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きっと、知ることが、はじまり。インクルーシブな遊び場づくり。

年齢や、障害の有無、特別な配慮が必要だったり、いろいろな社会的背景が違っていても、だれもが楽しく遊べる、そういうインクルーシブな遊び場という考え方が、いまどんどん広がっている。

歩いたり、走ったり、思いっきり身体を動かしたり、じっくり遊んだり、のんびりしたり、歌ったり。公園は、だれもがみんな、自分のやりたいことを実現したくて来る場所だし、それができる場所。とくに子どもには最高の遊び場であり、育ち合いの場。

いろんな人が、それぞれ楽しい遊び場。デザインや考え方によって、間口がぐーんと広がる。以前このnoteで書いた記事も、他の記事に比べてダントツによく見てもらっていて、インクルーシブな遊び場に対する注目度の高さがすごい。(ありがとうございます)

新しいスタイルの公園を考えるワークショップに参加してみた

そんなインクルーシブな公園、新しいスタイルの公園をつくりたい!という方が主催するワークショップが藤沢であることを教えてもらったので、少し前に参加してきました。(主催団体の代表鈴木理恵子さんは、進行性の病気で車いすを使う四歳の双子くんのお母さん!)

参加していた人は、ダウン症をはじめ、様々な障害をもつ子どものお母さんが多かった。議員や各種メディアも見学たくさん、注目度高し。

公園に行くだけでハードルは相当高いという現実

参加してみてわかったことは、知的障害や身体の機能障害、その他いろいろな理由で、公園で遊ぶことが難しい親子がたくさんいるという事実。

出かける時には、アクセスや設備はもちろん、駐車場やトイレと遊び場の位置関係など、事前に入念な下調べをして、あれこれ荷物は多い、当日の調子や天気にも左右されて、出かけるだけで大変。出かけた先でも、危険はないか、ケガしないか、させないか、トラブルにならないか、トイレに着替えに、何も言われなくとも周囲の視線も気になって、常にハラハラ落ち着かないとか。

出かけることへのハードルが高い。高すぎる。
第一子なら、なおさら。気軽に遊びになんて、まず行けない。。

そりゃ、そうだよね。私も、はじめての子どもとのお出かけは、近所にちょっと散歩に出るだけでも、準備に30分以上かかったし、それでもいろんなタイミングにドキドキして、出かけるまでに何時間も心の準備が必要だった。とても健康な子でもそうだったのだから、いろんな心配事がある親の心労は計り知れない。

でも、季節を感じたり、自然に触れ合ったり、外の風を感じるだけでも、公園は素晴らしい場所で、みんなの行きたい場所、遊びたい場所、育ちたい場所という思いは、当たり前に全く同じだった。

知る機会が、解像度を上げる

そして、「障害がある」とひとくちに言っても、知的障害だったり、足が不自由で車いすを使っていたり、耳が聴こえなかったり、医療ケアが必要だったり、全然違う。更には、健康だってなんだって人はみんな個性が違うように、人としてのタイプや好き嫌いも違うし、きょうだいや家族構成などの背景も含めて、状況はものすごく多様であるということ。

ちょっと目を離した隙にどこかへ脱走しちゃう子、うれしくなると大声で叫び出す子、思考は同年代と変わらないけど足が不自由なために一緒に遊ぶことに制限がある子、いろいろな子がいて、みんなそれぞれニーズが違う、そしてその瞬間にも成長し続けている。

いろいろなお母さんの話を聞いて、解像度がぐっと上がった。それまでが低すぎた。知らなさすぎた。特別な配慮が必要な親子と、あまり出会わないし、普段一緒に遊ぶ機会がないからなのかな。それにしても、どうなんだ。

自分自身が知らなさすぎたこと、考えてもみなかったことが多すぎて、そんな無知というか無関心っぷりが恥ずかしい。愛の反対、無関心。静かな敵、無関心。これを書いている今も、そんな無知で無関心さが恥ずかしいのだけど、でもやっぱり知ることが大事だと思うから、これを読んでくれる人が一人でも「へ〜!」と思ってやさしい気づきになったら意味あるかなと思い書いてます。

あるお母さんが「必要なのは、慣れなんだよね〜、お互いに」と言っていた。障害や個性ごと、その子の存在まるごとに、付き合い方に慣れること。どんな障害でも、小さな頃から、いろんな人と一緒に過ごすこと、その時間の積み重ねが大切で。お互いに慣れることで、必要な時に必要なサポートができるし受けられる、そして困っていない時の押し付けの親切に疲れることもない。特別扱いしすぎない、快適な「普通」の雰囲気。

知ることで、解像度は確実に上がる。お互いを知ることで、理解に繋がる。いろいろな気づきから学ぶことは多いし、困りごとがあれば、気軽に助け合える可能性も上がるだろう。知ることが、はじめの一歩なんだと、知った。

求めるものはいろいろ、ソフトで出来ることもある

ワークショップでは、みんなが楽しめる、新しいスタイルの公園に、こんなモノ・こんな設備があったらいいな、のアイデアを出し合った。

ケガをしにくいゴムチップの床、清潔で使いやすいトイレに着替えスペース、脱出しないためのゲートなど、ハードの整備に関するアイデアももちろんあったけれど、気軽に参加できるイベントで公園に来るきっかけを作るとか、子どもの遊びをサポートしたり、親がほっとできるようなサポートをする、公園サポーターのような存在がいたりと、ソフト面で出来ることも多いことがわかった。

公園愛護会や地域にできることってなんだろう?あるのかな?と思って参加してみたけれど、学びの多い濃厚な時間だった。

ハードとソフトの両面で、「ここに来て遊んでいいんだよ」「みんなウェルカムな場所だよ」という雰囲気を作ること。地域でみんなが一緒に遊び、育ち合うこと、そんな当たり前がアップデートしていきますように。

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当日の様子は、複数のメディアで紹介されているので、詳しくはこちらをどうぞ。


メディアも、メーカーも、行政も、みんなのインクルーシブな動きが加速している

年末のNHKおはよう日本の特集で、インクルーシブ公園のことが取り上げられ、結構反響があるみたい。

遊具メーカーも、インクルーシブな遊び場のための、新しい製品を開発したり、研究はどんどん進んでいる模様。

藤沢市の公園でも、この春ユニバーサル遊具がリニュアルされるという話もあるし、全国的にもまた導入が加速している。東京都では今後インクルーシブな公園づくりのガイドラインをつくって、その整備に補助金が出るという話もあるとか。


ワークショップにも取材に来ていたNHKの記者さんは(この日のことは放送には入らなかったけど)、ものすごい情熱で取材されていて、「実証実験でのやりとりが本当に良かったんです!」と話していた。やはりそこにリアルな景色が生まれると、みんなの体験になって、熱が伝わり、共感も増えるんだなあ。

製品開発の現場では、これまたものすごくいろいろなことが考えられていて、障害のある子のための遊具ではなく、どんな子でも安全にかつワクワクしながら遊べる遊具、そして一緒に遊べる交流の生まれる遊具が、考えられている。すごいなあ。

様々な立場の人たちが、それぞれの力を発揮して、いろんなことが加速していきそうな2021年ですね。

ハードがあってもなくても、できることを小さくやっていこ

インクルーシブな遊び場、障害のあるなしが話の起点になってきたけど、名前のつかない困りごとを抱えているひとは、たくさんいる。というか、みんな大なり小なり何らかの困りごとをもって生きている。

でも、だれもが、おしゃべりしたり、ゆっくりしたり、身体を動かしたり。花を愛でたり、生きものと戯れたり、笑ったり。ふらっと行けば誰かに会えて、楽しい気持ちで、どんな人も、自分らしく、やりたいことを実現できる場。みんなの近所の公園がそんな場所だったらいいな。

まだまだ先が見えない状況だけど、今年は気軽なイベントもあれこれ実験してみたいなあ。

そして、日本のあちこちで近所の公園を守ってる公園愛護会の人たちを全肯定で応援していこ。私はわたしに出来ることをやっていこう。今年もよろしくお願いします。

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