【スターバックの本棚】ワンルームから宇宙をのぞく
二人の画家が同じ対象を描いても決して同じ絵にならない。以前にメルマガに記事を書いてくれたJAXA研究者の久保さんは、僕と考えることが似ている点が多くあるのだが、文章のタッチが全く異なる。
文学が好きだった僕の日本語のお手本は三島由紀夫だ。とりわけ晩年の三島作品はミケランジェロの彫像のようで、重厚でロジカルな文章でこの世にありえないような美を描き出す。もちろん僕は遠く及ばないが、『宇宙に命はあるのか』を書くとき、常に三島の文章が理想としてあった。
一方の久保さんは「昔から、文字を読むのが苦手」で、「『ハリー・ポッター』は、1巻の1ページ目で挫折した」という。そんな彼のエッセイは絵に例えるならば印象派で、軽快なパステル色の筆致の文章は、ロジックよりむしろ印象や感覚によって構成されている。
そのストーリーはワンルームの部屋から宇宙の果てへ、ガウスの理論から人間社会の日常へ、ノンホロノミック運動から人生の悩みへと自由に飛躍する。
僕も度々経験があるのだが、宇宙工学の研究をしていますと言うと、宇宙人を見るような目で一歩引かれることが多い。この先週発売された久保さんの本を読めば、そんな宇宙人のような東大卒の研究者も、誰しもが持つような些細な悩みがあり、生活臭漂う日常があり、小さなことで喜んだり落ち込んだりする、つまりは等身大の体と心を持った一人の人間だとわかると思う。そんな彼らの理論や研究も、実は身近な感情や物事と結びついている。あなたの生きる空間も宇宙の深淵と緩やかに繋がっているのである。そんな身軽な浮遊を、この本は体験させてくれる。
小野雅裕
技術者・作家。NASAジェット推進研究所で火星ローバーの自律化などの研究開発を行う。作家としても活動。宇宙探査の過去・現在・未来を壮大なスケールで描いた『宇宙に命はあるのか』は5万部のベストセラーに。2014年には自身の留学体験を綴った『宇宙を目指して海を渡る』を出版。
ロサンゼルス在住。阪神ファン。ミーちゃんのパパ。好物はたくあんだったが、塩分を控えるために現在節制中。
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