
【映画の中の詩】『カサブランカ』(1942年)
〈時の過ぎ行くままに〉
監督
マイケル・カーティス
出演
ハンフリー・ボガート
イングリッド・バーグマン
ポール・ヘンリード
クロード・レインズ
言わずとしれた名画『カサブランカ』にも詩の引用があります。
が、なにせ名セリフがてんこ盛りの映画なので目立ちません。そのうえすぐに引用がさえぎられてしまう、という演出です。
舞台はナチス・ドイツの傀儡政権と堕した第二次大戦下のフランスにおける植民地モロッコのカサブランカ。
リック(ハンフリー・ボガート)からナチスの顔色をうかがっているような行動を揶揄された警察署長ルノー(クロード・レインズ)が、それを否定してウィリアム・E・ヘンリーの「インビクタス(敗れざる者)」の最後の行を暗唱します。
「我が運命を決めるのは我なり、我が魂を制するのは我なり」
I am the master of my fate. I am the captain of my soul.
「インビクタス」はクリント・イーストウッド監督『インビクタス/負けざる者たち』(2009)のテーマとしても作中でくりかえし引用される詩です。
また『嵐の青春』(1941)でも使われていました。
「インビクタス」ウィリアム・E・ヘンリー(矢野峰人 訳)
極から極へと地獄の如くまつ黑に
私を蔽うて居る暗夜の中から、
神よ、私はあなたが如何ならんものにもあれ、
このわれに不屈不撓の精神を賜はつた事を感謝する
境遇の残忍な把握の中にあつても、
私は身じろぎもせずまた聲高く叫びもしなかつた。
運命の打撃の下(もと)に私の頭(こうべ)は血に染んだが、
然し屈しはしなかった。
憤怒と悲哀との現世のかなたには
死の影の恐ろしさがぼんやりと浮ぶ。
而も幾歳月の脅威と雖も
私を怖れしめなかつたし、また今後と雖も然らしめん。
天國に入るの扉が如何に窄(せま)くとも、
また閻魔の帳が如何に懲罰に滿ちて居ようとも何かあらん。
われはわが運命の主(あるじ)にして
われはわが靈の支配者なれば。
冒頭、ボギーと「ゆうべはどこにいたの?」という有名なやり取りをし、「ラ・マルセイエーズ」のシーンで「フランス万歳!」と涙を流しながら叫ぶ、フランス人女優マデリーン・ルボーは、この映画の撮影直前にユダヤ人俳優で夫(賭博場のディーラー役で出演している)のマルセル・ダリオとともにナチスの手を逃れてフランスを脱出してきたばかりでした
ルボーとダリオだけではなく、この映画には多くの亡命俳優が出演しており、見せ場の一つであるドイツ軍歌「ラインの護り」をフランス国家「ラ・マルセイエーズ」の大合唱が圧倒してゆくシーンの熱っぽさにも反映されているのでしょう。
戦時中の対独プロパガンダ映画としての面を強く持ち、ほとんどシナリオもできていないうちにバタバタと撮り始められ、監督も職人肌のマイケル・カーティス(以前紹介した「夢で逢いましょう」等)であるなど、けっして名作傑作を意図して作られた映画ではないのにもかかわらず、ほぼ完璧な名画として映画史に記憶されることとなった奇跡のような作品です。
( 『ラインの護り』『ラ・マルセイエーズ』の日本語詞はウィキペディアを参考、使用させていただきました。)