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社会に言葉を届けるには知識人の飲み会テクから学ぼう

僕は卒論で1968年の東大全共闘など学生運動の失敗を書いてきました。

わかったことは社会運動が砕け散る要員で多いのはシンプルに左翼の内部抗争です。

なんだそんなことかーって感じですが、内部抗争に至るまでの過程は大きく分けて3つあります。

①運動が先鋭化/過激化する

②運動が社会の共感を得られない

③左翼内部でも共感が得られなくなる

まずは、左翼の過激化によって運動がそれなりに盛り上がります。

でも、過激化すればするほど運動の外の社会からは冷たい目で見られるようになります。

そして、過激化する中でその過激さに付いていけない左翼が置いてきぼりになります。

その結果、運動が持続性を失います。

このような運動失敗は左翼内部の思想の強さやこだわりの強さが原因となり、その思想やこだわりに付いていけない脱落者を多く生み出します。

他のパターンもあります。

①「反◯◯」というメッセージだけで動員する

②「反◯◯」に仲間が集まり運動が大きくなる

③特に思想がない人たちの集まりなのですぐに飽きて沈静化する

まず、反安倍みたいなキャンペーンを行います。

すると、とりあえず反安倍に共感する人がたくさん集まります。ここまでは良いです。

しかし、特に反安倍以外に言うことがないのですぐに盛り上がりを無くします。

もしくは、反安倍という1つのメッセージで集まった結果、改憲反対論者と反緊縮財政論者などが一緒になって運動を起こすことになり、お互いの主張を押し付け合うことになります。

「反安倍ならお前も改憲反対なはずだ!」

「反安倍ならお前だって緊縮財政には反対なはずだ!」

みたいな反安倍をめぐって思想の踏み絵を行い、それに付いていけない人を生み出してしまいます。

つまり「反◯◯!」という連帯のための戦略を追うあまりお互いの個性を尊重しあえない人たちが集まってしまうということです。

このようにこれまで左翼の失敗はあまりにも急激に社会を変えようとした結果、抵抗を過激にしたり、連帯のための戦略を見誤ったりしたわけです。

一発逆転の革命を志向するのではだめで地道に仲間を作っていくことが重要ということが歴史からは学べますが、社会を変えるための仲間を集めていくことはどのように可能なのでしょうか

思えば資本主義を打倒する系の議論は何年かに一度のペースで書籍化されていてそれなりの読者を開拓しているはずです。去年でいえば斉藤康平の「人新生の資本論」など。

それでも社会が変わる気が全くしないのは資本主義や官邸主導の政治を変えるための言葉に共感できないからだと思います。

資本主義などは利益を得ている人間が大きすぎて、誰もが一定の利益を資本主義から得てしまっています。それでも資本主義を打倒したいというのであれば資本主義から利益を得ている自分自身への自己批判も含めた言葉にならないといけないのではないでしょうか。資本主義を批判するとは同時に自分に跳ね返ってくるブーメランとも戦わなくてはいけないということでもあるのです。

話を戻して社会を変えるための仲間を集める言葉がどのようなものなのか?

それは僕にも全くわかりません。わからないですが過去の歴史から学べるのではないかと思うのです。

ここで注目するべきは、過去に社会を変える言葉をもった知識人の言説を広めた環境や人間関係ではないでしょうか。

僕らは知識人から学ぶという時に例えばマルクスが何を言ったのか?ルソーが何を言ったのか?に注目して学びますが、もっと重要なことはその言説がなぜその社会で力を持つに至ったのかではないでしょうか。

例えば、マルクスであれば彼はドイツのジャーナリストでありながらどうしてイギリスの労働環境についてあれほどの分析ができたのか?

それはエンゲルスのようなイギリスの向上所有者の息子をパトロンにすることに成功して共同研究していたからです。

このようにマルクスの発言が力を持つようになるには、マルクスを支える人間の存在やマルクスの発言が力を持つような環境をマルクス自身が作り上げていたことが大きいのではないかと考えています。

つまり、いま重要なことは知識人の言説分析ではなく知識人の飲み会テクニックや友達作りメソッドだったりするんだと思います。そういう知識人の生々しい人間関係が僕は今読みたいです、、


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