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【AI小説】サイコホラーSF「アストラル・リンク - アレオーンの謎」#16
研究区画の分析拠点に戻ったミラ・カザレフは、先ほど歩きながら感じた微かな違和感を振り払うように、背筋を伸ばしてコンソールの前に立った。時刻は既に日が沈んで久しく、コロニー全体の照明は夜間モードに切り替わっている。もっとも、宇宙空間のコロニーに明確な昼夜は存在しないが、住民の体内リズムを保つための人工的な区分が機能しているのだ。
部屋の中ではレイニーが端末と向き合い、先ほどミラたちが外部データと突き合わせて洗い出した「ラティス干渉の兆候」についてのログを吟味している。向かい側でスンは、暗号化ファイルを眺めながら何度目かのため息をついた。近づいてみると、画面には人間の知性では到底理解できないだろうと思わせる奇怪な文字列が映っている。
「どう? 進展はありそう?」ミラが静かに尋ねると、スンは首を少し振った。「小さな発見はあるけど、全体像にはまだ遠いね。博士が隠した仕組みは思った以上に入り組んでる。しかも“干渉下でのみ意味を持つ”セクションをどう実行するか、まだ策がない」
ミラは画面を覗き込みながら、「リスクを承知で干渉を呼び込むしかないわね。外部条件と内部条件が重なる瞬間を、ある程度予測できるなら」と呟く。彼女は自分の胸中で、さらに言葉にならない思いを抱えていた。ラティスの影響を多少やり過ごせるかもしれない自分が、その瞬間データを読み解く担当になることもありうる。だが、今は確たる言及はせず、話を続ける。「少しでも安全策を立てて、幻覚や記憶改変を防ぐ手段を検討するしかないわ」
レイニーが端末を閉じ、こちらを振り返る。「ただ、その“少しでも安全策”って具体的に何ができるかしら。認知が揺らいだ状態でログを正しく読むには、第三者がリアルタイムで検証する体制が必要だし、そもそもアクセス権限をどう設定するかも問題よ」
ミラは考え込む。一理ある。読み手自身の視点が揺らいでいないかを検証しながら暗号を解くなんて至難の業だ。エリオがコーヒーらしき飲み物をすすりながら、「双方向チェックとか? 干渉される人と通常状態の人が並列で同じ情報を確認して、差分を検知できるようにすれば、改変が起きても検出できるかも」と提案した。
「それなら、もし記憶や視点に異常が生じても、外部が即座にアラートを出せるわけね」レイニーが頷く。「ただ、作業が複雑になるわ。時間もかかるし、実行中にラティスの干渉が揺れ動いたらどうする? 半ば成功しかけて、最後に改変される可能性もある」
ミラは薄い笑みを浮かべる。「だからこそ、干渉が安定する短い時間帯を狙う必要があるのよ。外部環境やコロニー内部の状態をモニタリングし、干渉が最高潮に達し、そこからわずかに落ち着く瞬間を捉えるとか……理論上の話だけど、できないわけではないわ」
このやりとりを聞いていたスンが「それって、まるで嵐の目を狙うようなイメージだよね」と口をはさんだ。
「そうかもしれない。周囲が嵐のように荒れ狂っていても、その中心に短い静寂が生まれる瞬間がある。博士は、その瞬間に干渉を逆手に取って暗号を読み解くよう設計していたのでは?」ミラは推測を重ねる。
そこまで言って、ミラは黙り込んだ。自分がその嵐の中心で正気を保てるかどうかは未知数だが、ラティスの影響をある程度受け流しているような感触がある以上、自分が先頭を切って試すことになるかもしれない。それが成功すれば、コロニー崩壊の危機を回避できる可能性が出てくる。
だが、今は仲間たちに自分の可能性をはっきり示せない。あまりに根拠が薄い。証拠もないまま大胆なことを言えば、ただの思い込みや無謀な挑戦に見えてしまう。
「そろそろ外部探索隊の報告が上がってくる時間帯だわ」レイニーが言い、端末を確認する。「もし外部に磁気乱流などの条件が整いそうなら、そのタイミングをコロニー内部で注視できるかもしれない。干渉が強まるかどうかも、何らかの指標で追えるかも」
エリオが同意し、「そしたら、その瞬間を利用して暗号の一部をテスト的に開いてみる手はあるね。ただ、一度に全部を読み込むのは危険だから、段階的にやるのがいいだろう」と付け加える。
ミラはそれを聞いて、短く肯定の相槌を打つ。「そうしましょう。小さな断片を読み取り、記録し、外部からのチェックを受けて齟齬がないか確認。それで問題がなければ、次の断片に進むという段階的アプローチね」
スンが微笑み、「いいね。暗号解読を一度に全部やるんじゃなく、小刻みに安全策を挟むわけだ。少し面倒だけど、混乱を最小限に抑えられるかもしれない」と応じる。
部屋の天井に設置された換気装置が、低い振動音を立てている。ミラは耳を傾けながら、外の世界と切り離されたこのコロニーで、どこまで未知の存在に対抗できるのかを自問する。ラティスが記憶や認識に干渉する以上、通常のセキュリティや技術力だけでは立ち行かない瞬間が訪れるだろう。そのとき、今積み上げている地道な準備がどれほど意味を持つかが試される。
ふと、ドアが開き、別のスタッフが報告書を抱えて入ってくる。外部探索隊からの速報が届いたという。彼が言うには、「外部磁気乱流が数時間後に強まる見通し」で、これまでの傾向からいってラティスの干渉が上昇するかもしれないという連絡だ。
「やはりタイミングは近いわね……」ミラは呟く。もしこれが干渉を利用する初のチャンスなら、準備を急ぐ必要がある。
スンがすぐに席を立ち、「じゃあ、僕は暗号ファイルを区分して、テスト的に小さな断片だけ抽出しておくよ」と言い、作業の態勢に入った。レイニーは「私とエリオで検証用のログ比較システムをセットアップするわ。幻覚や記憶改変が発生しても、少しは検知できるかもしれない」と言い残してコンソールに向かう。
ミラは軽く頷き、その光景を見渡す。仲間たちが危険を自覚しながらも、怯むことなく準備を進める姿に、彼女は心の中で励まされる。
「私も、その時間帯に備えて、体と頭を休めておくわ。いざ干渉が来たら、一気に動かなきゃいけないし」と言って、周囲に了解を示す。皆がやや緊迫の表情を浮かべながらも、彼女を見送る。
拠点を出て廊下を歩くミラは、アークワンに表示される時刻をチェックする。数時間後に外部乱流が高まるという報告。もしかすると、その瞬間がラティス干渉のピークになり、暗号のセクションを一部開くチャンスが訪れるだろう。危険極まりない試みだが、やらずに後退するわけにはいかない。コロニーが不安定化していく中で、博士が残したメッセージを解く以外に道は見当たらない。
「あの感覚……上手く役立つことはないのかしら」ミラは自問する。ラティス干渉下で、一瞬だけ視点が揺れたとき、自分だけが軽い吐き気程度で済んだようなあの体験。本当に耐性があるのだろうか。それが確かなら、暗号断片の解読に自分が関与するのが理想的かもしれないが、失敗すれば自分が深刻な認識改変を受けてしまう可能性も否定できない。
回廊を曲がり、休息スペースに向かう。そこで少し身体を休め、気力を整えようと決めていた。仲間たちが懸命に準備を進めている以上、自分も万全でありたい。干渉が強まるタイミングが迫っている今、下手に動き回るより、静かに頭を冷やしておく方がいい。
休息スペースはこぢんまりとしたソファと自動給水装置、簡易テーブルがあるだけの場所。誰もいないのを確認し、ミラは隅のソファに腰を下ろす。短い静寂が、耳にやさしい。
アークワンを腕から外すことはないが、表示を最小限にしながら、彼女は深呼吸を繰り返す。自分がなすべきことは単純だ。仲間の力を借りつつ、暗号の仕掛けを解いて、ラティスと対話なり対抗策なりを見つけ出す。ただ、その過程で未知の干渉に自ら身をさらすリスクがある。
「恐れても仕方ないわね」と小声でつぶやく。もし本当に自分がラティスの影響を多少やり過ごせる存在なら、活かさなければコロニーの危機は回避できないかもしれない。その覚悟を胸に、彼女は瞼を閉じ、数分だけ仮眠を取るよう意識する。
薄暗いまどろみの中、どこからともなく囁きが聞こえるような気がする。「ラティス……」と耳鳴りのように繰り返す声が。だがミラは驚くことなく、心を落ち着けてやり過ごす。これが実際の囁きか幻聴かは区別がつかないが、いずれにせよ彼女の心は乱れない。「大丈夫、私ならやれる」と自分に言い聞かせる。
やがてわずかな時間が過ぎ、彼女は静かに瞼を開けた。身体を起こしてアークワンを確認すると、外部探索隊からの詳報が入り始めている。予定していた磁気乱流が数時間後にピークを迎えそうだ。嵐のようなその瞬間に、ラティスがどんな反応を見せるか——それが今夜の焦点となる。
再び研究区画へ戻る足取りは、短い休息で多少軽く感じる。ミラは自分の意識がクリアになっているのをはっきりと自覚する。これならたとえ干渉が強くても、少しは踏ん張れるかもしれない。もちろん過信は禁物だが、仲間たちのバックアップを受けながらなら、何とかやり抜ける道があるはず。
部屋のドアを開けると、レイニーやエリオが端末を囲み、文字列を比較している。スンがその画面を見ながら、ミラに気づいて振り返る。「おかえり。丁度いいところに来たよ。外部探索隊から詳細がきた。数時間後に予想される磁気乱流がピークに達する時間帯に、試験的に暗号の一部を呼び出してみようって話になったんだ」
ミラは微笑みながらテーブルに寄りかかる。「わかった。私も手伝う。段階的に読み込むのね?」
レイニーが手短に計画を説明する。「ええ、断片を少しずつ呼び出して、検証用ログとリアルタイム照合。もし干渉が発生しても、すぐに比較して変異がないかチェックする。私たちも可能な限りサポートするから、もし何か異変を感じたら無理しないで言ってね」
ミラは力強く頷く。「了解。ありがとう。たとえ些細な違和感でも報告するわ」
心の中で、彼女はさっきの仮眠中に感じた囁きのことを思い出す。ラティスが近づいているのか、それとも単なる疲労からくる幻聴か。いずれにしても、この先数時間が勝負になりそうだ。コロニーが暗黙の緊張に包まれ、嵐を待ち構えているかのような空気が漂う。
こうして、嵐の時が近づくまで、ミラたちの準備は続く。ラティスの干渉を巧みに利用しながら記憶を書き換えさせないギリギリの線で踏みとどまり、暗号を解読する試み——それは危険でありつつ、この不透明な事態を突破する唯一の道筋かもしれない。そしてミラは密かに胸を張る。自分に芽生え始めている、干渉を受け流すかもしれないわずかな力。それが結果を左右するなら、どんなリスクも受け止めようと心を決める。