サービスエリアのトイレの大発明、「忘れ物防止トレー」を考えた人にお礼を言いたい!
休日ようやく羽をのばそうと楽しみにしていた旅行中、
立ち寄ったサービスエリア(SA)を出て間もなく携帯がないことが発覚。
置き忘れたとしたらSAのトイレくらいしかないが、まさか高速道路でUターンするわけにはいかないし、そういう時に限って次のインターチェンジはだいぶ先。
絶望の中、車はどんどん忘れ物から遠ざかる。
心当たりがある人も少なくないだろう「高速道路SAのトイレでの忘れ物」。
同行者がいた場合はさらに、たのしいお出かけに水を差した申し訳なさから車内の空気が気まずくなるのもやるせない。
そんなSAのトイレの忘れ物について #これ誰にお礼言ったらいいですかでこんな投稿が寄せられた。
…え??天才すぎません??
便座に座るとき、ポケットに入っている財布や携帯をポンと置いたまま忘れてしまいがちな忘れ物の魔窟、トイレ。
しかし、この小物置きは適当になりがちな小物の置き場所を指定してくれるだけでなく、それを鍵と一体化させることで、小物を取らないと鍵が開かない仕組みなのだ。
実際に設置されたあるSAのトイレでは月平均10件あった小物類の忘れ物が0件になったとのデータもあった。
これは、間違いなくトイレに忘れ物しがちな全ての人に代わってお礼を伝えたほうがいいのではないだろうか。
我々は今回、この小物置きの開発者を探し出し、お礼を言うことに決めた。
こうして誰がやったかはわからないがお礼を言いたい仕事を募り、本人を探し出し実際にお礼を伝える#これ誰にお礼言ったらいいですかプロジェクト過去2回の記事はこちらからご覧いただけます。↓
■これ誰にお礼言ったらいいですか
早速まずはネット検索。ほどなくして、この小物置きは「NEXCO東日本」の「室蘭管理事務所」で開発されたと判明した。
たしかに高速道路のトイレといえば、満席表示や温水が出る蛇口、最新のパウダーコーナーなど、毎回「おっ」と思うことが多い気がする。
それらトイレの最新技術の一環として
この小物置きも運用されているのだろうか。
また開発されたのは、北海道の事務所。
この土地にワケはあるのだろうか。
そもそもNEXCO東日本の方に普段お会いしないため、
どんなお仕事をされているかもあまり想像つかない。
この小物置きの裏側にいらっしゃるNEXCO東日本の方の
どんな仕事があるのだろうか。
まず我々はNEXCO東日本室蘭管理事務所に電話で問い合わせた。
■あの小物置きの開発者の正体は
電話を取り次いでくれたのは室蘭管理事務所の幸坂(こうさか)さん。
突然の取材の連絡に戸惑いつつ
「少し前のことなので社内をあたってみますね。」
とあたたかく応対してくださった。
すると一週間もたたずして我々に早速電話が。
このスピード感、もしや本人が見つかったのでは、と思ったところ
「あのー、本人は見つかったのですが。いま繁忙期らしく取材の時間が取れないとのことで…申し訳ありませんがまたの機会にお願いします。」
とのお返事。
残念ではあるが今はまさに年度末どまんなか。
今回は見送らせていただき、また改めてご依頼させていただこう。
そう思っていたところ、再度幸坂さんからメールが届いた。
幸坂さんのありがたすぎる計らいに
「ぜひお願いします!!」と音速で返信すると
すぐに幸坂さんからこちらのメールが届いた。
あの小物置きを作った方が「小泉さん」と判明!
小泉さんは当時在籍されていた北海道から関東に異動されていたとのことで、NEXCO東日本京浜管理事務所に向かった。
■ついに「小泉さん」とご対面。
新横浜駅からタクシーで10分。
いくつもの高速道路に囲まれてそびえ立つ綺麗なオフィスに入り
内線で「小泉さん」をお呼びして待つこと数分。
「あ。こんにちは。小泉です。」
我々はとうとう、あの小物置きの開発によって数々の忘れ物を救った小泉さんに会うことができたのである。
●あの小物置きの生みの親、「小泉さん」について
ー本日はどうぞよろしくお願いいたします。ちなみにこういった取材は初めてでしょうか?
小泉さん:はい、話題になっているのはなんとなく知っているのですが。取材はなかなかなくて。緊張してます。
ー小泉さんの名刺に施設課とありますが、具体的にはどのようなことをされていらっしゃるのでしょうか。
小泉さん: はい、当社の部署は「施設」「土木」「事務」の3つに分かれています。私は施設の部署で高速道路の情報板や非常電話、トンネル内の防災設備やサービスエリアのトイレなどの維持管理を行っています。皆さんが現場で目にするのは主にグループ会社の方々ですが、私たちはマネジメントを行う立場として維持管理の計画作りや点検や工事の発注、管理を行っています。
ー小泉さんは今関東にいらっしゃいますが、一時期北海道にいらっしゃったんですよね?
小泉さん:はい、3年間ほど。あの忘れ物防止トレーは2017年から開発をはじめて、私が関東に異動した後も続き2019年に製品化をしております。
ーあの小物置きの正式名称は忘れ物防止トレーというんですね!
●「忘れ物防止トレー」の誕生の経緯
ーあの忘れ物防止トレーはどのようなきっかけで誕生したのでしょうか。
小泉さん:北海道支社にいたとき、トイレの忘れ物にかなり頭を悩まされまして。件数が北海道だけ飛び抜けて多いわけでもないのですが、北海道の地形的にどうしても忘れ物回収の手間がかかるんですよね。例えば室蘭管理事務所から一番遠いSAまで往復4時間もかかるんです。
それで忘れ物を実際に回収する社員やパトロール隊、SAで働く方など現場の方が困っていると言う声がずっと前からあって。なんとか仕組みで解決できないか、と考えていた際に生まれたのがこのトレーです。
ー色々試行錯誤されていたのでしょうか。
小泉さん:はい。最初は小物を置く場所をちゃんと設けてあげたらどうだろう、という仮説から、小物入れをトイレに置いてみたのですが…
小泉さん:どうしてもゴミを入れられてしまって。うまく機能しなかったんですよね。他にやりようがないかと思っていたところ、たまたまプライベートで当時の副支社長がくるっと回すと置き場所が生まれる小物置きをみたらしく、これを活かせないか、と持ちかけられました。
ーなるほど、それを出入りの際に必ず回さないといけない鍵と組み合わせたわけですね。
小泉さん:そうなんです。幸いNEXCO東日本のトイレは打掛(うちかけ)錠といってくるっと回転して鍵の開け閉めをする形に統一されていて。これは有事の際に外からでも開けられるようにするためなのですが、この鍵の形状を活かせばできるんじゃないか、という話になりました。
ーふだんからこういった改良や開発に対して前向きな社風なのでしょうか。
小泉さん:いえ、そうとは言えないですね。基本的に全国の高速道路は統一したルールのもと作られており、基準やマニュアルがしっかり整備されているので、どんどん新しいことをやっていこうという社風ではありません。ただ、このトイレの鍵に関しては「打掛錠にする」以外のルールはなく、トレーを付けちゃダメとは書いていないので(笑)現場の人たちが困っているならと思いやってみよう、と決めました。
●試行錯誤した「忘れ物防止トレー」の実装
ートレー開発はどのように行われたのでしょうか。
小泉さん:トイレの打掛錠を作っている鍵メーカー、株式会社ベストの鈴木さんに相談を持ちかけたところ、二つ返事で承諾してくださいました。そこから鈴木さんと私で何度も話し合って形にしていきました。
ーどのようなことを検証されるのでしょうか。
小泉さん:大きくは材質と構造です。ステンレス製、アルミ製、樹脂製で試しながら、いかに鍵がガタつかず、小物を置いたときに根元が割れずに保てるかの検証を続けました。試作品も何度も相談しながら改良を重ね、4回目でアルミ製のトレーで成功したのでそれを実装させました。
ー試行錯誤の結果なんですね。
小泉さん:このトレーを設置したところ、2ヶ月で19件あったトイレの小物類の忘れ物が0件になって、忘れ物の回収や処理をしてくれるスタッフやトイレの清掃の方にも大変喜んでいただけて嬉しかったです。
ーそこまでトイレにこだわるモチベーションの源泉とはなんなのでしょうか。
小泉さん:私たちの仕事って、なかなか一般のお客様とは接する場面が少ないんですよね。もちろん料金所とかで接することはありますが、ほんの一瞬だったりして。
その中でトイレって一番多くのお客様が利用して、かつ滞在してくれる。私たちがお客様をおもてなしできる大切な場所なんです。だからトイレの仕事に携われると昔から誇らしい気持ちになっていましたし、同じ気持ちの社員も多いと思います。
ーたしかに、トイレの満足度が上がることによってSA自体の満足度が上がる気がします。
小泉さん:トイレがあんなに何十個も集まっている建物って高速道路のSAくらいだと思うので。日本のトイレの最新であり続けたいと思っています。
ーその中で小泉さんが特にこだわっている部分ってなんでしょうか。
小泉さん:現場の声を大切にすること、ですかね。ただ居心地がいい空間づくりだけじゃダメで、しっかり維持させるためにも清掃員さんがどれだけ掃除しやすくつくるか、ってのが重要なんですよね。
大勢の力を借りて高速道路の運営が成り立っているので、私たちが作りたいものを作ったり、お客様が望まれるものをそのまま作るのではなく、実際に現場を支える方達の声は何より私にとっては大切です。
ーこの忘れ物防止トレーはやはり注目があつまったのでしょうか。
小泉さん:そうですね、テレビにも取り上げていただいて。JRやパチンコ屋さんからも導入したい、と問い合わせを頂いたのは驚きました。
ーこのトレーの仕組みが、日本中のトイレに実装してほしい、というSNSでの声もありましたが。
小泉さん:そんなトイレのスタンダードになってほしい、なんてだいそれたことは思いません(笑)。トイレの場所によって忘れ物などの困りごとは違うと思いますし。ただ、これによって困っている現場の人の手助けになれるなら嬉しいな、と思っています。
ー何かこの開発を通してはたらくことへの気持ちの変化などありましたでしょうか。
小泉さん:そうですね…。開発とか新しい技術の発明って物凄い大変なことだと思っていたんですけど、意外と身近なことでできるんだなって気づけました。
あといろんな人から助かった、と声をもらえるのが本当にうれしいです。幸坂さんから取材の連絡いただいた時も『助かってます』とわざわざ言っていただいて。年月が経ってもまだ室蘭でちゃんと機能して、役に立っていることが嬉しいです。
そんな、優しさと謙虚さの塊の小泉さんに
「忘れ物防止トレーを開発してくださってありがとうございます!!」
とお礼と共に恒例の投稿をお渡し。
「家族とかにも自慢したことないんですけど。なんかもっと自慢してもいいんですかね。」と照れながら受け取ってくださった。
■小泉さんのお話を聞いて
効率を考えたら、自分の目の前の仕事だけを終わらせるのがいちばん早い。
しかし小泉さんのはたらく姿は、まず何より現場の方の力になりたい、という信念すら感じさせた。
大勢の力を借りて高速道路の運営が成り立っているので、私たちが作りたいものを作ったり、お客様が望まれるものをそのまま作るのではなく、実際に現場を支える方達の声は何より大切にしています。
またそれは、困っている声ひとつひとつに向き合うことは勿論、それを「自分が仕組みで解決できないか」と自身の取り組むべき課題として引き受けていらっしゃったことが印象的だ。
だからこそ、この忘れ物防止トレーという仕組みは当時の室蘭の現場の方だけでなく、小泉さんすら顔も名前も知らない他の地域の現場の方や、こうしてXに投稿してくださったトイレ利用者に広く届いたのだろう。
「はたらく」とはお客さんやビジネス相手のためだけでなく、
自分の周りの人が働きやすくなるために自分のできる最大限を考えてうごくことでもあり、その結果社会に届くことがあると改めて気づいた。
また、わざわざこの仕組みに感動しトイレで写真を撮って投稿して下さった方がいたことも素敵だ。
実際に小泉さんは「そんなに助かっている人がいるなんて想像がつかなかった」とおっしゃっており、その仕事にお礼したい人がいることにすら気づかず今日も黙々とはたらく人って実はたくさんいるんじゃないかと改めて気付かされた。
もっとそういう仕事にスポットライトを当てて、声を届けていくためにも、もし今後も、お礼を言いたいナイスな仕事を見つけたら勤労感謝の日に限らず、投稿してみてほしい。
最後にはなりますが、取材にご協力いただいたみなさま、
#で投稿してくださったみなさま、ありがとうございました!
文:「#これ誰にお礼言ったらいいですか」プロジェクト事務局メンバー
「#これ誰にお礼言ったらいいですか」プロジェクトサイトはこちら