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【感想】 "プレイヤー" になることで "気づき" が増える。

今日もありがとうございます。パーソナルサポーターの山田です(^ ^)

大谷選手は本当に素晴らしいですね。選手としても、人としても。
私も高校まで野球をやっていました。その間、ホームランを打った数は片手で数えられる程度です。だからこそ、50を超えるホームランを打つということの凄さを身をもって感じることができます。

競技選手としては引退されましたが、アイススケートの浅田真央さんも素晴らしい方ですね。美しい演技に本当に感動します。

ところが、私はアイススケートを経験したことがありません。"プレイヤー" になったことがないのですね。そのため、浅田さんのアイススケーターとしての凄さを "身体で理解" できていません。ですので、注意していないと、無意識にその凄さを "頭で理解" しようとしてしまいます。歴代の人より数が多い、シーズンで最も良い記録、大会何位、などの比較であり、相対的な世界で見てしまうということです。いくら私が「浅田さんのスケートのここがこうで、あれがこうで」と言っても、自分の実践や経験に基づいた "身体での理解" から出る言葉ではありません。

スポーツの例に限らず、日常においてもこのようなことが数多くあるのではないかと思います。頭でイメージするだけで "できた" あるいは "できてしまっている" ように感じ、"頭の世界" で物事を完結させてしまうようなことです。
仕事においては特に、人からの話を頭だけで理解しようとすると状況が改善しないことがよくあります。報告してくれる人、つまり "プレイヤー" の目線で、自分も "プレイヤー" になって「現地・現物・現実」を捉えることが本当に大切だと感じます。

話が戻りますが、小さな野球少年であった私は、こんなことを思った記憶があります。

「"すごい球の投げ方を知っている人・説明できる人" より "すごい球を投げられる人" になりたい。」

日常生活でも、実際に "プレイヤー" になることで "気づく" ことが沢山あります。

子育てしながら働くお父さん・お母さん。
いつもお子さんのスケジュールを頭に置きながら、学校や幼稚園・保育園の提出物を確認して、習い事の用意をして、夕飯のおかずを考えて、必要な人に連絡をとって、なおかつ、自分の仕事の役割を果たせるよう一生懸命に働く。働きながらも、子供の帰りを考えて、夕飯の買い出しを考えて。仕事が終わって家に帰ると夕飯作りに洗濯に、明日の準備。さらには空いた時間で仕事の学び。本当に毎日おつかれさまです。

"父" という役割を持った "プレイヤー" になることで気づいたことは沢山あります。「親の心、子知らず」の意味も、全てではないですが、実体験として身体で感じることもできました。子どもたちが居てくれるおかげで、私は"父"として"プレイヤー"になることできたので、"父"を経験させてくれている子どもたちに感謝しています。

妻にもいつも感謝しています。子育てをしていると自分には自分の役割がある、とよく感じます。私が料理をした時の夕食は、子供たちがすぐに私が作った料理だと気づきます。そして「次はお母さんが作ってほしい」と。
自分が "プレイヤー" になって学んだ気づきから、妻や世の中の料理人の方々への敬意が倍増しました

何事も "プレイヤー" にならないと分からないことがありますね。だからこそ、相手に敬意を払い、相手を尊重する気持ちも生まれ、どんな方からも学ぶことができます

今日も来ていただきありがとうございます。
もちろん、一人が経験できることは限られますし、経験には時間も必要ですね。全てを自分で経験することはできないからこそ、私は "寄り添う" ことでご縁をいただいた方のことを少しでも理解できるよう努めます。
それでは、いってらっしゃい(^ ^)

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