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エイハブの六分儀 -西 香織

【11月の星空案内】
 
秋のひとつ星。秋の星空を象徴するフォーマルハウトが、そろそろ宵時の南の低い空で楽しめる頃になりました。
 
フォーマルハウトは、みなみのうお座の1等星です。21個ある1等星の中で18番目の明るさ、少しひかえめな1等星です。約25光年彼方の星で、太陽の約1.9倍の大きさです。フォーマルハウトという名前は、アラビア語の「魚の口」に由来し、その名の通りみなみのうお座という星座の口で輝いています。
今年はフォーマルハウトのほぼ真北に、土星が見つかります。望遠鏡でのぞくと、いつもと違って串刺しのお団子のように見えています。来年の3月5月ころには、15年ぶりに「環の消失」と呼ばれる現象を迎えます。氷の粒が回る土星の環の厚みは数100mほどしかなく、この薄い環を真横から眺めるとすっかり見えなくなってしまうのです。まずは、今年うーすい環、来年にはすっぽんぽんの環なしの土星を、どうぞお見逃しなく。ご自分の目で比べると天文現象が他人事ではなくなるので、ご家族やご友人とチャレンジしてみてくださいね。
 
フォーマルハウトから土星をたどるラインをさらにそのまま、頭の真上あたりまで伸ばした先に2つの星を結べます。その東にもう2つ。合わせて4つの星を結んでできるのが秋の四辺形です。真っ白い身体に銀色の翼を生やし、空を自由に駆け巡ることのできる天馬ペガサスは、星座ではラテン語の呼び名のペガスス座。天翔ける馬を見上げるたびに、なんだか自由な気持ちになりませんか?
ペガスス座の北には、古代エチオピア王家の登場人物が勢ぞろいです。北から東へと五角形のケフェウス座、Mの文字のカシオペヤ座、Aの並びがアンドロメダ座、そしてカタカナのトのようなペルセウス座が並びます。
 
土星が輝くあたりには美少年ガニメデスの姿のみずがめ座と、秋の四辺形の南と東を包むようにうお座が見つかります。うお座の二匹の魚は、愛と美の女神アフロディーテとその子エロスがばけた姿。英語よみだと、ビーナスとキューピッド、こちらの方がわかりやすいですね。神々の宴会の最中に襲い掛かってきたテュフォーンから逃げる時に化けた魚の姿です。別れ別れにならないようにリボンでしっかりと結ばれた親子の愛情を示す星座です。
 
さて、今月は、11月16日(土)満月で、17日が十六夜の月でした。

月はいつの時代も愛された天体、たくさんの和歌や俳句などに詠まれています。
 
1018年11月26日の夜半ごろ、満月を半日ほど過ぎた月を見上げながら詠まれたのが、おそらく日本一有名な望月の和歌かもしれません。
 
この世をば 我が世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば
 
藤原道長が、3人の娘を天皇家に嫁がせ権力が盤石となったことを祝う宴で詠まれた和歌ですね。毎週、大河ドラマを楽しみにしている方も多いかと思います。
当時の暦だと寛仁2年10月16日。暦では十六夜の月になりますが、天文学的には満月になってすぐの月でした。日取りは、安倍晴明の息子の吉平が占いによって取り決めたものです。
 
この和歌は一見すると、「この世界は自分のものだ」とおごり高ぶる尊大な内容に聞こえますが、宴に同席していた藤原実資に対して返歌を求めつつ道長が即興で詠んだ歌で、道長本人は書き残していません。そのため、彼の真意は定かではありません。例えば、「このよをば」という音を聞いて「この世」というのが有名ですが、これを「この夜をば」とするならば…

さらに、月はお酒を飲む時に使用する盃に見立てられていたり、当時は天皇の后もまた月に例えられたり、複合的に解釈し直すと、ほろ酔い気分で洒落をきかせた道長が「今夜は本当に最高の夜だなぁ」という軽い気持ちでちょいと調子に乗って詠んだのでは?という、研究者の新たな解釈もあります。さらに、紫式部がかつて詠んだ月の和歌を真似て、本歌取りという得意の手法で詠んだのでは?という見方も。
 
この夜をば わが夜とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば
 
すると、だいぶ印象が変わってきませんか?

宴会の席には、紫式部も同席していたはずです。同じ月を、見上げたことでしょう。

2018年11月の満月 @京都 土御門邸跡にて

2018年11月23日に、京都御所にある土御門邸跡の前の通りで東山から昇る満月を見上げました。藤原道長の屋敷跡です。ちょうど望月の和歌が詠われてから千年後の満月でした。静かに輝く月を眺めていると、時を超えて道長や彰子、紫式部たちの満ち足りた息づかいが感じられたような気がしました。千年前も人は私たちと変わらず泣いたり笑ったり健気に懸命に生き、同じ月や星を見上げていたのだと感慨深かったです。

今年の秋は、コスモプラネタリウム渋谷の「今夜の星めぐり」という自由に語る番組内で私が担当する回は「光る星へ」と題して、道長がこの和歌を詠んだ夜の星空を再現しています。歳差運動によって今とはほんの少しちがう様子、また、日本でつづみ星とよばれるオリオン座の上で輝く、道長が見上げたであろう望月をお楽しみいただいています。

また、清少納言はどんな想いで「星は昴…」と書き記したのかなどにも思いを馳せながら昴もさがしますので、興味のある方はぜひお越しくださいね。
 
さて、ここで大事なお知らせがあります。

コスモプラネタリウム渋谷の8人の解説員が星空を案内する書籍「プラネタリウム解説員が本気で伝えたい星座と星めぐり」が中央公論新社から12月23日に発売されることになりました🌟
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詳細はまた次回にお伝えいたします。

日々の業務に追われ11月も半分が終わってのご案内になってしまい、申し訳ありません。引き続き、深まる秋の星空を満喫してくださいね。

西 香織
コスモプラネタリウム渋谷「星を詠む和みの解説員」幼い頃からプラネタリウムに通う。宇宙メルマガTHEVOYAGE 「エイハブの六分儀」で毎月の星空案内を担当。そそっかしく、公私ともに自分で掘った穴に自分でハマり(ついでに周囲の人も巻き込んで)大騒ぎしながらも、地球だからこそ楽しめる眺めを満喫する日々。
コスモプラネタリウム渋谷 https://shibu-cul.jp/planetarium


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