「ワイキキホノルルな〜いない」飯尾朋花
「アロハ〜!!」
ハワイにて、さっきまでめっちゃ日本語喋ってたフラダンサーが、すっごい元気にハワイ語の挨拶をしてきた。右手の小指と親指を立て、こちらに向けて陽気に振っている。
絶対にアロハで返さないといけなさそうな雰囲気。
さながら夢の国の「ボンボヤージュ」、いや、返しを暗に要求するあたり「チャオ!」の方が近いかもしれない。
ここが舞浜であれば、ゴンドラに乗ってる他のみんなも少し気恥しそうに「チャオ...」と返してるし、夢の国なんだからというある種の吹っ切れもあるからわりと返せる。
けど、ここは正真正銘異国の地。そして挨拶の矛先は自分1人のみ。
元気よく「アロハ!」と返しても、照れながら「アロハ...」と返しても、何も返さず目を逸らしても、全部なんか居心地が悪い。気がする。
自分がお調子者キャラでもクールキャラでもない、ノーキャラのちょいシャイ人間であることが悔やまれる。
そもそもなんで1人で歩く私にそんな元気に挨拶してきたのか。しかもなんでアロハなのか。せめてハローとか、こんにちは〜にして欲しかった。さっきまですごい日本語喋ってたじゃん。てか多分日本人じゃん。
どうせハワイ語「アロハ」しか知らないんだろう。実際にハワイ語を母語として話す人は1000人くらいしか居ないらしいぞ。他はみんな英語喋ってんだ。挨拶ひとつでハワイをわかった気になりやがって、にわかハワイ語ユーザーめ。
ハワイ生活が楽しくてつい現地の言葉で挨拶しちゃったってか?登山中だけ異様に元気に他の登山客に挨拶する人かよ。それは自分だ......
ハワイをエンジョイしている同じ国の人間に、悪意なく楽しさを押し付けるような形でもって恥をかかされそうになっている。そんな状況のせいか、さっきからとめどなくチクチク言葉が溢れてくる。
だめだめ、ふわふわ言葉をいわないと。すごいね、最高だね、ドンマイ、元気だして、いっしょだね、仲間だね。...どうなのよ、これ。
ここまでグルグル考えて、ふいに、気付いてしまった。
そういえば、ハワイなんて行ったことないな。
1人でハワイを練り歩く予定もないし、日本語ペラペラのフラダンサーはおそらくハワイじゃなくてハワイアンズにいるだろう。福島県いわき市にあるスパリゾートハワイアンズ。東京から約2時間。
ハワイに行った記憶も、ハワイで軽く恥かきそうになったエピソードも、全部、ないな。
どおりで結局なんて返したか思い出せなかったのか。
...いやいや、ない記憶のないエピソードに思いを巡らせすぎじゃない?
途中「ハワイ 言語」で検索かけちゃったよ、ない話への労力のかけ方じゃないでしょ。学びは正直ちょっとあったけど...いやでもさ......ググるなよ......ない話に世界が誇る検索エンジンの手を煩わせるな...
あとディズニーのこと夢の国とか舞浜とか言ってちょっと斜に構えた感じ出すなよ恥ずかしい!
そもそも、なんでこんなこと考えちゃってたんだっけ。
あ、そうだ。
ハワイの真珠湾
って単語
を
聞いて
〇
「どう?今のところ。」
視線を上げた。
にこやかに、司会者のように場を回すリーダーらしき女性がこちらをみていた。
「どう」
「充実した時間を、過ごせているといいんだけど。」
彼女はそう続ける。
まずい。何か言わなきゃいけない空気だ。しかしこちらはない記憶のないエピソードに思いを馳せていたため話がほとんどわかっていないぞ。
「はい。」
「うん」
まずいまずいまずい。何か言う空気を出してしまった。リーダーらしき女性も聞く体勢になっている。
「皆さんの話を聞いて、一部の人間の勝手な欲望により、古くから築かれた文化や伝統がいとも容易く壊されてきたこれまでの歴史を思い出しました。」
あー、なんか適当言ってしまった。
不意に思い出したハワイ語ユーザーの知識からそれっぽいことを述べてしまった。流石にwikiの知識を堂々と言う勇気はなくて、ぼかして何の話かよくわかんなくしてしまったのもよくない。
呆れた顔をされるかも。半笑いで、「話聞いてた?」と言われるかも。いや、初対面だから、苦笑の後「なるほど」とかそれっぽい相槌をうたれるかも。
適当な事を言わず、聞いていませんでしたと謝罪した方が良かっただろうか。いやそもそも、疲弊してでも話を懸命に聞けばよかったかもしれない。
開き直って「ワイキキって猿の鳴き声みたいですよね!」とか言ってやろうかな。
あー、また。思考が余計なところへ飛んでいく。
「素晴らしい、ありがとう。」
女性は大きく頷き、拍手しながらそう言った。
彼女の言葉で、思考がふわゆらと現実に戻ってくる。
周りの人々も、彼女に続いて拍手をしている。
素晴らしいんだ。今の。
礼を言われ、拍手される程に?
そうなんだ。ここではそうなんだ。
夢だったか、現実だったか。
◎
さっきまで座って話をしていたのに、いつの間にか立っていた。何の話をしていたかは忘れたけど、楽しく話をしていた気がする。
「ところで、」
正直彼女らが話す言葉は難解で、雰囲気だけで返していたため主題が何かもわかっていないが、何を返しても肯定されるので気分がいい。
きっと雑な冗談を言ってもちゃんと笑ってくれるのだろう。
「ーーれたい?」
彼女がこちらを見ている。あれ、今何か質問された?
「〈仲間〉のーー」
「ーー通じない君」
「ーー前。」
彼女は質問の内容を丁寧に説明し直してくれたようだった。
でも、調子が悪くて音声ブツ切れのマイクぐらい途切れ途切れな情報しか入ってこなかった。自身の話を聞く能力の低さを実感する。頑張らないと話ひとつ聞けないな。
でもまあ、ここでは。
彼女らのおかげで幾分か気に入ってしまった、ない記憶のないエピソードだけを引っさげて。
他は全部適当に流してしまって。
「アロハ〜」
わたしは、へらへらと、右手の小指と親指を立てていた。
------
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとも実在しないものとも一切関係ありません。
〇◎●
あなたが本当に考えていることなど、私にはわからないのでしょうし、きっとあなたも、わかって欲しいだなんて全く思っていないのだと、私は思うのです。
いつか本名でお会いした時は、はじめましてと声をかけさせて頂きたく存じます。
かしこ。
飯尾朋花(いいへんじ、山口綾子の居る砦)
2000年生まれ。愛知県出身。
山口綾子の居る砦という団体に所属している。いいへんじという団体にも所属している。
現在は大学院生をしながら活動しており、社会人をしている友人たちを見て勝手に焦りを感じたりしている。(かっこいい声と姿を持ち合わせていながら、笑顔にさせたいと思わせるような愛嬌やコミカルさがある。編集:石塚より)
【お仕事のご依頼】
mail:meshippo.110@gmail.com
Twitter:https://twitter.com/meshippo_110
【『山口綾子の居る砦』とは】
飯尾朋花と小澤南穂子からなるユニット。「前向きに逃れる」をテーマに、様々な視点・方法で世界を面白がる団体。(過去作:「遁屯【トントン】」「至福の梨」)
mail:yamaguchi.ayako.toride@gmail.com
Twitter:https://twitter.com/y_ayako_toride
【『いいへんじ』とは】
早稲田大学演劇倶楽部出身の演劇団体。構成員は、中島梓織、松浦みる、飯尾朋花、小澤南穂子。答えを出すことよりも、わたしとあなたの間にある応えを大切に、ともに考える「機会」としての演劇作品の上演を目指しています。
HP:https://ii-hen-ji.amebaownd.com/
mail:good.response.2016@gmail.com
Twitter:https://twitter.com/ii_hen_ji