
レイニーが小声で応じる。「確かに、完全なランダムではなく、不規則な中にも揺らぎの周期が存在するような…どう説明すればいいのかしら、まるで誰かが意図的にノイズを注入しているみたい」
ミラは椅子に腰掛け、アークワン(Arc-One)を脇に置いて考え込む。彼女が収集したファイル群には、特定の暗号スキームが使われており、普通のデコーダでは歯が立たないようだ。内部には「ニューロ・ラティス」関連の情報が紛れ込んでいるらしいが、断片的すぎて全体像が見えない。
「解読には、特別なキーか、あるいは博士が残した何らかのパスが必要かもしれないわね」ミラは静かに言う。
技術者の一人が深く息を吐く。「カーター博士はとても慎重な人だったと聞いています。高度な暗号化プロトコルを個人的に実験していた可能性もある。もしそれが何らかの緊急時対応を前提にしているなら、どこかに秘密のヒントがあるはず」
「秘密のヒントね…」ミラはホログラム画面を眺めながら唇を引き結ぶ。博士の部屋やラボを既に何度か調べたが、明確な手掛かりはなかった。だが、もしかすると見落としている場所があるかもしれない。あるいは、クラウディアAIの中枢へ行けば、博士が残した特権キーが隠されている可能性もある。
「スン、中枢AIの状況はどう?」ミラは視線を彼に向ける。
スンは肩を落とす。「依然としてノイズ混じりで断続的な応答しか得られない。でも、一瞬だけ博士の個人キーらしきフラグメントが表示された気がするんだ。ごく短い瞬間でスクリーンショットも取れなかったけど…」
「なるほど…一瞬でも現れたのなら、もう一度アクセスを試せば何か得られるかもしれない」ミラはわずかに首肯する。
レイニーが少し戸惑い気味に言葉を挟む。「でも、中枢AI付近はセキュリティが厳しいし、最近はアクセス障害が多いって聞いたわ。危険はないの?」
ミラは笑みとも溜息とも言えない表情を浮かべる。「安全と言い切れないけれど、このまま手詰まりでいるわけにもいかない。私が行ってみるわ。もし博士が本当にキーを仕込んでいるなら、中枢AIに何らかの痕跡が残っているはず」
その言葉に、場の空気がまた少し緊張する。今、誰もが不安を抱えているが、それでも行動しなければ状況は悪化する一方だ。ミラが毅然と行動する姿勢を示すことは、他のスタッフにとっても励みとなる。
「僕も一緒に行くよ」スンが手を挙げる。「一人で行くより、二人の方が解析にも迅速に対応できる」
ミラはスンに目を合わせ、静かに頷く。「分かった、頼りにしてるわ。レイニーや他の技術者は引き続きここで解析を進めて。解けない暗号でも、いくつかの断片情報が得られれば、私たちが中枢AIで見つけたヒントと結びつけられるかもしれない」
レイニーは目を伏せたあと、力強く頷く。「分かったわ。私たちもめげずに取り組むから、気をつけて行ってきて」
短い打ち合わせを終え、ミラとスンは立ち上がる。メイン通路へ出ると、先ほど感じた静止感がわずかに変化している気がする。人々は依然として戸惑いを隠せないが、ミラたちの決意を目撃したことで、わずかに行動を再開しているようだ。小さな励ましが、閉塞感の中に微弱な光を差し込んでいる。
「中枢AIはコロニー中央軸付近のアクセスハブを通らないと行けないわ。最近、そこを通るとき奇妙なセンサー反応が報告されてるらしいから、気を引き締めていきましょう」ミラはスンに向けて言う。
「了解。僕も万一に備えて、簡易ツールやログ取得用のユーティリティをアークワンに詰め込んでおくよ」スンが頼もしく返す。
アークワンを再調整しながら、ミラは深呼吸をする。エクソペアが絡む謎は一筋縄ではいかないだろう。認識の歪み、微妙な数値変動、影のような存在の錯覚――全てが入り組んだパズルを形成している。
だが、こうして協力者がいる以上、絶望する必要はない。自分たちは、未知の闇に星明かりを灯すように、少しずつ事実を掴んでいくことができる。
「行きましょう」ミラは静かに一言、スンに呼びかける。彼も頷き、二人はコロニー中央軸へと続く通路を進み始める。
そこには新たな障壁や謎、そしてカーター博士が残したメッセージが待ち受けているかもしれない。小さな決意の炎を胸に、ミラはまた一歩、未知なる領域へと踏み出す。