愛の交流、愛の循環(2022 j-hope DAY)
2月。まだまだ景色は白いけれど、暦の上ではもう春になっているらしい。
移ろいゆく季節の真ん中で、寒さにふるえながらきゅっと肩をすぼめて歩く道すがら、穏やかな日差しが降り注ぐベンチに腰かけてみると、硬っていた身体がふっと緩んでいく。
ベンチに腰かける人がだれであっても、柔らかで優しい光を惜しげもなく注いでくれる、そんな真冬の太陽のような人がいる。
彼の名前はJ-HOPE。「希望」を体現する、チョン・ホソクという誰よりも強くてやさしい人。
自分自身を信じること
ホソクさんはいつだって正しくて、健全だ。
誰に対しても見返りを求めない愛情を注げる人で、
周りに気を配り、決して誰かをおいてけぼりにしない人で、
どんな言動も拾ってポジティブに返してくれる人で、
そこにいるだけでその場を明るくしてくれる人で、
一歩引いて俯瞰できる人で、
謙虚で、驕らない人で、
自分に厳しくできる人で、
仕事に真剣な人で、
後ろからそっと優しく包み込んでくれる人。
どんな状況でも優しく笑顔でいてくれるけれど、きっとそれって簡単なことじゃない。
自分自身がブレないだけの強い精神力が必要だけど、不確かな現実を目の当たりにしたり、芸能界という特殊で複雑な世界にいると、より一層強い精神力を保っていなければ立っていられないこともあると思う。
それでも、ホソクさんはいつだって笑顔を絶やさない。笑顔でいること、そして希望でいることの意義をデビュー当時から自覚し、そしてそれを自分が倒れないよう軸に定めたように見える。
ホソクさんのこの強さはどこからくるのだろう。
昨年、日本の音楽番組(「MUSIC BLOOD」)に出演し、「8年前の自分にどんな言葉をかける?」という質問をされたとき、ホソクさんはこう答えていた。
「自分自身を信じて前に進んでみれば、いい結果があると言ってあげたいです。」
そうだ。ホソクさんは、8年前からずっと変わらず自分を信じ続け、一生懸命に努力してきた人。その姿は、トップに上り詰めた今も変わらない。
8年という道のりのなかで、理想と現実とのギャップに思い悩むこともあったはずだ。本当にやりたいことができなかったり、見失ったり、やりたくないことをやったことも少なくなかっただろう。
それでもホソクさんは「どうしても叶えたい夢」を見失わず、いつでも夢に対して誠実であり続けている。
上記はホソクさんがミックステープをリリースしたときのインタビュー記事だ。
ホソクさんは事務所に入ってからラップを始めたそうだけど、そこからグループの作詞作曲も手掛けるようになり、
ついには「夢だった」というMV作成と、自身の作った音楽に合わせてパフォーマンスすることを、このミックステープをリリースすることで実現している。
いやいやいや、すごすぎる(語彙力...)
夢なんて、希望なんて、どれも曖昧であやふやだ。ふとした瞬間に、なにかの拍子に、まるで蜃気楼のように一瞬にして消えてしまうかもしれないものなのに。
それなのに、そんなあやふやな存在を自身の拠り所にして、彼は今日まで走り続けてきた。
今、目の前にあることを、できることを精一杯に取り組もうという強い意志と、気迫と、気概。
どのメンバーも一生懸命だけど、ホソクさんのそれは例えようのないくらいにストイックだ。
だから、ホソクさんはステージやダンスのことになると一切の妥協を許さない。ステージでの動線や見え方を最後まで細かくチェックして、舞台裏や楽屋でのブリーフィングは真剣そのもの、ホソクさんからあの笑顔は消え、他のメンバーが笑っていてもホソクさんの目はまったく笑っていない。
神経質で、時には食事も摂れなくなるほど何かをずっと心配していて、その姿は見ている側が心配になるほどだ。
それでも、そうやって一生懸命に取り組んでいるから、たとえうまくいかないことがあったのしても、「一生懸命だった」という事実は過去と未来の自分を裏切らない。
冒頭に引用したように、「今の人生に甘んじることのない人」だから、きっとこれからも妥協することなく、自分に厳しく、前を向いて進んでいくのだろう。
「一生懸命」なんて、泥臭くて、地味で、地道で、報われないことだってある。それでも、一生懸命なくして何かを手に入れることはできないことを教えてくれる。
これって、とてもシンプルで、それでいて真理だ。そんな当たり前で大切なことを自身の行動をもって示し、前を向いて進んでいるホソクさんの背中は、とてつもなく眩しくて、めちゃくちゃにかっこいい。
ホソクさんをみると泣きたくなる
ホソクさんの優しさは、とてもさりげない。
ホソクさんは本当によく周りを見ているし、そのときの状況を冷静に判断していると感じる。
それでいてホソクさんの言動は驕りがなくて、前へ前へ出ることもなく、つねに思いやりに溢れている。
ホソクさんの優しさと精神力は、バンタンという家の「柱」として横からのさまざまな圧や衝撃を水平に抵抗するもので、
あるいは「梁」のように、屋根や床を支えているもので、
どちらも家には必要で、ぜったいに欠かせない。
そんなホソクさんの存在は、弟たちだけでなく、ジンくんやユンギさんにとっても精神的な支柱になっていると思う。
自分の短所を挙げるとき、他のメンバーから「短所がないことが短所だ」と言われるほどに完全無欠なホソクさん。
彼のようになりたいとこっそり願ってみるけれど、前を走るホソクさんの背中は遥か前方のずっとずっと向こうにあって、追いかけようとするたびに、ホソクさんとの距離があまりに遠すぎることを思い知る。
わたしは、たぶん、いや絶対に、ホソクさんのようにはなれない。
そんな現実がなんだか堪らなくなって、わたしはホソクさんを見ると泣きそうになる。
「わー!すごいなー!」
「いいね!」
「よかったよ!」
「似合っているよ」
「やりたいようにやってごらん」
「あったかくしてね」
ホソクさんから放たれることばたちは、詩的でも何でもなくて、どれもほんとに些細なものだけど、
それに宿る言霊は、赤い炎のように暖かくて情熱的で、それでいて青い炎のように冷静で、
まっすぐにそれを受け取る人の心に宿り、心の奥底からぽかぽかと温めてくれるものばかりだ。
人に優しくできなかったとき、大人げない言動をとってしまったとき、やることなすことすべてが情けなくてどうしようもないとき。選択肢が現れたとき。
そんなとき、わたしはいつもホソクさんを思い出してこう自分に問いかけてみる。
「どういう行動をすれば、どちらを選んだら、彼に恥ずかしくない自分でいられるだろうか」
そうすると、なぜだかホソクさんの声が聞こえてくるような気がするし、
その声を道標にして進んでみると、わたしは道を間違えずに歩んでいけそうな気がするのです。
雨上がりの太陽
ようやく雨が止み、薄い雲の向こうで透けて見えていた太陽が明るく地を照らすとき。
雨と晴れの境目では、7色の虹がかかり、見上げるわたしたちに希望を与えてくれる。
雨上がりの太陽ほど輝いて見える太陽はない。
あまりに眩しくて目をそらしてしまいそうになるけれど、その裏側に秘められた信念、意志、覚悟、責任、信頼、期待、夢、愛。そして、孤独と犠牲。
希望の根っこにあるものは、きっとわたしが想像できないくらいに大きくて、重くて、残酷で、すべての人の希望になるまでの道のりは決して容易いものではなかったはずだ。
それでも、自分自身を信じて、努力を怠らず、ゆるぎのない信念を抱き続けてきたホソクさんだからこそ、そんなあなたにたくさんの人が憧れ、今、この瞬間も、救われています。もちろん、わたしもその中の1人です。
愛の交流、愛の循環
ホソクさん、1日遅れてしまったけれど、お誕生日おめでとうございます。
TLで流れてくるあなたへのたくさんの愛と想いと、それらを愛おしく抱きかかえながら感謝の気持ちを伝えるあなたの真摯な姿を見るだけで、わたしにとっても最高にしあわせな一日になりました。
これまでホソクさんがたくさんの人に注いだ愛が交流し、それがやがて何倍、何十倍、何百倍となってあなたに返り、そしてまた循環する。
こんなしあわせなサイクルを作りだすホソクさんを心から尊敬し、わたしもそのサイクルを回す一員となれることを願ってやみません。
ホソクさんのようにはなれなくても、J-HOPEという希望を道標にして、わたしはわたしらしく、今日を、そしてこれからを、一生懸命に生きてみようと思います。
そして、悩んだり落ち込んだりしたときは、そっとホソクさんのことを思い出したいです。
だから、どうか、わたしのこの重すぎる想いを負担に感じず、あなたが感じるままに進み、これからもグループの、わたしの、ARMYの、希望でいてください。
ホソクさんの健康としあわせを祈って。
U ARE MY HOPE !!
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